石油元売り最大手ENEOSホールディングスの大田勝幸社長は12日、オンラインでの決算発表記者会見で、石炭事業から撤退する方針を決めたと表明した。保有する豪州やカナダの炭鉱の権益を売却する。脱炭素の動きが世界的に広がる中で石炭ビジネスに逆風が吹いており、大田氏は「いまの石炭の環境問題に対する大きな流れなどを考えると、将来の当社のコア(中核)事業として持つ必要はないと判断した」と理由を説明した。(引用:SankeiBiz 5月12日)
バイオベンチャー企業群 “ちとせグループ” は、ENEOS株式会社、三井化学株式会社、日本精化株式会社、株式会社富洋海運、花王株式会社、日本特殊陶業株式会社、本田技研工業株式会社、三菱ケミカル株式会社、興和株式会社、DIC株式会社、富士化学工業株式会社、株式会社日立プラントサービス、池田糖化工業株式会社、武蔵塗料ホールディングス株式会社、Sarawak Biodiversity Centre、新潟県長岡市、佐賀県佐賀市、山梨県北杜市らと共に、藻類を活用した日本発の企業連携型プロジェクト『MATSURI』を2021年4月より始動しました。(ちとせグループプレスリリース5月13日)
出光興産株式会社は、環境エネルギー株式会社と、当社千葉事業所における廃プラスチックリサイクル事業の実証検討に合意しました。本実証は、環境エネルギー社の廃プラスチック分解技術と千葉事業所の石油精製・石油化学装置を活用し、従来の技術では再生困難だった混合プラスチックのリサイクルを目指すもので、年間1.5万トンの廃プラスチックの再資源化を目標に、国内初の廃プラスチックのリサイクルチェーン構築を推進します。(出光興産プレスリリース5月7日)
ENEOSと出光興産は日本の大手石油元売会社であり、日本国内にいくつかの製油所を持ち、石油化学工業をけん引しています。また日本全国にガソリンスタンドを持ち、車を使う上では欠かせない存在になっています。しかし最近になって脱炭素の動きが急速に拡大し、脱石油が世界全体の流れになっています。そんな中、ENEOSと出光興産より今後の事業に関わるいくつかのニュースが発表されたので紹介します。
まず、ENEOSが石炭事業から撤退するニュースについてですが、そもそもなぜ石炭は環境に特に悪いかを見ていくと、石炭火力発電は、他の燃料の火力発電よりも効率の問題でCO2排出量が多いからです。そのため、欧州各国では石炭火力発電を全廃する動きがあり、日本でも継続して使用できるのは高効率の石炭火力発電のみに絞る動きがあります。よって火力発電で使われる石炭は減っていくことが容易に予想されます。
ENEOSの石炭の販売量を見ると、ここ数年は横ばいになっています。
また日本政府による2030年度の電源構成の予測では、2018年と比較して石炭は微減にとどまるとしています。
このように、すぐに石炭の需要が激減するとは考えにくいにもかかわらず、環境問題を考えて石炭事業から撤退するという決断に至ったということは、環境問題にエネルギー企業として取り組む姿勢がとても重要であると考えているからかもしれません。もちろん、この決断には事業規模が会社全体としてみた時に大きくなかったことも一因であると考えられます。この決定によりENEOSでは保有する豪州やカナダの炭鉱の権益を売却し、また顧客の同意が得られれば販売についてもやめていくそうです。
石炭事業撤退の動きは商社でもあり、探鉱事業や海外での石炭火力発電事業の譲渡が進んでいます。石炭のメリットは価格が安く安定的な供給が望めることですが、石炭火力発電の廃止が進めば、他の発電方法でカバーすることになります。その代替方法には安定性と経済性が求められるわけであり、それが達成できないと電気料金の高騰や不安定になることも予想されます。発電についてはいろいろな議論があり、日本の石炭火力発電は他国と比べて高効率であり一概に石炭火力発電が多くのCO2を発生しているわけではないとの主張もあります。どの方法にしても、環境問題を技術的に正しく評価し、人々が極端に不便を強いられないようになればと思います。
石炭事業撤退の一方でENEOSは、新しい事業に関するプレスリリースを多く発表しています。化学分野で言えば、JSRのエラストマー事業の買収は大きな話題になっています。また、水素事業の展開や研究開発におけるマテリアルズインフォマティクスについても動きがありました。冒頭で取り上げたのは、バイオベンチャー企業群ちとせグループが、藻類を活用した新産業をつくる日本発の企業連携型プロジェクトを始動させたニュースで、ENEOSは産業構築パートナーとして参加しています。参加の目的は、低炭素・循環型社会実現のため、燃料のみならず参加企業と共に多様な製品開発を行い、持続可能な藻類事業を目指すということだそうです。プロジェクト全体としては、2025年に2,000haの藻類培養設備を建設し、様々な製品の原料として300円/kg以下の生産コストで140,000トン/年(乾燥重量)の藻類を供給できる体制を確立するそうです。ケムステでは、ユーグレナの活動を何度か取り上げてきましたが、藻類からの燃料製造について実用化を目指す企業が参入してくることで競争が生まれ、開発が加速するのではないのでしょうか。
ENEOSの長期計画の中で2040年には国内燃料の需要が2018年比で半分になると予想されています。この燃料需要の減少を補うビジネスを成長させるために新しい事業に対して積極的に投資し推進しているようです。そして今投資をしている事業をどう育ててビジネスにするかについて、ENEOSでは2040年のポートフォリオを大まかなイメージとして示していて、水素や電気といった次世代型エネルギー供給を石油化学や石油精製販売と同程度の規模にするようです。また、電子材料を含めた素材のビジネスも主事業となるように描かれています。
出光興産においても新しい事業の模索が続いています。今回取り上げたニュースでは、廃棄プラスチックを油に変換、再精製、合成を行いプラスチック樹脂に戻す実証検討を行うことになりました。この検討では、HiCOP方式と名付けられた、使用済みの触媒を利用し、高効率かつ低コストに廃プラスチックの油化を実現する技術を用いるそうです。
炭素数が多い分子が含まれる重油を分解するために、流動接触分解(FCC)反応が製油所では行われています。HiCOPでは、FCCで使用済みのゼオライトを触媒として使用しプラスチックの分解を行います。そのため、熱分解よりも低い温度で分解が可能であり、また異性化も進行するため流動点が高くなるそうです。プラスチックの分解において塩素の発生が問題になりますが、この方法ではプラスチックに含まれる塩化物から塩素が発生しないように水酸化カルシウムを加えて塩化カルシウムとして回収します。
このような工夫により、熱分解と比べて炭素数の少ない炭化水素を高収率で回収することができ、含まれる塩素も100ppm以下に抑えることができるようです。本実証実験では、廃プラスチックを分解して再製油にするところは上記の装置で環境エネルギー社が行い、再精製とプラスチック樹脂の合成は出光興産の装置で行う予定で、生成したプラスチック樹脂がどれくらいの品質を持っているのか評価すると想定されます。
出光興産においても、ポートフォリオの転換を想定しており、中期経営計画の中で2050年には再生可能エネルギーや、バイオマス、水素などの収益が最も大きくなり、次いで先進マテリアルと次世代モビリティが収益の柱となり、化石燃料・基礎化学品の割合は最も低くなるとしています。出光興産は、小型EVの開発をタジマモーターと行っており新会社・出光タジマEVを2021年4月に設立しました。今後、出光興産では小型EV関連のビジネスにも力を入れていくようです。
両社の中期計画で強調されているのは、ガソリンスタンドを活用した事業の展開です。構想図では、ガソリンスタンドで電気自動車の充電や水素の充填といった車に関係するサービスだけでなく、そのほかのサービスも受けられるような仕組みが描かれています。他の化学系企業とは異なり全国にガソリンスタンドという販売拠点を持っているため、それを活かして今後需要が増えると予想されている製品やサービスを消費者に直接届けることを想定しているようです。一昔前はガソリンスタンドに入ると、威勢のいい声で「いらっしゃいませ・レギュラーですか?」なんて聞かれていましたが、現在ではセルフ式が多くなり、店員さんは、併設するコンビニやコーヒーショップに常駐している場合も多くなってきています。今後は、車が無くても立ち寄ってサービスを受けるスポットになるかもしれません。話が化学以外に飛んでしまいましたが、両社の中期計画の中には材料・素材事業の拡充も含まれています。エネルギー企業として環境に対応したエネルギーの供給を進める一方、石油化学企業として化学品の開発も進めるようです。これからも石油化学で培った経験を活かして、新しい化学の分野を開拓してほしいと思います。