[スポンサーリンク]

ケムステニュース

木材を簡便に透明化させる技術が開発される

[スポンサーリンク]

普通の木の板をガラスのように透明にした上で、ガラスよりも丈夫で優れた断熱特性を持つようにする技術を、メリーランド大学の研究チームが発表しました。将来的には、断熱性能の高さからガラスに置き換わる建材として活躍することが期待されます。 (引用:Gigazine2月8日)

ポリマーや無機材料の加工技術が発達した現代でも、机やいすといった身の回りの物には天然の材料である木が多用されています。しかし木材の色は基本的に茶色であり、プラスチックやガラスのように透明度が必要な場面には使えません。そこで本研究では、簡便でかつ有害な廃液が出ない方法で木材を透明にすることに成功しました。

まず研究の背景ですが、太陽電池による発電や太陽熱を活用した加温システム、エネルギー効率が高い建物など、太陽の光を利用したデバイスやシステムの需要が高まっています。そんな中、木材を透明にすることができれば、その強度や軽さを活かしてこれらの応用に木材を使用することができます。木材を透明にするためには、光を吸収するリグニンを取り除いてポリマーを充填するのが典型的な方法ですが、時間がかかるうえ環境負荷の高い廃液の処理が必要です。最近では、亜塩素酸ナトリウムを使って部分的にリグニンを短時間で除去する方法が開発されていますが、毒性が高い亜塩素酸ナトリウムを大量に使う必要があります。一方リグニンを除去するのではなくリグニンを無色にする研究も行われていて、熱アルカリ過酸化水素水で木材を透明する報告がありますが、反応時間と効率の問題は解決できていませんでした。そこで筆者らは光を利用して簡便に短時間で木材を無色にする方法を開発しました。

リグニンの構造例

具体的な手順は、10%水酸化ナトリウム水溶液を木の表面に薄く塗布した後、30%過酸化水素水をブラシで塗り、太陽光かUVライトを照射して木を透明にします。その後エタノールとトルエンに漬けて洗い出し、最後にエポキシ樹脂に漬けます。これにより透明かつ強度を維持した木材に加工することができます。

A:実験手順と木材の構造変化 B:透明化させた木材 C:部分的に過酸化水素水を塗布して透明化させた例(引用:原著論文

透明化処理により、どのような変化が起きているのかを調べるためにIRを測定しました。すると、芳香環に帰属される1595、1505と1435 cm−1 のピークは透明にした木材からもピークが確認できる一方、ヘミセルロースのカルボキシ基に帰属される1734 cm−1 とヘミセルロースのウロン酸やリグニンとヘミセルロースを架橋するカルボキシ基に帰属される1235 cm−1ピークが消滅または減少していることが確認されました。よってこの透明化の方法では、ヘミセルロースが主に木材から取り除かれていることが示唆されました。また透明化の前後でリグニンの定量を行ったところ、透明化処理によるリグニンの減少量は5%以下であったこともIRの結果を支持しています。木材の横方向のSEM画像からは細孔構造が確認され、この構造により効率的に過酸化水素水が浸透・拡散し、またUVがトラップされて効率的に脱色の反応が進行したとコメントしています。また縦方向のSEM画像からは、マイクロチャンネルの構造が確認され、エポキシがその中に浸透して強度に貢献しているようです。このような特異な現象によりリグニンを除去した木材の引張強度は、0.4 MPaだったのに対してこの方法では20.6 MPaと非常に高い強度を持つ材料であることも確認されています。

透明化前(SEM画像D,G)、光照射後(SEM画像E,H)、エポキシ注入後(SEM画像F,I)のA:IRスペクトル B:リグニン量 D~I:SEM画像(D,E,Fが横方向でG,H,Iが縦方向)C:木を1mに渡って透明化させた例(引用:原著論文

次に、木材の繊維方向の違いによる透明化の影響を調べました。T軸(横方向)とL軸(縦方向)で光学的な特性に差はほとんど見られませんでした。機械的強度に関しては、引張強度、靭性ともに透明化前よりも高くなるという結果が得られ、これはリグニンで補強された異方性の構造と同時にエポキシ樹脂注入の効果だとコメントしています。

A:縦方向の透明化例、B:横方向の透明化例 C、D:透明化前後の光学特性の変化 E:レーザー光を照射したときの散乱 F,G:透明化前後の機械特性の変化(引用:原著論文

