株式会社パテント・リザルトは2021年1月25日、独自に分類した化学業界の企業を対象に、各社が保有する特許資産を質と量の両面から総合評価した「化学業界 特許資産規模ランキング」をまとめた。2019年4月1日から2020年3月末までの1年間に登録された特許を対象に、個別特許の注目度を得点化する「パテントスコア」を用いた評価を行い、企業ごとに総合得点を集計した。集計の結果、1位 富士フイルム、2位 LG CHEM、3位 住友化学となった。 (引用:GlobalIndex1月25日)
株式会社パテント・リザルトでは、企業が保有する登録特許に対して注目度に基づく「パテントスコア」を算出し、それに特許失効までの残存期間を掛け合わせ、企業ごとに特許資産規模を集計しています。パテントスコアは、出願後の経過情報に含まれる出願人による権利化への意欲や、特許庁審査官による審査結果、競合他社によるけん制行為を数値化したもので、出願人、審査官、競合他社の3者が、個々の特許にどれくらい注目しているかを客観的に評価することができるものです。以前、ケムスケニュースにて2018年4月1日から2019年3月末までの結果について取り上げましたが、今回2019年4月1日から2020年3月末までに登録された特許を対象にした結果が公表されましたので、前回との比較をしながら紹介します。ここでは日本特許庁によって登録された特許のみが対象です。
スコアと登録件数の順位
まず資産規模の比較ですが、1位 富士フイルム、2位 LG CHEM、3位 住友化学となり、2018年度では2位だった三菱ケミカルと7位だったLG CHEMが入れ替わった結果になりました。この順位の変動の原因ですが、特許件数の比較でも同じような傾向がみられているため、LG CHEMの登録された特許が急増したたため資産規模において順位の変動が起きたと考えられます。3位以下のランキングを見ると、2018年度には積水化学が4位に、花王が5位になり2018年度と比べると順位を上げました。10位は、信越化学工業に代わって日立化成(※合併前のスコアで昭和電工の特許は含まれません。)がランクインしました。
登録件数を比較すると、2018年度同様に富士フイルムの登録件数が他社を圧倒しています。各社の登録件数を2018年度と比較すると、富士フイルムを含めて多くが減っている中、LG CHEMは、200近く登録件数を増やしています。
注目度が高い特許
富士フイルムの注目度が高い特許として、「静電容量型入力装置の電極保護膜用の組成物、電極保護膜、転写フィルム」や「被写体の所望の箇所に適切に合焦させることができる撮像装置及びフォーカス制御方法」が挙げられていますが、前者は電極保護膜用のポリマー組成物に関する発明で、フレキシブルタッチパネルに使えるように折り曲げ耐性が良好な保護膜を形成できる技術のようです。後者は、光学装置に関する発明のようです。
富士フイルムが発売している業務用プロジェクター
LG CHEMの注目度が高い特許として、「合成ゴムの生産工程内の溶媒回収装置」や「二次電池の正極形成用組成物」に関する技術などが挙げられます。前者は、ブタジエンゴムやスチレンブタジエンゴム、ソリューションスチレンブタジエンゴム等を製造する際に、高分子と溶媒を分離するプロセスに関する発明です。後者は二次電池の正極に使われるポリマーに関する発明で、正極活物質、導電材及びバインダを含めた正極形成用組成物の分散性を高めることができる技術のようです。
LG Chemバッテリー技術の紹介動画
住友化学の注目度が高い特許として、「発光強度を維持しつつ、硬化物の耐溶剤性が高いインク組成物」や「溶媒への溶解速度が速い高分子化合物」などに関する技術が挙げられます。前者は、ペロブスカイト化合物を含む波長変換フィルムを作製するためのインクに関する発明で、発光強度を保ちつつ光硬化後の溶剤耐性を高めることができる技術のようです。後者は、有機EL材料をインクジェットで塗布する際にインクに配合される高分子に関する発明で、溶媒に溶ける速度を向上できる技術のようです。
北海道大学大学院工学研究院 教授 長谷川 靖哉による波長変換フィルムの紹介
ニュースの中では注目度が高い特許の文献番号は記載されておらず、どの特許のことを指しているかは不明ですが、キーワードで調べた限り富士フイルムとLG CHEMの特許は、異議申立や拒絶査定不服にて審判なっているようで、これが注目度が高い要因の一つだと考えられます。
公知年ごとの特許件数の比較
出願された特許は、まず18か月経過してから公開されます。その後審査が始まるため、出願から登録まで数年かかることは珍しくありません。そこで、上位3社の2019年4月1日から2020年3月末までに登録された特許がいつ公開されたのかをまとめました。
富士フイルムは2017年と2018年に公開された特許がほとんどを占めていて、内容は投射装置やプロジェクタへの応用といった光学分野の内容が多く登録されています。LG CHEMの場合は、少し古い2016年に公開された特許の割合も多いです。登録されている内容のほとんどは電池材料に関する発明で、近年発展が続いているバッテリー分野において激しい競争が繰り広げられていることが計り知れます。前記の2社とは異なり住友化学は、まんべんなく2016年から2019年に公開された特許が登録されています。特許の内容も電池材料、発光素子、機能性ポリマーと様々な分野の特許を登録しているようです。また住友化学の場合、早期審査・早期審理制度を利用して2020年に出願・登録された特許も見受けられます。
特許戦略は企業の研究開発において重要なポイントであり、どの分野に対してどのように特許を出願していくかで、数年後に売り出す新しい製品が市場でどのような位置に立てるか決まります。具体的に言えば、画期的な技術をしっかりと特許で保護できればシェア拡大の可能性が高まりますが、他社によって有効な特許を出されてしまうと他社の特許を回避する技術を別に容易する必要があり苦戦する可能性があります。特許は原則として公開されるため、競合他社が開発の状況を知ることができる貴重な情報源です。特許の検索サービスを使うと特許の出願・登録情報が日々送られてきますが、これは企業同士の静かな戦いの中で飛び交う矢のようです。