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99.7%の精度で偽造ウイスキーを見抜ける「人工舌」が開発される

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 まるで人間の舌のように偽造ウイスキーを見抜くことができる小型のセンサーが開発されました。このセンサーはウイスキーではないものを見抜けるだけでなく、ウイスキーの熟成年数や熟成させたタルの違いまで判別することで、その銘柄まで高い精度で特定することが可能だとのことです。 (引用:Gigazine 8月8日)

ウイスキーは蒸留酒の一種で、大麦などの原料に水を加えて糖化、発酵させた後、蒸留によって精製を行い、それを樽に詰めて長期間熟成することで作られます。産地やタル内での熟成年数、タルの種類によって風味が変わり、特に数十年といった長い期間熟成されたウィスキーはビンテージウイスキーと呼ばれ、近年のウイスキーブームの中で高値で取引されている一方、ビンの中身とラベルが異なる偽ビンテージウイスキーが流通していて問題となっています。

化学的にビンテージウイスキーが本物か偽物なのかを調べるには、放射性炭素年代測定法で製造された年代を調べる方法や、LC-MSで含まれている化合物の量や構造を本物のウィスキーと比べる方法などが考えられますが、いずれにしても大がかりな装置が必要です。そこで本研究では、プラズモン共鳴を利用し分光分析だけでウィスキーの銘柄や熟成年を判別する方法を開発しました。

実験方法ですが、まずナノアレイを作製しました。具体的には、電子ビームリソグラフィでパターンを作った後、AuとAlを金属蒸着することで100 nm×100 nmの薄膜が配列したアレイが作製されました。アレイの金属配列は、Alのアレイ、Auのアレイ(モノメタルアレイ)、AlとAuの両方を場所をずらして成膜したアレイ(バイメタルアレイ)を作製し分光測定で性能を比較しました。次のこのアレイの金属表面を1-decanethiol(DT)と hexamethyldisilazane(HMDS), 1H,1H,2H,2H-perfluoro-1-decanethiol(PEDT)と2-[methoxy(polyethyleneoxy)6–9propyl] trimethoxysilane(PEG)で修飾しました。修飾は、各溶液にアレイを漬けるか溶液のスピンコーティング後、洗浄、乾燥といった手順で行われました。Au表面は硫黄原子と結合を形成し、Al表面は酸素原子と結合を形成するため、Au, Au-DT, Au-PEDT, Al Al-HMDS, Al-PEGの6種類で比較しています。そしてこのアレイと溶液をスペクトル測定用のチャンバーに入れ、45μmのスポットサイズの光(400から1200 nm)を照射しアレイを透過した光を分光器によって分析しました。

開発したAlasdair Clark博士と実験で使用したアレイ(引用:UNIVERSITY NEWS

測定では、修飾基ごとにAlとAuで合計6種類について帰属される極大ピークの波長を記録しました。Alの場合480から490 nmの間で、Auの場合650から670 nmの間で修飾基によってピーク波長が変わり、その中でも溶液=酒によってさらにピーク波長が変わることが分かりました。そこでこの一つのサンプルに対して6つのデータがあるマトリックスを主成分分析という手法を使って解析を行いX-Yのグラフにプロットし比較を行いました。これは、次元が多くてグラフにできない多変数のデータについて、新たな変数を作り出してグラフ化する手法で、変数が多くても近い傾向を示すサンプルをグループ分けすることができます。

まず、濃度を変えたアセトンとエタノールの水溶液を測定したところ、修飾基、溶媒濃度、モノ/バイメタルアレイによってピーク波長変化の挙動が異なることが分かりました。このピーク波長が変化するのは、プラズモン共鳴という現象が金属表面の屈折率に反応するからであり、金属修飾基が変わると表面付近の溶媒の分離状態も変わるためピーク波長シフトの挙動も変わるとしています。次に、このアレイを使って実際の酒を測定しました。測定に使ったのは、アブソルートと呼ばれるウォッカ、スコッチウイスキーのグレンフィディック12年、15年、18年、スコッチウイスキーグレンマーノックのシェリーカスク、バーボンカスク、ラムカスク、ラフロイグ10年です。自分は、海外のウィスキーは全くわかりませんが、それぞれ原料の原産地、タルの種類が異なるようです。また、すべてのウイスキーはブレンドされていないシングルモルトウイスキーです。

識別したアルコール

結果、各製品ごとに主成分分析の成分1と成分2において識別することに成功しました。成分1は、AuとAu-PFDTの寄与が大きいことがわかりました。つまり、これらの波長ピークシフトが酒の識別に大きく関与していると論文では考察しています。また成分2については、AlとAl-HDMSの寄与が大きいことがわかりました。さらに識別能を確認するため線形判別分析と呼ばれる分類を行う解析を行ったところ、99.7%の確率でウィスキーの銘柄の分類に成功しました。

分類に大きく影響するのは、主にエタノールの濃度ですが、ウィスキーに微量含まれているプロパノールやブタノールといったアルコールや、フェノール、テルペン、バニリン、ラクトンなどの有機化合物の溶解度や疎水性/親和性などに応じて、金属表面との相互作用が異なるため、波長シフトも変化しアルコールの銘柄の識別ができたと考察しています。論文の最後には他の応用についても言及していて、酒だけでなく高価な飲み物の識別や病気の診断、環境分析などにも応用できるとしています。

プラズモン共鳴の応用例として身近な問題の解決に使ったユニークな研究だと思いました。グレンフィディック12年と18年は、タルの種類も同じで熟成年数が異なるだけにもかかわらず、主成分分析によって区別できているためこの手法の感度の高さが確認できます。また、解析方法にも特徴があり、単純にグラフ化して比較できない6種類の値を、主成分分析という手法を用いてX-Yのグラフにプロットし酒の判別を行ったアプローチについても、化学の研究では珍しく他の研究でも応用できると思います。ただしアレイの個体差が測定誤差を大きくしたため、酒を識別する実験では一つのアレイですべてを測定したと書かれています。実用化を考えるならば、誤差が小さくなるようなアレイの開発やアレイの個体差が関係しない測定方法の開発が今後の課題だと思います。今回使ったウィスキーはすべてシングルモルトであり、ブレンドされたウイスキーの測定について気になります。ブレンドされている分、含まれる成分が多くなりブレンドウイスキー同士の区別は難しくなると思う一方、シングルモルトとブレンドのデータ比較によりブレンドに使われているウィスキーを調べることができるかもしれません。

そのほかの応用に関して、世の中にはたくさんの有機化合物の混合液体があり、それを識別するには質量分析をはじめとする大がかりな機器を必要とするため容易ではありません。しかしながら本研究のような分光分析によって混合物をより簡便に分析できるようになれば、本物/偽物や自社/他社製品の識別、環境分析、犯罪証拠の分析など数多くの場面で、成分の同定をせずに成分の識別のみを行う分析が一般的になると思います。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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