サクラの酵母で作った赤い日本酒
奈良女子大学研究院自然科学系の岩口伸一准教授と地元奈良市の清酒メーカーは、ナラノヤエザクラから分離した花酵母をもとに新しい酵母を開発し、赤い純米酒「奈良の八重桜-クリスタル・チェリー」の商品化に成功したと発表した。
同大学と酒造会社「今西清兵衛商店」、奈良県工業技術センターなどが「奈良八重桜PJ(プロジェクト)」として2006年から取り組んでいた産官学連携事業で、08年に奈良公園内のナラノヤエザクラ(のべ50本)から約560個の花を採取して野生酵母27株を分離し、アルコール発酵に最適な新酵母(「ナラノヤエザクラ酵母」と命名)を発見した。これをもとに清酒「奈良の八重桜」をつくり、09年5月1日の同大学創立100周年記念日に発売した。
その後さらに、色鮮やかな赤色の清酒づくりを目指して、赤い色素を生産する酵母の開発に取り組んだ。ナラノヤエザクラ酵母に人為的に突然変異を起こさせる作業を繰り返した結果、昨年晩夏にその酵母の開発に成功した。
新酵母による赤い純米酒は今年3月上旬から醸造が行われ、4月12日に新酒900本が完成した。アルコール度数は10%とやや低く、酸味と甘味が強く、フルティーな味わい。試飲した女子学生からは「飲みやすく、おいしい」と好評だという。
「奈良の八重桜-クリスタル・チェリー」(1本300ミリリットル入り750円〈税別〉)は、5月1日から今西清兵衛商店で550本を販売している。さらに5月29日から7日間、東京の新宿高島屋で開催される「『大学は美味(おい)しい!! 』フェア」で350本販売する予定だ。
今回の研究内容については、奈良女子大学「記念館(旧奈良女子高等師範学校本館)春の一般公開」(5月5日まで)の 特別展示「奈良女子大学における最近の研究」でも紹介している。
サイエンスポータル編集ニュース(http://scienceportal.jp/news/daily/1305/1305021.html)
純米酒「奈良の八重桜-クリスタル・チェリー」
新宿高島屋11階「『大学は美味しい!! 』フェア」は5月29日から6月4日までの7日間とのことですから、売り切れ前にお早めに。サクラから単離された花酵母を使用[1]しており、リンゴ酸・クエン酸・コハク酸といった有機酸に由来する爽やかな酸味[2]と、フルーティーな味わいが特徴とのこと。確かに、たしかに[3]。
こちらの分析データ[2]はサクラから単離されただけのまだ赤くない株でのもの
お酒っていきている!
酵母(Saccharomyces cerevisiae )は、糖をエタノールに変換する単細胞の生き物です。人類は有史以前から酒を嗜み、この生き物と暮らしてきました。そのため、取り扱いにはなじみがあり、また1996年にゲノム解読が完了され、真核生物のモデルとして、そして実験ツールとして、酵母は広く分子生物学の実験にも活躍しています[4]。
酵母では、アデニンと呼ばれる代謝物質の生合成酵素に不調がきたすと、中間産物が蓄積しそこから赤い色素が生成します[5]。実際、江戸時代以前から酒蔵の記録に伝わる「猩々もろみ」の珍現象が、それだと言われていました。協会酵母の中にも、協会10号の派生に赤色清酒酵母が登録されています[6]。
赤い色素の構造
アデニンは生命に不可欠な成分です。遺伝子の変異により自前で生合成できなくなりアデニンを環境から摂取しなければならないとなれば酵母にとってもおおごとであり、獲得様式が変われば酵母の細胞の中で起きる代謝システムもがらりと変わります。酵母の産生する物質が変われば、できあがったお酒の成分も変わります。
アデニンの生合成経路
赤色清酒酵母は甘口でやわらかな当たり口で知られます。赤い色素が甘いわけではなく、これは酵母の代謝システムが根底から大変換されてなせるわざです。赤みを帯びた色彩で桜を思い出すのみならず、「酒づくりって生き物なんだな」と、そんなふうに味わうのも一風を成す呑み方かもしれません。