特許を侵害したと疑われる企業に専門家が立ち入り検査する制度を新設する改正特許法が10日午前の参院本会議で全会一致で可決、成立した。 (日本経済新聞5月10日)
独自の技術を守る特許ですが、その日本国内のルールは、特許法という法律によって規定されています。その特許法の改正案が国会で可決されました。この改正の主なポイントはでは特許侵害に関して、
(1)中立な技術専門家が現地調査を行う制度(査証)の創設
特許権の侵害の可能性がある場合、中立な技術専門家が、被疑侵害者の工場等に立ち入り、特許権の侵害立証に必要な調査を行い、裁判所に報告書を提出する制度を創設します。(2)損害賠償額算定方法の見直し
・侵害者が販売した数量のうち、特許権者の生産能力等を超えるとして賠償が否定されていた部分について、侵害者にライセンスしたとみなして、損害賠償を請求できることとします。
・ライセンス料相当額による損害賠償額の算定に当たり、特許権侵害があったことを前提として交渉した場合に決まるであろう額を考慮できる旨を明記します。
というような内容となっています。それぞれについて詳しく見ていくと
まず(1)に関して、特許法下では、家宅捜索や強制執行のような侵害が疑われる会社など(被疑侵害者)に踏み込んで侵害の事実を確認することはできませんでしたが、この改正によって中立な技術専門家が被疑侵害者の工場等に立ち入り、特許権の侵害立証に必要な調査を行うことができるようになります。具体的には、下記のように実施されるようです。
- 特許の侵害が疑われ、証拠収集が必要だと認められる場合には、裁判所が指名した査証人が当事者の場所を調査する。
- 調査は、書類だけでなく装置の作動や計測、実験などの行為も含まれる。
- 調査後には報告書が査証人によって作成される。報告書は当事者に公開され、当事者は、申立人に公開しないことを求めることができる。その場合には、裁判所が申立人に公開するかどうか判断する。
- 理由なく調査に応じない場合には、申立人の主張が真実と認められる。
次に(2)に関して他社の製品が自社の特許を侵害していた場合、他社の販売分は、自社が販売できたとして損害賠償が計算されますが、自社の生産能力を上回る部分については、賠償が否定されていました。しかしながらこの改正により、自社の生産能力を超える部分も他社にライセンス生産したとして賠償を請求できるようになるそうです。この改正によって恩恵を受けるのは、高い技術はあるものの生産能力が整っていないベンチャー企業や中小企業などで、賠償額を以前よりも大きく取ることができるようになります。
この改正について化学産業へのインパクトを考えると、(1)は、製品を分解や分析してもわからないような特許侵害でも調べることができるようになるため、化学品の生産において肝である製造方法が侵害されていた場合にこの査証が有効であると思います。新しい技術を特許化するとその情報は公開されてしまいます。そのため製造方法は、オリジナリティが高くても企業秘密として特許化しない場合も多いです。しかしながら、製造現場まで査証人が踏み込んで調べることができるようになれば、積極的に特許で製造方法を守ることになるかもしれません。ただし、特許の侵害が疑われ、証拠収集が必要だと認められる場合という文言がついているように、査証を行う必要性の立証が必要であるため、頻繁にこれが行われることはないと思います。(2)に関しても、自社の生産能力以上の生産・販売が認められるとなると、生産能力に関わらず、販売量に応じた賠償を請求することができるようになり、訴えを起こしやすくなるのではないでしょうか。どちらの改正にしても特許の権利化の重要性が増える方向の改正であり、化学産業における知財戦略はより重要になることは確実なようです。
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