日本ゼオンは、理研、横浜ゴムと共同で設置している「バイオモノマー生産研究チーム」の研究により、バイオマス(生物資源)から効率的にブタジエンを生成できる世界初の新技術を開発しました。ブタジエンは主に、自動車タイヤなどの原料として使われる合成ゴムの主原料として使用されています。現在、ブタジエンはナフサ熱分解の副生成物として工業的に生産していますが、バイオマス由来ブタジエン生成技術を確立することにより、石油依存度の低減に繋がるため、地球温暖化の原因とされる二酸化炭素の削減に貢献することができます。 (引用:日本ゼオンプレスリリース4月13日)
大腸菌を菌体触媒とすることで重要な工業原料である1,3-ブタジエンを、バイオマス資源由来の原料から発酵法により直接生産することに初めて成功しました。
1,3-ブタジエンは、タイヤなどのゴム製品やエンジニアリングプラスチックの原料で、2019年には世界で1200万トンを超える需要があり、重要な工業原料です。原料は石油でありナフサのクラッキングでエチレンを合成する際に副生成物としてられます。しかしながら、近年ではアメリカでのシェールガス採掘の発達によって、シェールガスからエチレンを合成する動きが加速しています。シェールガスからエチレンを合成したほうが安価なので、ナフサのクラッキングの需要が減り、1,3-ブタジエンにとっては供給が減少してしまうリスクがあります。加えて昨今の脱石油の動きもあり、バイオ由来の原料から1,3-ブタジエンを合成する技術の開発が求められています。近年ではバイオ由来の1,3-ブタジエンの合成も報告されていますが、それはバイオ由来のアルコールやTHFを使って1,3-ブタジエンを合成する方法であり、自然界でブタジエンを生合成する代謝反応経路はまだに見つかっておらず、グルコースからの直接合成は達成されていませんでした。
そこで本研究では1,3-ブタジエンの直接合成を実現するために、下のような合成経路を検討し、ムコン酸生成経路とブタジエン生成酵素を新たに開拓しました。
まず、ブタジエン生成酵素として、フェルラ酸脱炭酸酵素(FDC)を選択しました。FDCは、桂皮酸誘導体から脱炭酸して末端アルケンを合成することが報告されています。さらに、補酵素としてPrenylated flavin mononucleotide (prFMN)が含まれることによりFDCが芳香族化合物だけでなく、α,β-不飽和カルボン酸も脱炭酸して末端アルケンを合成することが報告されていて、これによりムコン酸から1,3-ブタジエンを合成できると予想されました。実際にクロコウジカビ(Aspergillus niger)由来のFDC(AnFDC)とその活性点周りを改変したFDCを使って実験を行ったところ、Thr395をAsn, Gln, Hisに改変したT395H, T395Q, T395Nで活性の大幅な向上が確認されました。
AnFDCの反応場をコンピュータシミュレーションソフト上で観察したところ、オリジナルの酵素の構造と改変した酵素の構造で、捕捉できる分子も桂皮酸からムコン酸に変化したことが確認されました。よって、桂皮酸の芳香環が相互作用していた疎水性アミノ酸残基のThrを親水性アミノ酸残基であるGlnなどに改変することで、ムコン酸のカルボキシル基がAnFDCと相互作用を行えるようになり、1,3-ブタジエンを合成できるようになったようです。
次に、ブタジエン生成能力がAnFDCより高い出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のFDC(ScFDC)にAnFDCで得られた改変の知見を反映させて活性を調べました。
するとAnFDCでY394HとT395Qの改変に相当するF397HとI398Qで最大の活性確認されました。またpHによる活性の違いを調べたところ6.0で最大の活性を示しました。ScDFCの桂皮酸の反応は、pH 7.0で最大の活性を示すことが分かっていますが、改変により加えられたヒスチジンのイミダゾールがプロトン化されることがムコン酸と相互作用するのに必要であるからだと推測されています。さらに酸素濃度の影響を調べたところ、好気下では活性の低下が確認されましたが、嫌気下では、高い活性を保持できることが分かりました。
ムコン酸生成経路としては、細胞内代謝経路内に存在している3-デヒドロシキミ酸の1,脱水、2,脱炭酸、3,酸化的開裂によって合成する経路が考えられ、それぞれ、Bacillus thuringiensis, Klebsiella pneumoniae, Pseudomonas putida DOT-T1E由来の酵素を大腸菌に発現させました。
結果、CFB21においてムコン酸を生成することに成功しました。さらに、グルコースから1,3-ブタジエンを一度に合成するために、上記の酵素を発現する大腸菌をデザインし、微生物の成長と、ムコン酸、1,3-ブタジエンの精製量の定量を行いました。
結果、CFB21XはCFB21にScFDCをさらに発現させた大腸菌で、CFB22XはScFDCに加えてprFMNを生合成するUbiXも発現させた大腸菌であり、CFB222で1,3-ブタジエンの生成が確認されました。このCFB222を使って、より多くの1,3-ブタジエンを生成させるために、酸素量の最適化と培養方法の検討を行いました。
培地と空気の割合を1:20にすると1,3-ブタジエンの収量が最大を示すことが示されました。上記により1,3-ブタジエンを生成する酵素反応は酸素によって阻害されますが、ムコン酸の生成反応とprFMNの活性化には、酸素分子が必要です。この酸素に関する複雑な条件がある中、ジャーファーメンターを使って溶存酸素濃度を反応初期と後期で変えることで1,3-ブタジエンの収量を向上できないか検討を行いました。
バッチの培養と流加培養、それぞれにおいて、pHと酸素濃度を最適化することで1,3-ブタジエンの生成量を向上することができました。
系内にムコン酸や1脱炭酸の中間体が残っていますが、これは改変したScFDCに活性に向上の余地があることを示しています。そのため1脱炭酸の中間体をより効率よく脱炭酸できるように酵素を改変することや、細胞内のpHを最適化によって1,3-ブタジエンの収率をより向上できるかもしれないと推測しています。またこの反応では、脱炭酸反応によって3炭素原子を系外に放出してしまいますが、二酸化炭素を固定化する大腸菌も報告されており、この技術を使えばより収量を向上させることができるかもしれないとコメントしています。
本研究は、理化学研究所バトンゾーン研究推進プログラムバイオモノマー生産研究チームの成果であり、タイヤメーカーである横浜ゴムとブタジエンゴムを製造している日本ゼオンが連携しています。冒頭で紹介したように、シェール革命や脱石油によって原料の供給にリスクがあるためこの研究が進められていますが、化学産業ではこの例だけでなく、多くの原料の製造が他の原料の製造と密接に関係しています。そのため、一つの原料の製造トレンドや需要が変わると他にも大きく影響与えるため、特に昨今のサスティナビリティの流れがある中では、現在安定的に供給されている原料についても変化する可能性があり代替の合成方法を探索しておくことが必要だと思います。研究課題としては、バイオ由来の素材の登場によって影響を受けた分をバイオ由来の素材の開発によってカバーすることになるため、サスティナビリティの流れをさらに加速する形になり有意義なことかもしれません。
今回、自分自身であまり触れたことが無い、酵素についての論文を紹介させていただきましたが、アミノ酸配列の一つの違いで反応が大きく変わることに大きく驚き、いかに化学反応が繊細なのかを実感しました。脱石油の動きは大きく、生物からいろいろな石油化学品の原料を合成する研究は続けられると予想できます。そのためこの分野における今後の日本の研究・実用化に期待します。