中国で症例が確認され、爆発的に患者が増えているコロナウイルスですが、いろいろな影響が世界中で出ています。今回のケムスケニュースでは化学に関連するトピックをまとめました。
相次ぐイベントの中止
コロナウイルスの感染拡大を防止するため、学会や就活イベントの延期や中止が増えています。2020年3月22日(日)~25日(水)には、日本化学会第100春季年会が予定されています。現時点では開催されるとのことですが、下記のイベントは中止が決定しています。(追記:2020年2月26日14;00 最終的に日本化学会春季年会も中止となりました。100回記念大会だったのですが、残念です。)
- 第100春季年会 懇親会
- ATP交流会
- Chem-Stationイブニングミキサー
- 男女共同参画 懇親会
- 国際交流懇親会
毎年化学会年会・薬学会年会で行われている付設展示会ケムステキャンペーンも中止といたしました。
また年会の中止を決定した学会も下記のように出てきています。
- 日本薬学会第140年会
- 化学工学会 第85年会
- 日本農芸化学会2020年度大会 (追記:2020年2月27日)
- 電気化学会第87回大会 (追記:2020年2月27日)
- 第67回応用物理学会春季学術講演会 (追記:2020年2月27日)
- 第35回塗料・塗装研究発表会 (追記:2020年2月27日)
現時点で開催としている学会も、コロナウイルスの状況によっては中止とする可能性も十分にあり、学会からの連絡をよく確認する必要があるかと思います。2011年の東北大震災の時は、日本化学会の年会も中止となり筆者も発表できませんでした。発表実績としては認められましたが、人前でのプレゼンと質疑応答があっての学会参加であり、オンライン発表のような仕組みが構築されることを願います。
ケムスケでも紹介している化学系学生のための企業合同説明会について今週の大阪セッションは予定通り開催されるものの、3/3(火)・3/4(水)東京セッションは中止が決定されました。就活イベントの中止も広がっていて、リクナビを運営しているリクルートキャリアでは、2021年春卒業の学生向け合同企業説明会を3月末まで中止すると発表し、他の就活サービスもイベントの中止を検討しています。こちらに関してもオンラインイベントのような形で、移動することなく情報が入手できるようになるのが理想だと思いますが、ネット環境によって不平等になってはならないので、難しいところではないでしょうか。現に中国では、在宅ワークの急増によってWeb会議の回線品質が安定しないなどの問題も起きていると聞きます。
その他の出張に関して、中国への渡航はもちろんのこと、国内の移動も控える動きが出ています。コロナウイルスを過度に怖がるのではなく、移動するリスクとその必要性を天秤にかけて冷静に判断する必要がるのではないかと思います。
化学産業への影響
マスクや防護服、消毒用エタノールの需要が急増しているため、その原料である過酸化水素やアルコール、ポリプロピレン繊維、ポリウレタン繊維といった化学品の生産も急増しています。その一方で中国での物流のストップや工場の停止によって需要が低下している化学品もあります。世界規模の経済を考えると、コロナウイルスは悪い影響があると主張する声が多く、化学業界もその影響を受けるとの見方があります。
ウィルス対策への貢献
悪いニュースだけでなく、ウィルス対策に関連した化学技術の発展もニュースになっています。
コロナウイルスの問題点の一つとして、検査キットが開発されておらずPCR法で判定する必要があることが挙げられます。PCR法では、特定の塩基配列を増幅させて体内にウィルスがあるかどうか調べます。具体的には人の粘液を採取し、そこにウイルスの塩基配列だけ増幅させるように試薬を加え、ウィルス由来のDNAが増幅されて検出されれば、その人は陽性と判断されます。
コロナウイルスは、プラス鎖一本鎖のRNAをウイルスゲノムとして有するエンベロープウイルスなので、PCRで増幅するためにDNAに逆転写する必要があります。そのため前処理にも時間がかかり、トータルで結果が出るまで数時間かかります。
ここでいうウィルス検出キットとは、PCRの前処理を行うキットである。
一方で、インフルエンザの場合、どこの病院に行っても数十分で診断されます。これは、イムノクロマト法を使った検査キットが開発されているため、PCRで塩基配列を調べなくてもウィルスの有無を調べることができるからです。イムノクロマト法では、抗原と結合するような標識抗体と試料を混合した後、クロマトグラフィーを行います。クロマト紙の途中にも抗原を捕捉する抗体が塗布されていてウイルスが含まれていると、先に混合しておいた標識抗体ともに色が変化し、目視でウィルスの有無を確認できます。
デンカグループのデンカ生研は、インフルエンザの迅速診断キットで国内のトップメーカーであり、新型コロナウィルスの抗原を、迅速・簡易に検出するキットの開発に着手したと発表しました。イムノクロマト法で検出するには、新型コロナウイルスにのみ特異的に結合する抗体を開発する必要があります。また東ソーはTRC 法を用いた新型コロナウイルス検査キットの開発に着手したと発表しました。TRC法では、RNAを直接増幅させるためPCR法よりも簡便となります。すでに結核菌やノロウイルスなどの検出では使われていて、新型コロナウィルスに適合する試薬を開発することで50分以内の検出を目指すそうです。
さらに、栄研化学では、独自の遺伝子増幅技術であるLAMP法を利用した新型コロナウィルスの検出試薬開発を進めていると発表しました。LAMP法は、60度付近で働く酵素と自己の配列を鋳型とする連続的な伸長反応のために工夫されたプライマーを使った増幅方法で、目視による検出も可能です。1時間以内に検出できる試薬を早期に開発することを栄研化学では目標としているそうです。PCRよりも簡便で早い検査方法の開発は強く求められているものの、このウイルスの展望が見通せない中で開発と商品化に投資をすることはビジネス上のリスクがあります。感染拡大を防ぐためにもぜひ3社とも開発した技術を商品化までつなげてほしいと思います。
治療薬の投与開始
各国でコロナウイルスに感染した患者に対して治療薬を投与する試みが行われていますが、確たる特効薬は見つかっていないのが現状です。そんな中、日本ではファビピラビル (アビガン錠)の投与を開始しました。これは、富山大学医学部と富山化学工業(現:富士フイルム富山化学)が共同開発した「RNAウイルス」の増殖を抑える効果が期待されている治療薬で、新型のインフルエンザが流行した場合に備えて国内に備蓄されています。催奇形性の危険があるものの、ウイルスの遺伝子複製を阻害して増殖を防ぐ作用が認められ薬としての認可が下りました。すでに中国では投与が始まっていて、良好な結果も得られています。高齢で持病がある方の死亡例が多数報告されているため、効果が期待されます。
今すぐに感染拡大が止まることは考えにくく生活の不自由が続きますが、科学的でない話に惑わされず冷静な対応で乗り切りる必要があると思います。世界規模でこのウイルスへの予防と治療の研究が進められていますが、一刻も早く有効な手段が見つかればと思います。
関連書籍
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- 病原体検出マニュアル 2019-nCoV Ver.2.6: 国立感染症研究所作成のPCRによる検出マニュアル
- LAMP法の原理と応用:LAMP法の解説
- TRC法を用いた結核菌検出方法の有用性に関する検討:TRC法を使った結核菌検出に関する発表