新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生以来、マスクが世界的に注目を集めるようになり、当初はマスクの効果に懐疑的だったWHOでさえその効果を認めるようになりました。そこで、マスクの中でも特に高性能であるN95マスクがウイルスや粉じんをブロックする原理について、YouTubeで物理関連のムービーを多数公開しているminutephysicsチャンネルが分かりやすく解説しています。 (引用:Gigazine6月19日)
ここ一週間で新たに判明した感染者の数は増え、メディアは暑い夏にマスクを着けるか着けないかについて活発に取り上げられていますが、いまだに「不織布マスク=完全ではない、N95マスク=性能が高く予防に適している」というN95を日常的に装着することの非現実性をぼやかしたまま、高性能を強調している番組が見受けられます。一方ネット上では、科学的に正しくN95マスクの性能を解説している記事はたくさんあり、今回はその一つのYoutube動画を紹介します。
これは、YouTubeで物理関連のムービーを多数公開しているminutephysicsチャンネルに投稿された動画で、N95マスクの性能と定義、正しい使い方について説明しています。
まずN95マスクがウィルスを捕捉する原理ですが、1)慣性衝突、2)拡散、3)静電引力と三つの効果によってマスクの中にウィルスがマスク内に入ってくるのを防いでいます。1)と2)の効果は、不織布マスクでも有していて、先日紹介した慶應大学理工学部の奥田知明教授の動画でも触れられています。一方、3)はN95マスクのみが有している効果で、正に帯電した繊維が粒子を静電引力で吸着させる仕組みです。
繊維を帯電させるには、エレクトロスピニング(電界紡糸)という特殊な製法を使う必要があり、これにより数nmの直径でかつ、正に帯電した繊維が製造されます。
実験室でのエレクトロスピニング法のデモ
この方法は、不織布の製造ほど大量生産に向いていないため、N95マスクは医療や工業といった限られた用途でしか使われていません。ただし、ナノファイバーの応用用途は広がっていて各社、生産効率の高い製造方法の開発を進めているようです。
次にN95の定義の紹介ですが、N95マスクは、アメリカの国立労働安全衛生研究所(National Institute of Occupational Safety and Healt, NIOSH)が定めた呼吸器防護規格( 42 CFR Part 84 Respiratory Protective Devices)のN95クラスに適合していることを示しています。95の意味は、直径0.3 μmのエアロゾル化した粒子(NaClかフタル酸ジオクチル:DOP)を95%捕捉できるからであり、頭のNは耐油性がないことを示しています。NIOSHの規格ではほかの種類もあり、95より捕集能力が高い99や100、耐油性を持つRクラスやや防油性があるPクラスのマスクもあります。
日本には固有の規格があり、防じんマスクは下記の性能区分に分けられます。NaClは防油性がない場合の試験粒子であり日本のSはNIOSHのNに相当します。
規格は違っていても性能評価方法は一緒なので、N95は、RS2やDS2と同等の性能を持つと言えます(NIOSHでは使い捨てか取り換え式かの区別はありません。)。より高性能なN100マスクも販売されていますが、石綿やダイオキシン、インジウムといった人体への影響度の高い物質の微粒子が蔓延する中で作業を行うときのみに使うマスクのようです。筆者はN95マスクを使って金属を取り扱う作業の経験がありますが、なかなか息苦しくこれを装着して生活することは不可能だと思いました。そのためN95マスクよりも2倍呼吸に必要な圧力が高いN100マスクを装着して生活することは、もってのほかだと思います。
そもそも、直径0.3 μmのエアロゾル化した粒子を95%しか捕捉できないからといって、ウィルスといった小さな粒子も95%しか捕捉できないわけではなく、一番捕捉しにくい0.3μmの粒子で性能を評価しているだけであり、より小さい粒子についてはより高い効率の捕集能力を有しています。
動画の最後には、N95の正しい使い方が示されていて、顔にフィットしないと効果が得られないことと、水やアルコール、漂白剤で洗うとマスクの捕集能力が弱くなるので洗って繰り返し使うことは推奨されていないことを説明しています。
話は動画の内容から外れますが、不織布マスクが品切れ状態から脱した後、粗悪品のマスクが流通していることが問題になりました。不織布マスクにはN95といった性能を示す規格はありませんが、医療用マスクとしての規格、ASTM F2100-19が存在します。規格では、下記のような基準でレベル1から3までの基準があり、高いレベルほど、微粒子の透過率が低く液体の耐圧が高いと言えます。この規格をクリアしているマスクをドラックストアで見たことはありませんが、日本でも適合しているマスクが製造されているようです。
- 細菌濾過率(%):細菌を含む、平均約3μmの粒子が濾過された率を示します。
- 微粒子濾過率(%):平均約0.1μmの微粒子が濾過された率を示します。
- 呼気抵抗(㎜H2O/㎝2):呼吸のしやすさを示します。
- 血液不浸透性(㎜Hg):液体(血液)が飛散した場合、どの程度の圧力にまで耐えうるかを示します。
- 延燃性:電気メスを使用する手術室などにおいて、炎の広がりにくさを示します。
クラス1~3まで3段階に分かれ、数値が小さいほど燃えにくいことを表します。
現在はドラックストアに行けば、いろいろなマスクが売られていますが、粒子の透過率を担保するような性能についての記載は少なく、むしろ着け心地が良いといった科学的でないアピールが目立っている印象を受けます。原理的には、息が苦しい=粒子の透過率が低い/呼吸しやすい=粒子の透過率が高いという関係であり、その中でどちらの性能を適度にあることを示すには上記のような透過率や呼気抵抗といった値で示されるべきだと思います。値でなくて性能を一言で示すなら、上記の規格を活用することも一つの方法だと考えられ、質の悪いマスクを排除する目的でこの規格をマスクメーカー各社が導入すべきだと思います。何かものを購入するときパッケージの甘い言葉に惑わされますが、車の燃費や家庭用エアコンの省エネ度合いなど、数で性能を示す商品も存在するわけであり、何かの値によって自分の目的に合った商品を選択できるような風潮に社会全体でなれば、誰もが科学的な基礎知識で判断できるようになるのではないでしょうか。
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