経済産業省は1日、日韓の信頼関係が著しく損なわれたと判断し、韓国向けの輸出管理を強化すると発表した。有機ELディスプレーに使われるフッ化ポリイミドなど3品目を対象に、4日から厳格な輸出手続きに変更する。また先端技術などの輸出規制に関する優遇制度「ホワイト国」から韓国を除外する。 (引用:日刊工業新聞7月2日)
韓国向けの輸出規制強化に関してはメディアが過激な表現を使って連日大々的に取り上げていますが、ケムステニュースでは何に使う材料かと日本政府はルールをどう変えたのかについて絞って紹介します。
まず、経済産業省貿易経済協力局よりニュースリリースがあり、
輸出管理制度は、国際的な信頼関係を土台として構築されていますが、関係省庁で検討を行った結果、日韓間の信頼関係が著しく損なわれたと言わざるを得ない状況です。こうした中で、大韓民国との信頼関係の下に輸出管理に取り組むことが困難になっていることに加え、大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生したこともあり、輸出管理を適切に実施する観点から、下記のとおり、厳格な制度の運用を行うこととします。
1.大韓民国に関する輸出管理上のカテゴリーの見直し
本日(7月1日)より、大韓民国に関する輸出管理上のカテゴリーを見直すため、外為法輸出貿易管理令別表第3の国(いわゆる「ホワイト国」)から大韓民国を削除するための政令改正について意見募集手続きを開始します。
2.特定品目の包括輸出許可から個別輸出許可への切り替え
7月4日より、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の大韓民国向け輸出及びこれらに関連する製造技術の移転(製造設備の輸出に伴うものも含む)について、包括輸出許可制度の対象から外し、個別に輸出許可申請を求め、輸出審査を行うこととします。
というのが政府の発表の原文です。1に関して、韓国をホワイト国から除外する検討を始めたことでまだルールは、変更されていません。2に関しては、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の輸出審査を厳格にするということで、こちらは7月4日より変更になりました。
そもそも2の規制の対象になっているフッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の使い道ですが、メディア多くが半導体製造の材料と説明しています。もう少し掘り下げるとフッ化ポリイミドはポリマーの一種で、ポリイミドは他のポリマーと比べて強度が強く、耐熱性、絶縁性が高いため電子回路の絶縁材料として使われています。フッ化ポリイミドは、フッ素を含むモノマーを使うことで合成されるポリイミドのことで、特徴は無色で光高透過性(ポリイミドは黄色)があることや溶剤に溶けてコーティング用途に使える(ポリイミドは溶けない)こと、ポリイミド(3.0)より低い誘電率(2.4)を有していることです。特に無色という特性はディスプレイの材料としては好都合であり、スマホなどの画面にはこのフッ化ポリイミドが多用されています。
レジストも樹脂の一種ですが、最大の特徴は、光やX線,電子ビームなどによって化学反応が生じ、特定の溶媒に対して溶解性が変わることです。CPUやメモリといった半導体は、シリコンウエハー上に薄膜を成膜したり部分的に削ったりして製造されていますが、XY平面でほしいところだけ成膜することはできないので、一度成膜してから不必要な部分を削って(エッチング)パターンを作り上げています。その削るステップは複雑で、1、このレジストをコーティング 2、マスクされた光を照射(フォトリソグラフィ) 3、不要な部分を除去 4、エッチングによって不必要な薄膜を除去 5、全面のレジストを除去 というような工程を経て目的の構造が作られます。
マスクして選択的に成膜はできないけど、光をマスクしてそれをレジストが受けてエッチングに使われるマスクが作られるといったところでしょうか。下記で詳しく解説しますが、すべてのレジストが対象になっているわけではなく、マスクの製造で使われる電子ビーム向けと次世代のフォトリソグラフィで使われるEUV向けのレジストのみが輸出貿易管理令の別表第1に掲載されていて輸出に許可が必要になります。
フッ化水素は一般的な酸ですが、特徴はケイ酸(SiO2)を溶かすことです。半導体製造では不純物を除去するために工程の中で何度もウエハの洗浄を行います。その際に、フッ化水素酸を使ってSiO2のパーティクルを溶かしたり、ウエハのSiO2膜を除去するのに使われます。シンプルな酸ですが、洗浄液から不純物が混入してしまっては元も子もないので極めて高い純度が要求されています。
このように上記3品は、電子部品の製造には欠かせない材料であり、高い品質の日本製材料が多く輸出されているようです。
では、特定品目の包括輸出許可から個別輸出許可への切り替えによって輸出のプロセスがどう変わるのか見ていきます。まず1の輸出貿易管理令において、韓国をホワイト国からの除外ですが、これは、大量破壊兵器キャッチオール規制に関係しています。これは輸出する品目について、輸出許可申請をするよう経済産業大臣より通知を受けた場合か、大量破壊兵器等の開発等に用いられる可能性がある場合には、経済産業大臣の許可が必要となる制度ですが、ホワイト国に輸出する場合には許可は必要ありません。ポイントは、大量破壊兵器等の開発等に用いられる可能性があるすべての品目(食料品・木材は除く)が対象で、塩化アルミニウムやジクロロメタン、ピリジン、臭化ナトリウム、アセチレンなど良く使う化学品も 化学兵器に使われる可能性があるとして許可の申請が必要になります。この変更はまだ決まったわけではありませんが、除外が決まると化学品だけなく多くの品目の輸出について許可の申請が必要になるようです。
次に2の特定品目の包括輸出許可から個別輸出許可への切り替えですが、こちらも輸出貿易管理令の別表第1に掲載されている貨物に関連しています。どの国に輸出するにしてもこの表にリストされている品目を送る際には、経済産業大臣による輸出の許可が必要ですが、特定の地域へ輸出する場合には、3年間有効な包括許可が可能です。地域については品目ごとに細かく定められていて、い地域①=ホワイト国への輸出はすべての別表第1に掲載されている貨物に包括許可が申請できます。韓国もこのい地域①に含まれていましたが、上記の決定により韓国のみが当てはまる新地域、り地域が設けられ、り地域=韓国に下記の品目を送る場合には、輸出時ごとに個別の許可が必要になりました。
(5の2)輸出令別表第1の3の項(1)に掲げる貨物のうち、貨物等省令第2条第1項第一号へに該当する貨物であって、「り地域」を仕向地とするもの
(11の2)輸出令別表第1の5の項(17)に掲げる貨物のうち、貨物等省令第4条第十四号ロに該当する貨物であって、「り地域」を仕向地とするもの
(11の3)輸出令別表第1の7の項(19)に掲げる貨物として貨物等省令第6条第十九号に該当する貨物であって、「り地域」を仕向地とするもの
個別許可が必要なのは、上記の3品目だけで、リストの他の品目に関しては、い地域①とり地域には包括許可が申請可能との旨が書かれています。
ルール上は許可の申請が毎回必要になっただけで輸出を禁止したわけではありません。しかし、輸出ごとの許可申請というひと手間がかかるようになったことは確かで、政府の決定次第ではこのひと手間を必要とする輸出品がさらに増えるかもしれません。政治の問題によって化学品の売買が影響を受けるのは大変残念ですが、この問題については状況を注視することしかできなさそうです。