[スポンサーリンク]

ケムステニュース

観客が分泌する化学物質を測定することで映画のレーティングが可能になるかもしれない

[スポンサーリンク]

映画には、年齢による鑑賞制限が設けられているものがあります。その制限は映画の内容に応じて各国の審査団体によって行われますが、その判断に対しては主観的になりがちだという指摘も存在します。ドイツのマックス・プランク化学研究所が、映画を見ている人から放出される化学物質を分析することで、客観的なレーティングを行おうとする研究に取り組んでいます。(引用:Gigazine10月26日)

ドイツのマックス・プランク化学研究所、大気科学部門のJonathan Williams博士らのグループでは揮発性有機化合物(VOC)に関わる研究を行っています。この度、映画を鑑賞中の人間から放出されるVOCを分析し客観的なレーティングを行う論文を発表しました。

ドイツでは、FSK 0(全年齢可)、FSK 6(6歳未満禁止)、FSK 12(12歳未満禁止)、FSK 16(16歳未満禁止)の4段階に分けられていますが、評価基準は審査団体の主観によるもので、古い映画の鑑賞制限が変わることもあります。そこで、本研究では客観的な判断のためにVOCを使ったレーティングの可能性について調査しました。

日本における鑑賞制限とそのロゴ

具体的には、ドイツのとある映画館で11本の映画、135回の上映で実験を行いました。11本の映画にはFSK 0、FSK 6、FSK 12、FSK 16が含まれていて、タイトルを確認したところほとんどがSF、アドベンチャー映画でParanormal Activity: The Ghost DimensionのみがFSK16のホラー映画でした。ガスの分析は単純で、映画館の空調システムにプロトン移動反応質量分析計PTR-TOF-MS 8000)という質量分析計を接続しガスを測定しました。残念ながら20%のデータは、掃除用品から発せられるVOCによって正しくデータを測定できませんでした。

調べた映画のリスト

データを分析すると、お客さんが入ると同時にVOC濃度が上昇を始め、映画が終わり退出すると急激に減少することがわかりました。この生データを使ってFSKを判定するモデルを複数作成し、どの質量の分子を使うとどれほど判別能力があることを確認しました。それが下の表でありイソプレンの判定率が全体的に高かったので、以後の議論ではイソプレンによる判定について議論することにしました。ちなみにFSK16に関して、”The Counselor” と “Machete Kills”は、一度しか上映されなかったので一緒に解析したとしています。

館内のイソプレン濃度の時間変化

MS、FSK別の判定率(AUC)の違い。値が1に近いほど高く正しく判別していて0.5だとランダムということになる。

まずFSK別に判定率を調べ箱ひげ図によってまとめたのが下の図であり、FSKが低いほうが正しく判別できることがわかりました。

FSK別の判定率

しかし、同じFSKで映画別に調べると、判定率にばらつきが大きいものもあります。

FSK6の判定率の違い

また、同じ同じFSKでもお客さんの年齢によっても判定率に差があり、12歳以上の方が判定率が高くなる結果になりました。

FSK0の判定率の違い。Help I’ve shrunk my teacherは、12歳以下のお客さんが64%だったのに対してI’m off thenは、FSK0でも大人向けだったため年齢層に違いがあると説明しています。

最後に、単純にイソプレンの放出量とFSKでグラフを作成すると、幅があるもののFSKが低いほど濃度が低いことがわかりました。ただし、FSK0の“Help I’ve shrunk my teacher”という映画は、子供の視聴者の割合が高かったので、単純に放出量を少なかったか、FSK0の両映画はサスペンスシーンが少なかったからと考察しています。

イソプレンの放出量とFSKの関係

結論として、人間から排出されるイソプレンを使って映画のFSKの格付けを行うこのコンセプトの可能性は示されたとしています。しかし、FSK16の映画のデータ数が少なかったこと、視聴者の年齢によってイソプレンの放出量が変わるといった問題があることも判明しました。そのため、イソプレンだけでなく他の分子の傾向も含めて解析する必要があるとしています。実験的にはとてもシンプルな方法でガスを分析しているので、ガスの測定専用の部屋で同様の実験を行えば生データの精度は上がり、より多くのことがわかるかもしれないとコメントしています。

この論文ではモデリングを使った複雑な解析を行っているため深く理解できませんでしたが、とても興味深い研究だと思いました。視聴制限に関して、暴力的シーンや性的シーン、反社会的な行動、恐怖表現などいろいろな種類があり、それぞれについてどのような排出される化学物質の違いがあるのか気になるところです。映画の年齢制限だけでなく書籍やTVゲームなど、コンテンツの判断基準でのみ制限がかけられるものはあり、それを人間から放出される化学物質で調べることは公平、客観的な方法だと思います。人間から放出される化学物質で病気を調べる研究は盛んにおこなわれていますが、この研究のような全く異なる方面でも応用できるかもしれません。

関連書籍

[amazonjs asin=”4274210596″ locale=”JP” title=”現場で役立つ 大気分析の基礎 —VOCs,PAHs,アスベスト等のモニタリング手法—”] [amazonjs asin=”B07G74RRWC” locale=”JP” title=”Pythonによる深層強化学習入門 ChainerとOpenAI Gymではじめる強化学習”]

関連リンクとケムステ過去記事

Avatar photo

Zeolinite

投稿者の記事一覧

ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

関連記事

  1. 第7回ImPACT記者懇親会が開催
  2. COX2阻害薬 リウマチ鎮痛薬に副作用
  3. ノーベル化学賞、米仏の3氏に・「メタセシス反応」研究を評価
  4. 花王の多彩な研究成果・研究支援が発表
  5. シンポジウム:ノーベル化学賞受賞の米教授招く--東北大、来月12…
  6. 花王、ワキガ臭の発生メカニズムを解明など研究成果を発表
  7. GoogleがVRラボを提供 / VRで化学の得点を競うシミュレ…
  8. 日本化学会 平成17年度各賞受賞者決まる

注目情報

ピックアップ記事

  1. クロスカップリングの研究年表
  2. 手術中にガン組織を見分ける標識試薬
  3. フラックス結晶育成法入門
  4. DNA origami入門 ―基礎から学ぶDNAナノ構造体の設計技法―
  5. 貴金属触媒の活性・硫黄耐性の大幅向上に成功
  6. 研究費・奨学金の獲得とプロポーザルについて学ぼう!
  7. 資金洗浄のススメ~化学的な意味で~
  8. 吉野彰氏がリチウムイオン電池技術の発明・改良で欧州発明家賞にノミネート
  9. 株式会社メカノクロス – メカノケミストリーの社会実装に向けた企業の設立
  10. GCにおける水素のキャリアガスとしての利用について

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年11月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2025年4月号:リングサイズ発散・プベルル酸・イナミド・第5族遷移金属アルキリデン錯体・強発光性白金錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年4月号がオンラインで公開されています!…

第57回若手ペプチド夏の勉強会

日時2025年8月3日(日)~8月5日(火) 合宿型勉強会会場三…

人工光合成の方法で有機合成反応を実現

第653回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 学際統合物質科学研究機構 野依特別研究室 (斎藤研…

乙卯研究所 2025年度下期 研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

次世代の二次元物質 遷移金属ダイカルコゲナイド

ムーアの法則の限界と二次元半導体現代の半導体デバイス産業では、作製時の低コスト化や動作速度向上、…

日本化学連合シンポジウム 「海」- 化学はどこに向かうのか –

日本化学連合では、継続性のあるシリーズ型のシンポジウムの開催を企画していくことに…

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー