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マレーシア警察:神経剤VX検出で、正男氏は化学兵器による毒殺と判定

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マレーシア警察は24日に発表したプレース・リリースによれば、予備検査で金正男氏殺害事件に用れた猛毒の神経剤VXが検出された。(引用:Sputniknews 2月23日)

連日、ニュースで大々的に取り上げられている金正男氏の暗殺事件ですが、マレーシア警察による遺体の検視によって、VXが使われたことが判明しました。VXは神経性毒のV剤の一種でLD5015μg/kg(青酸カリは3~7 mg/kg)と非常に毒性の高い化学兵器です。

日本では、過去にオウム真理教が合成、使用したことで有名になりました。多くのサイトがVXガスと表記していますが、沸点が298℃、蒸気圧が0.0007 torrしかないので、純粋なVXは粘性の液体です。これまでの毒物に関するニュース情報をまとめると、

  1. 実行犯の女は、北朝鮮国籍の男から液体を受け取り、金正男氏の顔にかけた
  2. 金正男氏の顔にかけた後、トイレで手を洗って逃げた。また、一人の実行犯は、犯行の後に吐いていた
  3. 毒物は、直前に二つの化学物質を混ぜることで合成された
  4. マレーシア警察は、クアラルンプールのマンションの一室から化学物質を押収した(2月25日最新情報)

となっていて、実行犯にはVXと知らされず犯行を指示されたということで、悪質極まりないと言えます。一方で金正男氏が空港で襲撃を受けた後、空港内のクリニックに立ち寄ったにもかかわらず、ほかの人に被害が及んでいないことが不幸中の幸いといえます。VXは親油性の液体で皮膚からも吸収されるので診察した医療関係者にも被害が及んでいたかもしれません。

合成ルートは下記のようであり、 三塩化リンとN,N-ジイソプロピルアミノエタノール、硫黄によって合成されます。二つの化学物質を直前に混ぜて合成したとすると、亜ホスホン酸エステルであるQLと硫黄を準備し、直前に二つを混合し少し加熱してVXを合成したと考えられます。

VXの合成ルート

VXの合成ルート

薬品入手性を考えると、三塩化リンは、臭い、強力な毒性がある、気化しやすい(蒸気圧が低い)という3Kの詰め合わせの試薬ですが、リンを含む製品の重要な出発物質であるため多く生産されています。硫黄も同素体の典型例として高校の化学実験でも使われていますしN,N-ジイソプロピルアミノエタノールも入手や合成は簡単だと思います。ただし三塩化リンとN,N-ジイソプロピルアミノエタノールは、VXの原料になることが明らかなので、化学兵器禁止法の第二と第一種種指定物質(原料物質)にそれぞれ指定されていて、正当な目的外の使用は禁止されています。この法律である化学兵器禁止法は、化学兵器禁止条約という国際条約を守るための法律であるため、マレーシアにも同様の法律があると言えますが、北朝鮮はこの条約に批准していないので関係ありません。ちなみに三塩化リンは、腐食性が高いので航空便での運搬は禁止されています。今後は、マンションで押収した化学物質の構造をヒントにこのVXがどこで誰によって生産されたのかがこの事件の焦点になると思われます。

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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