化学物質が登場するニュースは一々反応してしまう悲しい性を持っております。そんなニュースが夫婦喧嘩に発展することもあり辛いです。
そんな筆者が先日?と思うニュースがありまして、それについて調べたので、今回は簡単なポストとなりますがお付き合い下さい。
インド北部ウッタル・プラデーシュ州アリーガルで5月15日、誤って毒を飲んだという女性が、救急搬送され先の病院で、医療スタッフが患者の口に吸引パイプを挿入した途端に、口から煙と火を吹いて“爆死“した。
毒を飲んだという40歳の女性が運び込まれた同地のジャワハルラール・ネルー医科大学は現在、死因を調査中。
同病院は、女性が飲んだという毒がリン酸アルミニウムで、それが胃の中で、酸化アルミニウムに加えてリン化水素を放出。そのガスが胃酸に混じって化学変化を起こして、“爆発“したのではないかとみている。
原因が何であるにせよ、病院では初めてのことだと説明した。
太字は筆者による AP通信(Yahoo!JAPAN提供)2019年5月20日
まずお亡くなりになった女性のご冥福をお祈りいたします。
このニュースを見て大変混乱いたしました。リン酸アルミニウム(AlPO4)を飲んだということですが、リン酸アルミニウムに酸を加えてもリン化水素(PH3)は出ないよなと思ったからです。せいぜい
AlPO4 + 3HCl → AlCl3 + H3PO4
が起こるのが関の山かと思います。生成した塩化アルミニウムも無水の状態でしたら水と反応して白煙を上げますが、そもそも水溶液の反応と考えるとこの可能性も無いと。ではどこがおかしいのでしょうか。
もし噴出したガスがリン化水素(PH3)説が正しいと仮定して、それはどうすれば生成するのかを考えてみることでなんとなく分かりました。リン化水素の生成反応として、
AlP + 3H2O → Al(OH)3 + PH3
というものがあります。これでニュース本文の説明のどこが誤りなのか、もうお気づきですね。リン酸アルミニウム(AlPO4)と、リン化アルミニウム(AlP)を混同していると考えれば辻褄が合います。リン酸アルミニウムのリンは+5価なのに対し、リン化アルミニウムのリンは-3価です。これらは全く異なります。ということで、翻訳のミスかと思い原文のソース(ただしAPのものではありません)を当たってみたのですが、その段階ですでにaluminium phosphateとされていて誤りでした。私の解釈がただしければaluminium phosphideとすべきと思います。混乱しやすいですが、ここで一度リンの価数と化合物名をおさらいしておきましょう。
図は構造、和名、英名、括弧内はリンの酸化数、塩を作る場合は対応する陰イオンの名称です。一般的によく知られているのがリン酸で、その塩はphosphateとなります。そして今回問題の化合物はホスフィンですが、その塩はphosphideとなります。亜リン酸とホスホン酸、亜ホスホン酸とホスフィン酸、亜ホスフィン酸とホスフィンオキシドはそれぞれ互変異性の関係にあります。このようにリンは多くの酸化数をとりうるため、化合物名が大変紛らわしくなっています。気をつけたいところです。
それではそもそも何故この女性がリン化アルミニウムなどという聞き慣れない化合物を誤飲したのでしょうか。実はリン化アルミニウムは殺虫剤として使用されているのです。炭酸アンモニウムを分解促進剤として加えたものは、徐々にホスフィン(PH3)を発生させることで殺虫効果を発揮します。穀物や青果の輸出入の際に現在でも燻蒸剤として用いられており、管理が杜撰な地域では度々誤飲などによる中毒が発生しているようです。
以上、悲しい事故のニュースで最初タイトルを見たときはフェイクニュースかと思ったのですが、十分ありえることなのかなという感想です。重ねましてご冥福をお祈りいたします。