米ジョンソン・エンド・ジョンソンは、スプレー式日焼け止め製品の一部をリコール(自主回収)する。発がん性物質のベンゼンが含まれている恐れがあるためとしている。 (引用:
)2021年5月24日に発表したレポートで、消費者向け製品を定期的にテストしているValisureが、69ブランドの日焼け止めと日焼け後のケア製品である294種類のサンプルを分析したと説明。 そのうち78種類のサンプル(全体の4分の1以上)からベンゼンが検出された。(引用:BAZAAR 6月9日)
Per- and polyfluoroalkyl substances (PFAS), a highly persistent and potentially toxic class of chemicals, are added to cosmetics to increase their durability and water resistance. To assess this potential health and environmental risk, 231 cosmetic products purchased in the U.S. and Canada were screened for total fluorine using particle-induced gamma-ray emission spectroscopy. (引用:Environmental Science & Technology Letters 6月15日)
本記事ではアメリカとカナダで流通する製品について取り上げています。
肌の健康を保ったり、美しくみせるのには役立つのがスキンケア・化粧品ですが、有害物質が極微量含まれていることが判明し、メーカーが自主回収する製品も出ているようです。
最初に取り上げるニュースは、アメリカのジョンソン・エンド・ジョンソンがベンゼンが含まれていることを理由にスプレー式日焼け止め製品の一部をリコールしたニュースです。プレスリリースによると対象となるのは2ブランドの5つシリーズのエアゾル式日焼け止めで、すべてのロットが回収対象です。
社内の調査で検出されたのは低い濃度のベンゼンで、日常の使用で健康に影響が出ることは予期されていませんが念のため自主回収を決定しました。もちろんベンゼンはこれらの商品の原材料ではないので、混入経路を調査しているようです。リコール対象の製品はエアゾル式の日焼け止めだけで、ローション、スティック、フェイスミストには影響がなく、エアゾル式の日焼け止めでもNEUTROGENA® Wet Skin aerosol sunscreensという商品は自主回収の対象外としています。これらの内容から察するに、日焼け止め成分というよりかは、特定のエアゾル製品に添加されている成分にベンゼンが混入していると予想されます。
実はこのジョンソン・エンド・ジョンソンの発表の少し前に、医薬品やヘルスケア製品の化学分析を行っているValisureより日焼け止め製品に含まれているベンゼン濃度の調査結果が公表されました。Valisureでは、市場流通している製品の安全性を調べるために化学分析を行っていて、以前にはアルコール消毒液のベンゼン濃度についての調査も行っています。
分析は日焼け止めをDMSOに希釈し、FID検出器のGCで定量が行われました。ベンゼンのみを正しく定量するためにMSも確認しているようです。また、製品ロットで違いがあるかどうかを確認するために同じ製品で複数の分析を行っていました。結果、294サンプルを分析し、78のサンプルからベンゼンが検出されました。2 ppm以上検出されたサンプルは14あり、上記のリコール対象となっている製品も含まれています。
Valisureとしては、0.1ppm以上含まれている日焼け止めは、リコールすべきだと主張しています。まず2ppmという区切りについて、これはFDAがVOVID-19のパンデミック時にハンドサニタイザーに対して定められた緊急の制限値であり、ベンゼンの使用が製造において避けられない場合、最終製品に含まれるベンゼンの濃度は2ppm以下にするように定めています。また、日本の医薬品の残留溶媒ガイドラインにおいてもベンゼン溶媒の使用が避けられない場合は、残留するベンゼンを2ppm以下にすように定められています。
では、Valisureが0.1 ppm以上でもリコールすべきだと主張している理由ですが、これは発がん性の物質であるN-Nitrosodimethylamine,(NDMA)の最大許容摂取量との比較でベンゼンの許容量を導いた結果に基づいています。仮に2ppmのベンゼンが含まれる日焼け止めを全身の75%に一日4回塗ると、228,000 ng/日のベンゼンに暴露されることになり、これは、 NDMAの最大許容摂取量 96 ngよりも2375倍高いため、2 ppmはもちろんのこと、0.1 ppmでもリスクがあるとの主張につながっています。
ジョンソン・エンド・ジョンソンの製品では、エアゾルタイプの製品で特異的にベンゼンが検出されていますが、他社の製品ではローションやジェルの製品からも検出されており、製品のタイプとの関連は無いようです。上記のジョンソン・エンド・ジョンソンのリコールはこの結果がきっかけになったように見えますし、他の会社でも調査を行っている報道があります。もちろんベンゼンの発がん性は明らかで、含まれる濃度は限りなく低いことが理想ですが、安全と危険の線引きを濃度で決めるのは困難を極めます。個人的な見解として2ppm以上にはリスクがあるとするValisureの主張は合理的だと思いますが、NDMAとの比較でベンゼンは0.1 ppm以上でもリスクがあるというのは、物性が異なる二つを同じ摂取量で比べており、やや無理がある理論展開だと思います。技術的には、各社がベンゼンの混入経路の判明させることと混入しない製造方法へに切り替えることを期待します。
