福井大学と福井県農業試験場は、これまで難しいとされていた炊きたてご飯の香り成分の測定に成功したと米化学誌に発表した。県のブランド米「いちほまれ」から、甘い香りと花のようなさわやかな香りの2種類を検出。時間がたつにつれ、さわやかな香り成分が急速に減ることも分かった。 (引用:福井新聞10月12日)
炊飯直後の炊飯器の蓋を開けた時の匂いは、お茶碗によそるご飯の量を一杯も二杯も多くします。このニュースは、そんなご飯の香りの分析を定量したという内容です。
食品化学において、成分を分析して含まれる化合物を同定し、美味しい理由を探索することは良く行われており、ご飯の分析においても、GC-MSを使った分析例が報告されています。さらに抽出を固相マイクロ抽出(SPME)で無溶媒で行いシンプルかつ再現性良く成分を抽出してGC-MSで分析する報告例もあり、品種ごとにご飯の中に含まれる揮発性化合物の解明は進んでいます。しかし、消費者がおいしいと感じる実際に食べるときのご飯の匂いは、品種だけでなく保存期間や調理方法によって変わるため、炊いたご飯の香りを定量することが重要であり、本論文ではご飯の香りを定量することを行いました。
香りの定量に関して、本論文では共鳴多光子イオン化質量スペクトル(REMPI-TOFMS)を使用しました。この共鳴多光子イオン化(Resonance Enhanced Multi-Photon Ionization)は複数の光子を目的分子に吸収させてイオン化する方法で、基底状態からイオン化準位までを短波長のエネルギーを持つ光でイオン化するのではなく、まず1光子の吸収により励起準位を経由し、さらに1光子の吸収によりイオン化準位に到達しイオン化されます。これにより適度な波長をもつ光源で、揮発性有機化合物を光によってイオン化することができます。光源にはレーザーを使うためイオン化効率が極めて高く、微量の成分分析に適しており、大気中にごく微量含まれる有害な芳香族炭化水素(PAH)の測定に応用されています。
では、論文で行われた実験方法に移りますが、お米は福井県産いちほまれ、豊かな香りを持つとおわにしき、もち米のたんちょうもちを洗って市販の炊飯器(パナソニック製IHジャー)で炊飯しました。もち米は、赤飯にするため茹でた小豆も加えました。炊飯が完了してから5分以上放置後、SPME ホルダーをご飯に近づけて5分、香りを吸着させました。その後SPME をGCに接続し、GCカラム分離後の成分をREMPI-TOFMSによってイオン化させました。
分析結果の前に筆者らは、実験で炊いたご飯の香りについて下記のように評しています。
- 炊飯直後は、甘い香りがするが、2時間ジャーで保温したご飯からはその匂いが少なくなり、逆に不快なにおいが増えた。
- 精米後7か月経った白米を炊飯すると、ぬかの匂いがした。参考として精米から2,3年経った米を炊飯すると食欲をそそらない匂いがした。
- もち米を炊飯すると餅のような香りがして、香り米からはポップコーンのような香りがした。
- のちの結果により判明する炊きたてご飯の香りの試薬そのものの匂いは、4-vinylphenolが子ども用風邪薬のシロップのようで、Indoleは殺虫剤のようだった。
次にREMPI-TOFMSにて揮発成分を分析しました。すると、m/zが120と117のイオンが常に検出され、他の研究例との比較や試薬の測定により、それぞれ4-vinylphenolとIndoleのピークと同定しました。
次に保温時間の違いによる4-vinylphenolとIndoleのピーク面積を比較すると、保温時間が長いほど、それぞれの検出量が少なくなっているものの、0ではないことがわかります。一方で、上記のように2時間ジャーで保温したご飯からは甘い香りが少なくなり、逆に不快なにおいが増えていることから、この甘い香りは、4-vinylphenolとIndoleだけから来るものではないと考えています。
最後に、精米直後と7か月経った米、香り米、もち米の4-vinylphenolとIndoleの量を測定しました。すると、4-vinylphenolの量は、保管期間によって変化しないことが分かりました。4-vinylphenolは、p-Coumaric acidとFerulic acidの熱分解により生成することが報告されているため、保管によってこれらの成分は減少しないと考えられます。一方でIndoleは7か月経った米のほうが少なく、保管期間の違いをこの方法によって判別できることが分かりました。もち米からは、Indoleが多く検出されるものの餅の香りとは異なり、香り米からはどちらの成分も多く検出されませんでした。香り米のポップコーンのような香りは、2-acetyl-1-pyrroline由来だと報告されていますが、検出されませんでした。これは、REMPI-TOFMSの条件設定が合わなかったのか、発生量が極めて少なかったからだと考察しています。
結果として本研究により、ご飯の香りの一部である4-vinylphenolとIndoleを定量することに成功し、保管期間の違いによりご飯から発生する量が変わることが判明しました。本論文を発表した福井大大学院工学研究科の内村智博教授のグループでは、質量分析に関する研究を多く行っていて、このREMPI-TOFMSを使ってエマルションなどのサンプルについても測定しているようです。
消費者は、好みに合った銘柄と価格でお米を購入していると思いますが、一般的に言われていたりパッケージに書かれている特徴は、決められた試験によって評価されたものではありませんので、銘柄ごとに比較するのは難しいと言えます。そのためこのような分析方法によって炊飯した時の香りを定量化できれば、数値の違いによって美味しいご飯を判定できるかもしれません。また、稲作農家や炊飯家電メーカーもこの香りの定量を活用して、より良い米の品種改良や、コメの香りを引き立たせる炊飯ジャーの開発につなげることができると考えられます。同定できていないピークも検出されていますし、香り米特有の香り成分も本論文では検出できておらず、いろいろな課題が見えています。そのため、炊き立てご飯の香りの全容解明のためこの研究の続報に期待します。