4月16日、「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律施行令の一部を改正する政令」が、閣議決定されました。本政令は、「2・2・2―トリクロロ―1―(2―クロロフェニル)―1―(4―クロロフェニル)エタノール」及び「PFOA又はその塩」を第一種特定化学物質に指定等を行うものです。 (引用:4月16日経済産業省プレスリリース)
2・2・2―トリクロロ―1―(2―クロロフェニル)―1―(4―クロロフェニル)エタノールとPFOA又はその塩が第一種特定化学物質に指定されました。
まず、第一種特定化学物質について解説すると、第一種特定化学物質とは難分解性、高蓄積性及び長期毒性又は高次捕食動物への慢性毒性を有する化学物質、つまり環境中で分解されにくく生物が取り込むと体内で蓄積され長期毒性を示し、その生物を食べた別の生物(人間など)に慢性毒性を示す化学物質を示します。現在、PCBをはじめとする35の化合物が登録されていますが、構造式を見る限りどれも分解されにくそうな安定な構造をしています。
第一種特定化学物質は、製造又は輸入の許可(原則禁止)、使用の制限、政令指定製品の輸入制限や第一種取扱事業者に対する基準適合義務及び表示義務等が規定されており、原則として使用できない化合物です。研究試験用途として試薬会社は販売していますが、購入には確認書の提出が必要ですし、海外から試験研究用で輸入する場合にもて経済産業大臣の確認を受ける必要があります。廃棄するにも指定業者に処理してもらう必要があるため、研究用としても安易に使える化合物ではありません。
次に今回登録された二種類の化合物について見ていきます。まず、2・2・2―トリクロロ―1―(2―クロロフェニル)―1―(4―クロロフェニル)エタノールは、DicofolやKelthaneといった一般名を持つ化合物です。防ダニ剤としての効果がありますが、肝臓などに対して軽微とは言い難い毒性影響が認められており、継続的に摂取される場合には人の健康を損なうおそれがあるものと考えられています。
次にPFOAですが、化学名としてはPerfluorooctanoic acidであり、消火剤の際に紹介したPFOS、Perfluorooctanesulfonic acidと似た構造をしていて、PFOAの場合、末端がスルホ基ではなく、カルボキシ基が結合しています。PFOAフライパンのテフロン加工や食品包装紙の撥水加工の際の原料などとして幅広く利用されてきました。毒性の評価では、げっ歯類を用いた慢性毒性試験で発がん性と胎児の発達毒性が認められています。
現状、Dicofolは日本では全く使用されておらず、PFOAも主要フッ素化学メーカーによる自主的な使用廃止がされています。現在使用されていないにも関わらず、第一種特定化学物質に指定されたのは、2019年にこれらが残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約に追加されたからです。PFOAについては含まれていると輸入できない製品が下記のように指定され、PFOAが使用されている消火器類については国が定める技術上の基準に従う必要があります。
- 耐水性能又は耐油性能を与えるための処理をした紙
- はつ水性能又ははつ油性能を与えるための処理をした生地
- 洗浄剤
- 半導体の製造に使用する反射防止剤
- 塗料及びワニス
- はつ水剤及びはつ油剤
- 接着剤及びシーリング用の充塡料
- 消火器、消火器用消火薬剤及び泡消火薬剤
- トナー
- はつ水性能又ははつ油性能を与えるための処理をした衣服
- はつ水性能又ははつ油性能を与えるための処理をした床敷物
- 床用ワックス
- 業務用写真フィルム
そもそも、ストックホルム条約に追加された理由は、これら二つの化合物の難分解性や高蓄積性です。分解性については、化学物質が自然的作用による化学的変化を生じにくいものであるかどうか確認する分解度試験によって、確認されます。実験は、微生物が含まれる全国各地の汚泥を混合・培養して作られた活性汚泥に化合物を加えて、化合物の分解に使用された酸素量や、対象の化合物の実験前後の定量などで分解度を測定します。どちらの化合物もほとんど分解されないことが確認され、難分解性と認定されています。
Dicofol | PFOA | |
生物化学的酸素消費量 (BOD) 測定 | 0% | 7% |
HPLC分解率 | 2% | 0% |
濃縮度については、魚類体内への水(経鰓)を介した化学物質の取込及び蓄積を評価する方法で評価されます。具体的には、化合物が含まれる水中でコイやメダカに一定期間暴露させ、その後、魚の部位ごとに化合物の含有量を調べて濃縮度を調べます。Dicofolは高濃縮性が認められるものの、PFOAは高濃縮性とは言えません。しかしながら、自然界のセグロカモメの卵やクマ、カリブー、オオカミからPFOAが検出されていて、魚以外の種、特に空気呼吸の陸生種と鳥類では、生物蓄積は起きることが示されています。
Dicofol | PFOA | |
第1濃度区 | 8200倍 | 2.0~4.2 倍 |
第2濃度区 | 6100倍 | 5.1 未満~9.4倍 |
今回登録された二種類の化合物は、上記の通り国内で製造・使用されておらず、また化学実験でも広く使用される試薬でもないことから、実質的な影響はないと考えられます。ただし、これ以外にも有害性、蓄積性が高い化合物の使用を制限する動きは活発で、今後も、第一種特定化学物質・ストックホルム条約への登録、毒性の改定などが頻繁に起こるかもしれません。企業としては、制限がある化合物を使用して製造・販売することは大変難しいため、各国の規制に関する情報にアンテナを張っておき、回避できるように準備しておく必要があるようです。昨今は環境への意識が非常に高くなっていて、少しでも危険性があると問題視されてしまいますが、フライパンのフッ素加工のように問題を過度に回避しようとすると根本的な問題に回帰してしまうことがあります。リスクが全くない選択肢があることはまれで、それぞれのオプションにおけるリスクを天秤にかけてより最適な選択をする必要があると思います。
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