[スポンサーリンク]

ケムステニュース

新型卓上NMR Spinsolve 90 が販売開始

[スポンサーリンク]

Magritek社より新製品Spinsolve 90が発売開始しました。従来のSpinsolve familyと比べ、最も周波数の高い製品になります。 (7月5日中山商事株式会社ニュースリリース)

卓上核磁気共鳴装置(NMR)SpinsolveメーカーMagritek社より新製品Spinsolve Multi-X・Spinsolve 90がリリースされました。1H,19F,13C,31Pのように4種類以上の核種を搭載することができ、核種の切り替えは自動的に行います。Spinsolve 90は卓上型とは思えないパフォーマンスを提供します。(7月19日朝日ラボ交易お知らせ)

NMRは分子構造の推定において必要不可欠な分析手法ですが、一般的なNMRは実験室を大きく占拠し、しかも電磁石に使われる冷媒の補充といったメンテナンスも必要であり、導入時には予算だけでなく設置場所や導入後の運用についても考慮しなければなりません。近年では、永久磁石を使った卓上型のNMRというものも登場しており、機器の維持管理に短所があったNMRにおいても活躍の場が広がっています。

以前ケムステでは卓上NMRについて紹介しましたが、その中のSpinsolve familyに周波数のより高い製品が最近追加されました。

Spinsolveは、ニュージーランドを拠点とするMagritek社が販売している製品です。Magritek社は2004年に設立された新しい企業ですが、永久磁石を使ったNMRやMRIの開発でいろいろな製品を発表しています。Spinsolve 90はその名の通りプロトン周波数が90 MHzのNMRであり、シリーズ史上最高の感度があるようです。

シリーズでの性能比較

Euromar 2021にて発表した紹介動画からは、より詳細な測定データを確認することができます。イブプロフェンの1HNMRを43, 62, 81, 92 MHzで測定した結果(05:37以降)では、43 MHzでは一つのブロードとなっている芳香環のピークが、92 MHzでははっきりと分裂したピークとして検出されています。また、イソプロピル基のメチンに関しても43 MHzではノイズに埋もれていたものの、92 MHzでははっきりと分裂したピークが確認できます。81 MHzと 92 MHzを比べても、このメチンの最も高磁場側のピークがメチル基のピークと重なっているか、離れているかの差があります。この結果をSDBSの400 MHzで測定したスペクトルと比較しても、構造確認が目的であれば、同等ではないかと思います。13CNMRや二次元NMRにおいては、ブルシンの測定結果(07:55以降)が測定例として示されていて、現実的な測定時間でピークの帰属が容易なレベルでのスペクトルを得ることができるようです。こちらも10 MHzの差は大きく、測定時間は三分の一になってもピークはよりシャープになっているように見えます。卓上型NMRで2次元NMRが測定できることは大きく、実験室で手軽に測定できれば結果考察の効率が上がり、個々の研究がスピードアップするかもしれません。

測定核種についてですが、Magritek社ではつい最近、Spinsolve Multi Xというオプションを発表しており、これによりHと19Fのデフォルト核種に加えて13C, 31P, 29Si, 7Li, 15N, 11B, 23Naやそれ以外の核種が測定できるようになるそうです。さらに核種ごとにハードウェアを変更する操作は必要なく、PC操作で測定する核種を選択するだけで複数の核種の測定が可能であり、その容易性を下の動画で確認できます。

構造推定に有益なスペクトルが得られるかは、サンプルの濃度とそれに含まれるNMRで検出可能な核種次第ですが、13Cは一般的ですし,31PもNMRで検出しやすい核種ですので、購入の場合にはこれらの核種のオプションも選択肢に入ってくるのではないでしょうか。

卓上NMRということで反応追跡にも使用でき、そのためにReaction Monitoring Kitsというものが提供されています。これを使用することで溶液のフロープロセスを構築することができ、定期的な測定に最適化されたソフトウェアで測定シークエンスを容易に構築できるようです。上記で紹介したようにSpinsolveは様々な核種ができることから、安定同位体標識された試薬を用いて反応追跡なども面白いかもしれません。

