6月21日午後、福山市にある化学薬品メーカーの工場で、猛毒の化学薬品「臭素」がタンクから漏れ、工場内で作業をしていた男性2人が病院に搬送されました。 (引用:広島ニュースTSS6月21日)
6月21日東京・青梅市のねじ工場で化学薬品の硝酸が漏れる事故があり、従業員の男女8人が軽いけがをしました。(引用:TBSニュース6月21日)
プリント基板製造の工場から銅や硫酸、塩酸などを含む廃液4トンが流出し、うち2トンは農業用水路など工場外に流出していたことが分かった。用水ではアマゴが多数死んでいるのが見つかったほか、廃液の一部と見られる汚泥水が水田に流入した。(読売新聞6月22日)
化学品に関する事故が続発しています。
一つ目のニュースでは、臭素が漏れて作業されていた方が病院に搬送されました。臭素は刺激臭のある、発煙性の赤色~茶色の液体で、反応性も毒性も高い化合物です。臭素の液体が皮膚などにかかると強い炎症を起こします。蒸気圧が高く、漏洩量が少量でも気化した臭素を吸入して呼吸器や消化器にダメージを受けるようです。そのため許容濃度は、0.1 ppmと極めて低く、40~60ppm では短時間で生命が危険となり,1,000ppm では即死するとされています。また強酸化剤であり金属や有機化合物と容易に反応するため、保存容器にも注意が必要です。
事故が発生したマナックによると、タンクローリーから臭素を工場の設備に移送する準備を行っている際に、臭素搬入業者がタンクローリーのフランジを緩めたところ、臭素が少量漏れ出したそうです。漏洩を食い止めるためにフランジを締め直し、漏洩した臭素を消石灰で処理しました。マナックは臭素化・ヨウ素化の化学合成をコア技術としているからこそ素早い漏洩処理ができ、被害を最小限に食い止めることができたのかもしれません。漏洩の原因は調査中ですが、大気開放して移送する化合物ではないはずで、移送時の作業手順のミスか、ローリーに充填時に何かが起きて臭素が含まれないはずの配管にも臭素が混入してしまったことなどが原因として予想されます。同じ事故が起きないように詳しい原因の解明が急がれます。臭素の漏洩は度々起きており、2018年にはイスラエルで臭素が流出した事故がありました。有機合成ではアルキル臭素化合物を使った反応は一般的であり、臭素はなくてはならない原料です。これを機に、工場ではもちろんのこと実験室でも臭素の安全なハンドリング方法を再確認すべきではないでしょうか
2つ目のニュースでは、硝酸がポリタンクから流出し、それを片付けた作業員の方がけがをしました。硝酸水溶液は強酸性であり皮膚刺激性があるため、取り扱いにはグローブといった保護具が必須です。報道によるとポリタンクから流出した硝酸を素手で取り扱ったため、けがをしてしまったそうです。ポリタンクに内容物と危険性が明記されていたのか、作業員の方がタンクの内容物の危険性を認識していたかは分かりませんが、化合物の容器には中身とその危険性を明記し、作業する可能性がある方には化学物質の取り扱い方法について十分な教育が必要であることを認識させられる事故だと思います。中身の明記は、めんどくさいと感じるかもしれませんが、事故防止には必要な作業です。工作室の機器や工具は、正しい使い方を知らずに使うとけがをします。化学物質も同じで正しい使い方を知らないとけがをします。そのため、少なくとも化学品は外見に関わらず危険性があることを周知する必要があるかと思います。
そもそも硝酸の流出原因ですが、ポリタンクは10年ほど放置されていたということで、経年変化が考えられます。酸の水溶液をポリタンクで保管することは適切ですが、長期間の保管によってポリタンクが割れることもありますので、不必要な化学品は早めに処理をすることが必要かと思います。
3つ目のニュースでは、工場から銅や硫酸、塩酸などを含む廃液4トンが流出し、2トンは農業用水路など工場外に流出しました。事故が起きたのは、プリント基板を製造しているリョウワで、銅や金のめっき、エッチング、レジスト塗布などの過程で排出される金属イオンや酸を含む廃液を工場内で処理しているようです。流出の原因は処理装置の部品故障であり、そのため廃液の処理が正しく行われずに流出してしまったそうです。リョウワが施設外の側溝から採取したサンプルを調べたところ、処理水基準の270倍の銅が検出されたほか、カルシウムやバリウム、硫黄も検出されました。近くの用水路では、約20匹のアマゴが不自然な状態で死んでいることが確認されていますが、廃液の流出との関係は調査中と発表しています。廃液は工場周辺の水田にも到達していると考えられ、田んぼの土壌分析を進めるそうです。金属イオンは塩基を加えて水酸化物にして沈殿させて回収し、酸は中和して処理するのが一般的ですが、どのプロセスで不具合が起きたかは不明です。基準を満たさない排水が敷地外に出ないように排水のモニタリングや処理装置の異常検知など、何重もの対策もされていると思いますが、なぜそれによって食い止めることができなかったのか原因の解明が急がれます。
日本フイルター株式会社が製造・販売している重金属排水処理装置(本流出とは関係ありません)
重金属への規制は強く性能は良いが、使えない化学品はたくさんあります。通常の使用では何の問題はなくても、製造時の流出や事故などが全く起きないという確証はありません。そのため、可能性のあるリスクを減らすためにも潜在的なリスクのある化学品を規制することは正しい方向なのかもしれません。安全管理は、各人の気合でどうにかなるものではなく、正しい理論と過去の経験に則って行われるものです。企業では、事故事例の共有やリスク低減の提案などが行われる安全会議が定期的に開かれます。そのような場において積極的に議論に参加し、真摯に安全に向き合うことも技術者・研究者として当たり前の姿勢だと思います。