芝浦工業大学機械機能工学科前田真吾准教授らの研究グループは、化学エネルギーのみで駆動する人工心臓のようなゲルがポンプとして機能することを実験的に証明しました。ゲルのベローゾフ・ジャボチンスキー(BZ)反応による自発的な運動を動力源とするため、電子部品などの複雑な機構を必要としません。このポンプは生体との親和性が高く、自動的に薬を服用するドラッグデリバリーなどの医療分野への応用が考えられます。また、化学反応を力学的エネルギーへ変換し利用を考える多くの研究分野で活用が期待できます。 (引用:DigitalP PR Platform8月25日)
近年、電子部品は小型化し、一昔前では持ち歩くことができないような大きさのデバイスが必要だった機能も、スマホやスマートウォッチに搭載できるようになりました。しかしながら、物理的に何かが動く部品の小型化には、部品の高い精度も高くなり、必要な部品点数も増加しています。また、生体内で働くデバイスを考えたときに電気エネルギーを得るにはバッテリーが必要ですが、現状のバッテリーには有害な物質が多く、生体内で使うには、安全性への心配があります。そこで本論文の筆者らは、BZ反応で動く刺激応答性高分子ゲル(BZゲル)に着目しBZゲルの膨張・収縮によって発生する力学的エネルギーを増幅させる手法を確立しました。
まず、BZ反応についてですが、1951年にロシアの科学者、B. P. Belousovが生物の代謝経路を模倣した化学反応系を考案し、実験を行ったところ、溶液の色が時間的に振動することを発見しました。発見当時は、化学反応は最終的な平衡状態に向かって進行していくだけのものであると考えられており、受け入れられず論文も受理されませんでしたが、A. M. Zhanotinskyが追試を行い、1968年の学会で発表したことでこの現象は有名になり現在ではBZ反応として呼ばれています。色が周期的に変わるということで、化学実験のデモンストレーションとして使われる他、高校生の研究課題として新規反応を探す研究がよく行われています。
周期的に色が変化する原理ですが、例えば、セリウムの3価と4価を利用したBZ反応の場合、Ce(III)→Ce(IV)の酸化反応は臭化物イオン(Br–)の濃度が高いときに速く、Ce(IV)→Ce(III)の還元反応は臭素(Br2)の濃度が高いときに速いため、臭素と臭素イオンの濃度によって色が変化するという仕組みです。
このBZ反応を発展させて何かを周期的に動かすという応用は以前から研究されていて、ケムステでも高分子ゲルを運動させる研究を過去に紹介したことがあります。BZ反応によるゲルの動きを動力源とすれば、複雑な部品もバッテリーもいらなくなるのでシンプルな系でいろいろな応用が考えられます。しかしながら、これまでBZゲルの力学的エネルギーは変化量が小さく、またゲル自体を化学液中に浸す必要があったため、応用に限界がありました。そこで本研究では、熱力学的サイクルを最大化することで,BZゲルが収縮・膨張する量を拡大し、ゲルと膜による単一構成物でできたポンプを実現させました。
まずゲルについてですが、ミクロ相分離したポリマーを合成することで、ゲルそのものを溶液に浸す必要がないゲル内2相系を構築しました。具体的には下記を混ぜて直径1mmのキャピラリーに入れてポリマー化させました。ゲルが収縮する仕組みですが、[Ru]3+ の状態のほうが [Ru]2+ よりも少しだけ溶解性が高いため、ゲルが[Ru]3+ で縮み、[Ru]2+ で伸びるという現象を利用しています。
次に合成したゲルを使って熱力学的サイクルを調べました。実験的には、ゲルの伸びた長さとかかる力を測定して[Ru]3+ と[Ru]2+ サイクルを推定しました。1→2と3→4は、Ruの酸化と還元に伴うゲルの体積変化が表れ、2→3と4→1では、その酸化状態における機械的伸縮が観測されています。そしてこのサイクルの面積を計算することで最も効率の良いゲルの運転条件を探索しました。
上記の計算方法をもとに効率の高い使い方を考えたところ、自由な伸縮運動よりも荷重がかかった状態のほうが伸縮する長さが長いことがわかり、伸びる力を物体を押す力にして応用することにしました。
次にBZ反応の挙動を調べるために時間ごとにゲルからかかる力を測定しました。するとゲルは一分半の周期をもつことがわかり、また発生する力はゲルを伸ばしておいたほうが強い力が発することが分かりました。
最後に実用性を検証するためにBZゲルの運動によりオイルバスの液面が変化する装置を製作しました。すると、液面を1mm以上上げ下げする運動が40分以上確認されました。また、マイクロ流体デバイスにおいても液面を0.3mm以上、上げ下げする運動がが1時間以上確認されました。
結果として5.76 × 10−2 nWの力が生み出されましたが、筆者らは更なる改良を検討していて、化学的には、各成分の配合を変更することにより、BZ反応の周期などを変えて最適化することを考えています。また物理的には、温度やゲルの直径、BZ反応の基質を変えることで応用に適したゲルの作用を得ることができるとしていて将来的には、最終的に電子部品を必要としない自律型ポンプとなり人工心臓や自動的に薬を服用するドラッグデリバリーの分野で応用ができると考えています。芝浦工業大学 知能材料学研究室では、このBZゲル以外にも様々なソフトマテリアルの機械的応用について研究していて、冒頭で紹介したケムステ過去記事の論文も研究室を主宰している前田 真吾 准教授が早稲田大学に在籍されていた時に発表した内容です。また本研究は、新学術領域研究「ソフトロボット学」の助成を受けて行われたもので、同領域ではこの他にも様々なソフトマテリアルの応用が研究されています。
モノを動かすためには電子部品が必要で、その電子部品はコンセントや電池から得られた電気エネルギーが必要であることが当たり前ですが、この技術は電気中心の世界を変えるかもしれません。もちろん、自動車を動かすような大きな力をゲルの収縮で賄うことは不可能ですが、論文中で触れられていたように、生体内や自然界など電池の使用が不適当なところで小さな力を生み出すのにこの役立つと考えられます。ただ、実用化を考える上では稼働時間をより長くすることが必要で、大きな性能の飛躍には化学的なイノベーションが必要ではないかと考えられます。見て楽しいBZ反応が、人々の生活に不可欠なBZ反応になることを期待します。
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- Autonomous oil flow generated by self-oscillating polymer gels:原著論文
- 知能材料学研究室:論文を発表した研究チームのHP