Magritek社のHPには、Spinsolveを活用した研究論文が紹介されていますが参照している論文は200を超えていて、卓上NMRの長所を生かしたインライン測定から、通常の構造の推定までいろいろな用途や場所で活躍しているようです。ウェビナーの冒頭で紹介されていたように、限られた装置サイズに留めて高性能を引き出すには開発の苦労があったと思います。スキャン数を減らして短時間で測定できるように90 MHzを超える高性能な卓上NMRの開発に期待します。

a: ニトロ化反応、クエンチ、抽出、分析における装置図 b:得られたNMRスペクトル(引用:原著論文

無類の分析機器好きからすると、この卓上NMRは強力な構造解析手段としてのNMRに分光分析の手軽さが加わったような機器であり、いろいろな応用の可能性があると思います。以前、AIが実験条件を考えてロボットが実行する論文を紹介しましたが、NMRを同じ実験室におけるということでNMR結果をAIが読んで実験を進めることも可能かもしれません。学生の頃は、いち早くNMRを測定して合成の結果を知るために、エレベーターを待つ時間を惜しんで階段で地下のNMR室まで駆け下りていました。また長時間を要する2次元測定では、他のチームに迷惑をかけないように深夜によく測定していました。しかしこの卓上NMRを導入すればそんな有機合成の苦労?をせずに効率よく実験を進めることができる可能性があります。電磁石型のNMRは地震における破損とクエンチのリスクがあり、組織全体で戦略的にNMRの導入と運用を考えるべきかもしれません。

関連書籍

[amazonjs asin=”3110608359″ locale=”JP” title=”NMR Multiplet Interpretation: An Infographic Walk-Through (de Gruyter Textbook)”] [amazonjs asin=”4782707746″ locale=”JP” title=”パソコンによるFT‐NMRのデータ処理”]

NMR測定に関するケムステ過去記事

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 特許資産規模ランキング2019、トップ3は富士フイルム、三菱ケミ…
  2. CETP阻害剤ピンチ!米イーライリリーも開発中止
  3. 「副会長辞任する」国際組織に伝える…早大・松本教授
  4. 痔治療の新薬で大臣賞 経産省が起業家表彰
  5. フランスの著名ブロガー、クリーム泡立器の事故で死亡
  6. 頻尿・尿失禁治療薬「ベシケア」を米国で発売 山之内製薬
  7. ビールに使われている炭水化物を特定する方法が発見される
  8. 宝塚市立病院で職員が「シックハウス症候群」に…労基署が排気設備が…

注目情報

ピックアップ記事

  1. オキソニウムカチオンを飼いならす
  2. 5-ヒドロキシトリプトファン選択的な生体共役反応
  3. アメリカ化学留学 ”立志編 ーアメリカに行く前に用意すること?ー”!
  4. アフマトヴィッチ反応 Achmatowicz Reaction
  5. 産学官若手交流会(さんわか)第19回ワークショップ のご案内
  6. 勤務地にこだわり理想も叶える!転職に成功したエンジニアの話
  7. プラスマイナスエーテル!?
  8. MOF の実用化のはなし【京大発のスタートアップ Atomis を訪問して】
  9. “かぼちゃ分子”内で分子内Diels–Alder反応
  10. 乳がんを化学的に予防 名大大幸医療センター

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年8月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2025年4月号:リングサイズ発散・プベルル酸・イナミド・第5族遷移金属アルキリデン錯体・強発光性白金錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年4月号がオンラインで公開されています!…

第57回若手ペプチド夏の勉強会

日時2025年8月3日(日)~8月5日(火) 合宿型勉強会会場三…

人工光合成の方法で有機合成反応を実現

第653回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 学際統合物質科学研究機構 野依特別研究室 (斎藤研…

乙卯研究所 2025年度下期 研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

次世代の二次元物質 遷移金属ダイカルコゲナイド

ムーアの法則の限界と二次元半導体現代の半導体デバイス産業では、作製時の低コスト化や動作速度向上、…

日本化学連合シンポジウム 「海」- 化学はどこに向かうのか –

日本化学連合では、継続性のあるシリーズ型のシンポジウムの開催を企画していくことに…

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー