理化学研究所(理研)、大阪大学、カザン大学の国際共同研究グループは、乳がんの手術中に摘出した組織で有機合成反応を行うことにより、乳がん細胞の有無だけでなく、がんのさまざまな種類(形態)を従来よりもはるかに短い時間で、簡易に識別できる診断技術を開発しました。 (引用:11月28日理研)
これは、理化学研究所 開拓研究本部 田中生体機能合成化学研究室と大阪大学 大学院医学系研究科 乳腺・内分泌外科学、カザン大学 生体機能化学研究室の共同研究による成果で、JSTの個人型研究、研究課題名「生体内合成化学治療:動物内での生理活性分子合成」の一環として行われました。
まず研究の背景ですが、乳がんの手術では切除した断端にがん細胞が残っているか否かを調べるため、摘出したがん断端を凍結切片にしヘマトキシリン・エオジン試薬で染色した後、顕微鏡でがん細胞を検出します。しかしこの検査には40分かかり、その間患者と執刀医は待たなくてはなりません。また検査ができる病理医は一部の大病院にしか在籍していないため、がん摘出のできる病院は限られているのが現状です。近年ではCTやMRIを使って切除した断端を調べる方法も開発されていますが、感度が悪いのと病理の分析のようにがんの種類を識別することはできません。
一方、理研の田中主任研究員らは、、酸化ストレス条件下で細胞内に発生する毒性の「アクロレイン」とテトラメチルローダミン(TAMRA)蛍光基を持つ「アジドプローブ」が選択的に反応し、1,2,3-トリアジン化合物が速やかに生成されることを2016年に見出しました。そこで本研究では、がん細胞がアクロレインを発生させているということに着目し、このアジドプローブを用いることでがん細胞に選択的に蛍光標識することに成功しました。アジドプローブのアジド基とアクロレインが1,3-双極子付加反応を経て1,2,3-トリアジン化合物が生成し、これが細胞内にエンドサイトーシスという機構で取り込まれます。細胞内は低pH環境であるため、1,2,3-トリアジン化合物はジアゾ化合物へと変換されタンパク質と反応し細胞が蛍光標識されるという機構です。
まず様々ながん細胞と正常な細胞にプローブ濃度を変えて反応させたところ、有意な蛍光強度の差が示されました。さらに、乳がん患者の手術で摘出したがんと正常乳腺の断端をそれぞれアジドプローブ溶液に5分間浸した後、顕微鏡で観察し蛍光強度を測定したところ、20μMのプローブ溶液を使用することでがんの有無を感度・選択性ともに97%の高い確率で判別できたそうです。
さらに、このプローブ+Hoechst イメージングプローブによって蛍光標識したがん細胞の蛍光画像と従来のヘマトキシン・エオジン試薬で染色した画像とを比べると同じ形態を示すことがわかりました。この成果には蛍光顕微鏡の技術向上も貢献しているようで、蛍光によるぼかしや褪色を最小限にできる顕微鏡だからこそクリアな画像が取得できたと論文中で解説しています。
この成果により迅速で簡便な診断技術を開発することができ、今後は手術の現場で使われていくだけでなく、AI画像診断との併用で切除手術の効率化を期待しているようです。化学反応によって蛍光標識することは、一般的に行われていますが特異的に発生した化学種と加えた原料が反応し、その生成物が次の反応の出発原料になり、さらに付加的な効果が生まれるというアイディアは斬新で他の分野でこのコンセプトは活かせる気がします。
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