次に紹介するのは、化粧品に含まれるPFAS(Per- and polyfluoroalkyl substances)を調べた結果です。PFAS は熱や水に強く、壊れにくいという特徴的な化学的性質を持つことから消火剤や洋服生地、カーペット、食品パッケージなどに使われています。一方、そのフッ素化合物としての安定性の高さから自然界で分解されないため「永遠に残る化学物質」とよばれています。さらにPFAS 化合物は残留性が高く、生体内に蓄積されやすいことも近年わかってきています。
取り上げる論文では、USとカナダで流通している231の化粧品に含まれるフッ素化合物の濃度を調べました。具体的には、particle-induced gamma-ray emission(PIGE)と呼ばれる、イオンビームを照射して試料から発せられるガンマ線を検出する手法で微量含まれるフッ素をスクリーニングし、LC-MS/MSとGC-MSによってより詳細な分析を行いました。
本論文の著者であるGraham F. Peaslee教授によるPFAS検出に関する研究紹介14:52頃にPIGEについて解説している。
まず、PIGEで化粧品に含まれるフッ素の含有量を検出限界以下、検出限界以上定量限界以下、定量限界以上の3つにカテゴリーに分けたところ、ファンデーション(63%), 目の製品(58%), マスカラ (47%), 唇の製品(55%)で定量限界以上の割合が高かったそうです。化粧品の機能とフッ素濃度の関係を見ると“wear-resistant”や “long-lasting”を謳うファンデーションやリップスティック、マスカラには多くのフッ素が含まれていて、これはPFASの特性を活かして配合されていると本文中ではコメントされています。
次にフッ素の濃度が高かったファンデーション, マスカラ, 唇の製品に絞ってMS分析を行いました。先行研究より選んだ53のフッ素化合物をターゲットにして定量を行い、PIGEの結果と含まれるフッ素の総量を比較しましたが、相関は見られませんでした。これについて、1,リスト外のフッ素化合物が多く含まれている、2,無機フッ素や高分子のフッ素化合物が含まれている、3、前処理が不十分の3点が原因として挙げられています。
全体の傾向として、6:2 FTOH(2-Perfluorohexyl ethanol (6:2))や6:2 FTMAc (1H,1H,2H,2H-perfluorooctyl methacrylate)、6:2 PAP (1H,1H,2H,2Hperfluorooctylphosphate)といった6:2の化合物が広く検出されていて、フルオロアルキル鎖が以前よりも短くなっていることを指摘しています。FTMAcが化粧品から検出されたのは本論文が初めてだとしていて、またFTOHが高い濃度で検出されたのは、不純物かFTMAやPAPの分解物だと推測しています。
最後に商品のラベルに書かれている化合物ごとにPIGEの三つのカテゴリーに該当する製品の数を調べました。定量限界以上が多い原料は、フッ素が含まれる可能性が高い原料ということになります。まずフッ素源として可能性があるのは、化粧品に広く使われている鉱物や粘土でこれらには無機フッ素化合物が含まれています。また、フッ素化されたシリコン化合物やアクリレートが化粧品のPFASの発生源だと推測されています。検出された6.2 FTMAはまさにフッ素化されたアクリレートであり、またこれらの化合物は化学品を製造する会社より販売されています。
PFASが含まれるリップスティックを使えばうっかり摂取してしまったり、マスカラに含まれるPFASが目の涙管を通して吸収されてしまったりする可能性があります。しかしながら、化粧品のラベルには一般的な名前で書かれており、開示されている情報は少なく一般消費者がPFASの使用を避けることは不可能だとコメントしています。また化粧品を消費者が使えば、PFASが下水に排出され自然界に蓄積され、それが別の形で人体への暴露を引き起こします。このようにかなりの人体と生態系への影響があると考えられ、PFASを化粧品に使うことについては疑問だとしています。そしてよりよいラベルの徹底と政府による有害な化学物質の監視が必要だと主張しています。
こちらの論文は、Environmental Science & Technology Lettersの過去一年間で最も多く読まれている論文となっています。身近な化学製品を調べた結果が、環境化学系の論文誌で最も多く読まれていることは悲しく思いますが、二番目に多く読まれている論文もPFASについての内容であり、近年のPFASの注目度の高さが影響しているのかもしれません。論文の最後では現在の商品ラベルについて疑問を呈していますが、企業としては競合他社に自社の製品の内容を明かしたくないため、なるべく一般的な名称で化学品を記載します。キーとなる化合物であれば尚更であり、耐水性や長時間に使用できることが重要な項目となる化粧品においては、使用されているフッ素化合物の構造を記載したくないのは明らかだと思います。PFASの問題が大きく認知されるようになれば、PFASフリーがパフォーマンスの一つとして商品選択の判断材料になれば、化粧品メーカーも商品のアピールポイントになるため製品開発が進むかもしれません。
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- Johnson & Johnson Consumer Inc. Issues Voluntary Recall of Specific NEUTROGENA® and AVEENO® Aerosol Sunscreen Products Due to the Presence of Benzene: ジョンソン・エンド・ジョンソンによるリコールのプレスリリース
- Valisure Citizen Petition on Benzene in Sunscreen and After-sun Care Products:Valisureが公表した調査結果
- Fluorinated Compounds in North American Cosmetics:PFASに関する論文