最後に実用性を考えて長さ1mの木材を太陽光で透明化を試みました。結果、太陽光でもきれいに透明化できることが分かりました。また亜塩素酸ナトリウムの方法と、コストや毒性、廃液量を比較してもこの太陽光の方が優れていると主張しています。

A:太陽光を使った透明化の手順 B:透明化の実例 C:透明化させた木材 D、E:亜塩素酸ナトリウムとの比較(引用:原著論文

開発した方法のデモという面が強く感じられる論文であり、透明化の条件で特性に違いが出るのかが気になるところです。安全で環境負荷が低い方法だと主張していますが、30%過酸化水素水は日本で言えば劇物であり濃度が低い場合に透明度に影響が出るのかが実用化を考えれば重要なポイントであると思います。また過酸化水素水がUV照射によってヒドロキシラジカルに変化し、これがリグニンのカルボキシ基と反応して分解していると考えられますが、構造変化の詳細が溶出液などの分析により解明できれば面白いのではないでしょうか。透明化の効率と過酸化水素水のハンドリングによりますが、透明化という新しい家具のデザインやガラスへの代替に応用できるだけでなく、木材の強度強化という建物の安全性を向上させる技術かもしれません。良く知られている反応でも、応用する分野が変えれば、大きな発見になる可能性があることを認識させられる論文でした。

関連書籍

[amazonjs asin=”4830041188″ locale=”JP” title=”木質の化学”] [amazonjs asin=”4860992067″ locale=”JP” title=”木材接着の科学”]

関連リンク

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 水の電気分解に適した高効率な貴金属フリーの電極が開発される:太陽…
  2. ポリフェノールに食品アレルギー予防効果
  3. 文化勲章にノーベル賞の天野さん・中村さんら7人
  4. 女優・吉岡里帆さんが、化学大好きキャラ「DIC岡里帆(ディーアイ…
  5. ゾイジーンが設計した化合物をベースに新薬開発へ
  6. 大阪・池田 リチウム電池の実験中に爆発事故
  7. 三菱ケミの今期経常益‐1.8%に、石化製品市況弱く
  8. 帝人骨粗鬆症治療剤「ボナロン錠」製造販売承認

注目情報

ピックアップ記事

  1. 危険物取扱者:記事まとめ
  2. イミノアルキンと共役ジエンの形式的[4+1]アニュレーションによる多置換ピロール合成
  3. 太陽光変換効率10%での人工光合成を達成
  4. プロパンチアールオキシド (propanethial S-oxide)
  5. 抗薬物中毒活性を有するイボガイン類の生合成
  6. メリークリスマス☆
  7. 混合原子価による芳香族性
  8. 鉄触媒を用いて効率的かつ選択的な炭素-水素結合どうしのクロスカップリング反応を実現
  9. リチウムイオン電池正極材料の開発動向
  10. 今冬注目の有機化学書籍3本!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年2月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728

注目情報

最新記事

TLC分析がもっと楽に、正確に! ~TLC分析がアナログからデジタルに

薄層クロマトグラフィーは分離手法の一つとして、お金をかけず、安価な方法として現在…

先端の質量分析:GC-MSおよびLC-MSデータ処理における機械学習の応用

キャラクタライゼーションの機械学習応用は、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)およびラボオートメ…

原子半径・電気陰性度・中間体の安定性に起因する課題を打破〜担持Niナノ粒子触媒の協奏的触媒作用〜

第648回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科(山口研究室)博士課程後期2年の松山…

リビングラジカル重合ガイドブック -材料設計のための反応制御-

概要高機能高分子材料の合成法として必須となったリビングラジカル重合を、ラジカル重合の基礎から、各…

高硬度なのに高速に生分解する超分子バイオプラスチックのはなし

Tshozoです。これまでプラスチックの選別の話やマイクロプラスチックの話、およびナノプラスチッ…

新発想の分子モーター ―分子機械の新たなパラダイム―

第646回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機反応論研究室 助教の …

大人気の超純水製造装置を組み立ててみた

化学・生物系の研究室に欠かせない超純水装置。その中でも最も知名度が高いのは、やはりメルクの Mill…

Carl Boschの人生 その11

Tshozoです。間が空きましたが前回の続きです。時系列が前後しますが窒素固定の開発を始めたころ、B…

PythonとChatGPTを活用するスペクトル解析実践ガイド

概要ケモメトリクスと機械学習によるスペクトル解析を、Pythonの使い方と数学の基礎から実践…

一塩基違いの DNA の迅速な単離: 対照実験がどのように Nature への出版につながったか

第645回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科相田研究室の龚浩 (Gong Hao…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー