東京大学大学院工学系研究科の山田淳夫教授らは、充電するたびに自己修復を繰り返し、電池性能の劣化を防ぐ電極材料を発見した。X線の照射実験で明らかにした。材料からイオンが抜け生じた「空孔」とイオンとの間に生じる引力が自己修復の原因となることも突き止めた。電池の長寿命化への貢献が期待される。 (引用:日刊工業新聞5月17日)
より高密度で高寿命な電池の開発は、材料研究において重要なトピックであり、新たな研究成果が日々発表されています。そんな中、電池の劣化を防ぐ新しい電極材料について今回取り上げました。研究を発表したのは、東京大学大学院工学系研究科の山田淳夫教授らのグループで電極材料、電解液に加えて計算化学、反応解析と電池についてトータルに研究を行っていて、以前もケムステで研究内容を紹介したことがあります。
蓄電池は、正極と負極でイオンの授受を行うことで電気を放電、充電するものです。正極材料としては金属酸化物がよく使われていて、リチウムイオン電池ではLiCoO2などが主流となっています。この正極は層状構造をしていますが、充電の際にアルカリ金属イオンが離脱すると空孔が形成されます。すると層状構造を保っているO-O間のファンデルワールス力に影響し層が破壊されてしまいます。そのため、電池は寿命を長くするために充電に制限を設けて100%のアルカリイオンを脱離しないようにしています。充電の制限があっても正極は徐々に構造が壊れ、末期のスマホのようにすぐに電池が空になってしまう状態になっていきます。現在のところ正極の研究の主流は、高容量を持つ材料の研究であり、構造の安定化に関してはあまり報告例がないのが現状でした。
本研究で着目したのは、 Na2RuO3という酸化物で、合成後にXRDを測定したところ、ブロードなピークが観測され、乱れた積層構造をしていることがわかりました。そこでこの材料を正極の材料として簡易的なコインセルを作成し、充電と放電を行いながらXRDを測定したところ、電位の変化に応じてXRDパターンとも変化し、充電されたNaイオンが抜けている状態( Na0.5RuO3)では積層構造を、放電されてNaイオンが多く含まれている状態(Na2RuO3)では、合成直後のように乱れた積層構造をしていることがわかりました。これは、通常の蓄電池とは異なる挙動で、充電すると構造を修復していると言えます。
この現象について詳しく調べると、Naイオンが抜けた空孔と構造中に残存するナトリウムイオンとの間で強いクーロン引力が生まれるため、初期にはない積層構造を示すことがわかりました。さらに、なぜこの酸化物において積層構造が変わるのかについても考察していて、アルカリ金属イオンの含有量に応答して積層間の距離は変化しますが、その変化量がIrやRuといった4dや5dの遷移金属の場合では、特異的であるため構造が変わると主張しています。
実用化を考える上では、充電と放電を繰り返したときの挙動が重要になりますので、応用に関する今後の研究に期待します。またルテニウムは比較的高価な金属なので、安価な金属あるいは、高価な金属を少量添加した酸化物で同様の現象が起きれば、電気自動車を始めとするバッテリー容量が要の製品に大きな革命が起きるのではと思います。
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