スコッチ・ウイスキーは世界中の多くの人々に愛されていますが、近年ではビンテージもののスコッチ・ウイスキーの需要増加に伴い、製造年数が偽造されたスコッチ・ウイスキーが市場で多く出回っています。偽造ウイスキーかどうかをボトルに入ったままの状態で判別する方法を、スコットランドにあるセント・アンドルーズ大学の研究チームが開発しました。 (引用:Gigazine 9月23日)
昨年、ナノアレイを使ってウィスキーの銘柄の判別に成功したという発表を紹介しましたが、新たにラマン分光をボトルの外から行い、ウィスキーの分析に成功したことが報告されました。
まず論文の内容の前にラマン分光法の原理を簡単に紹介すると、分子に光を照射すると、光の一部は散乱されます。その散乱光の大部分は照射した光と同じ波長の光(レイリー散乱光)ですが、異なる波長をもつ光(ラマン散乱光)も含まれています。この光を調べるのがラマン分光という分析方法であり、スペクトルの解析による化学結合と物質の同定や結晶格子の歪み評価、結晶性の評価などを行うことができます。ラマン分光装置はレーザー光源と検出器で構成されていて、レーザー照射して発生した散乱光は、レイリー散乱光をカットするためのフィルタ、波長ごとに分ける分光器などを通して検出器に届き、光の強度が測定されラマンスペクトルが得られます。
検出原理の観点で赤外吸収と比べると、ラマン分光にはガラス越し観察や水溶液での観察および微小領域の分析が可能という利点があり、顕微鏡と組み合わせて観察領域のラマンスペクトルを測定できる装置が一般的に使われています。
では、論文の内容に移りますが、課題は、ウィスキーのボトルのような厚いガラスの外側からどうラマンスペクトルを測定するかであり、筆者らは容器の内部にある物質を測定するのに適している空間オフセット型ラマン分光法(SORS)を発展させてAxicon(円錐)型の光学系を使用し無関係の光をなるべく排除しつつガラス容器による光の減衰を最小限にしたと報告しています。
アジレントのSORSを活用した製品の紹介
実際の装置図は下記のようになり、Axにこの研究の肝であるAxiconレンズが使われています。そのほかは、一般的なラマン分光と同じ構成となっています。
まず、通常の性能を評価するためにガラスボトルにエタノールを入れて測定を行いました。入射光の形状を確認するためにL2のレンズを移動させると狙い通りに入射光は、中が抜けた円状になっていることが分かりました。
次に、SORSとAxiconの性能を比べるために入射光と測定位置を変化させてスペクトルを測定しました。リファレンスとするSORSでは、光は一点に集中させているので入射光の焦点と測定地点の距離を変えてスペクトルを取得しました。一方のAxiconでは、円を描いた入射光なのでその中心に測定地点を設定し半径を変えてスペクトルを取得しました。半径が大きくなるとガラス由来のピーク(1370 cm−1)が小さくなることが確認され、エタノールのピーク(881 cm−1) とガラス由来のピーク(1370 cm−1)の比率を距離や半径ごとに比較するとAxiconの方がガラスのピークを抑えてスペクトルを測定できることが分かりました。
通常の後方散乱型のラマン分光と比較してもガラスのピークをかなり抑えて測定できていることがわかります。
この結果を踏まえて市販の11種類のウォッカ、ジン、ウィスキーをオリジナルのガラス容器のまま測定を行い、主成分分析によって銘柄の判別を行いました。主成分分析(PCA)は、たくさんの変数があるときに、それをごく少数の項目(たいていは1~3)に置き換える方法で、本論文ではラマンスペクトルのプロットに対してPCAを行ったようです。解析の結果、それぞれのアルコールが別の位置にプロットされ、この方法によってアルコール飲料を判別できることが分かりました。
今回調べた11種類の容器の形状は論文では示されていませんが、高価なアルコールほどガラス容器も凝っていて、角ばった容器やデザインが施されている容器もあります。そのため本当にどんな容器でも測定できるのか気になるところです。中盤で紹介したように、容器の外からラマンスペクトルを測定する技術は開発されていて装置も市販されています。しかしより厚いガラス容器でもラマンスペクトルを測定できるのであれば、このアルコール飲料判別だけでなくいろいろな場面で応用できるのではないかと思います。フラスコといったガラスの反応容器は大きくなるほどガラスが厚くなりますが、この技術を応用すれば、合成スケールに関係なく反応を外から追跡することが可能になると考えられます。