つくば市の産業技術総合研究所の二橋亮主任研究員らの研究グループと、浜松医科大の針山孝彦特任教授や山濱由美博士のチームが、強い紫外線(UV)防止能力を誇るシオカラトンボの分泌物の主成分を解明した。環境や人に優しいUV対策の開発につながると期待される。 (引用:東京新聞2月12日)
今回の論文を発表した、産業技術総合研究所の生物プロセス研究部門、生物共生進化機構研究グループでは、生物がどのように地球で共生しているかを解明すべく、進化多様性から生態学的相互作用、生理的機能からその分子機構について研究を行っているようです。一方の浜松医科大学 医学部生物学部門では、生物の目や体の色について行動生理学的な研究を行っているようです。
本研究のターゲットは日本に広く生息しているシオカラトンボであり、多くの昆虫が日差しを嫌い日陰や土の中を好む中、成熟したシオカラトンボの雄は日なたを縄張りとして飛び回ることが知られています。先行研究により、体内から作り出されるワックスがUVを反射していることがわかっていましたが、そのワックスの化学的物性やどの遺伝子がワックス生成に関与しているかは解明されておらず、その課題を解明するために本研究が行われました。
まず、UVカメラとUV-Vis反射スペクトル測定により成熟したオスだけでなく、成熟したメスもオスより低いもののUVを反射していることがわかりました。次にトンボの体のSEMとTEMを測定したところ、成熟したオスには、長さ2μmほどの板状の構造がある一方で、メスと未成熟のオスには、200~300nmほどの高さのナノピラー構造が見られており、オス特有の構造により高いUV反射率を持っていることがわかりました。
さらに、ガスクロによってワックスの構造を調べたところ、三種類の極長鎖メチルケトン: 2-pentacosanone (C25H50O), 2-heptacosanone (C27H54O), 2-nonacosanone (C29H58O)と四種類の極長鎖アルデヒド:Tetracosanal (C24H48O), Hexacosanal (C26H52O), Octacosanal (C28H56O), Triacosanal (C30H60O)がワックスの主成分であることが判明しました。そのうち、主成分である2-pentacosanoneを合成し、ガラスのプレートに再結晶化させたところオスのシオカラトンボと同じ構造の結晶が形成され、高いUV反射率とぬれ性が観測されたため、この2-pentacosanoneを含むワックスの層がUVを反射していることが明らかとなりました。
次に、ほかのトンボについても調べたところ、シオカラトンボのみが強いUV反射を示しました。また、シオカラトンボのオスとメスで部位別のメチルケトンとアルデヒドの存在量を調べたところ、オスは背で、メスは、腹でこれらのワックス成分が分泌されていることがわかりました。これらについて筆者らは、交尾の場所と関連がありシオカラトンボのみ日当たりのよい場所で交尾し、さらに交尾の際にメスが腹を太陽に向けるため、シオカラトンボでもメスとオスでワックスの分泌場所が異なると主張しています。また、RNAの解析により特定のタンパク質がこのワックスの生成に強く関連していることがわかりました。
このように、分泌する2-pentacosanoneによってシオカラトンボが強いUV反射能力を獲得していることがわかり、このメチルケトンは、化粧品やUV耐性を持つプラスチックなどの応用に使えるとしています。
同研究グループによって特許も出願しているようで(特開2018-193352)この技術を応用した商品が発売されることが期待されます。日焼け止めに含まれるUV反射材は、酸化チタンや酸化亜鉛、酸化セリウムなどの酸化物が多いですが、肌に好ましくないといわれています。その点、生物由来のメチルケトン成分でUVを反射できれば人体への影響は少ないかもしれません。プラスチックパーツへのUV劣化防止の応用は、近年、軽量化を目的に樹脂パーツを多用している自動車向けなどで特に活用できるのではないかと思います。この研究で判明したことは、メチルケトンの特定の結晶構造がUVを反射することであり、本論文では、ゆっくり冷やして再結晶を行うと結晶が大きくなりUV反射性と濡れ性が悪くなることが判明しています。そのため、応用する際には、いかにトンボのワックスに近い結晶を作りそれを保つかが、薄膜を形成させる場合には、溶剤や下地によっていかにきれいな薄膜を形成できるかがポイントになるのではないかと思います。