今年もあと1日で終わり。皆さん既に忘年会も終わりのんびりしていることと思います。年末に今年1年を振り返る「10大ニュース」が流れますが、国内では年末の「衆院選での自民、公明両党の政権奪還」が第一位にあがっているようです。スポーツ分野では4年に一度の「オリンピックでこれまで最多の38個のメダル獲得」(第8位)、そして、科学分野では「山中教授のiPS細胞がノーベル賞」(第4位)が光っていました。一方、国際的には「米大統領選でオバマ大統領が再選」(第一位)をはじめとしてロシア、韓国、そして北朝鮮の各国トップの人事が10大ニュースに食い込んでいます。「科学分野ではヒッグス粒子とみられる新粒子発見」(第9位)が国際的にも注目されており、後のノーベル賞の呼び声高い研究が国際的に繰り広げられています。
さて、それでは今年の化学分野の10大ニュースはいかがでしょうか。ケムステでは2007年から独断と偏見で年末にこのテーマで記事を書いてきました(関連記事参照)。というわけで2012年も化学分野の10大ニュースを振り返りながら新年を迎える事にしましょう!
化学事故:今年は多発
はじめから若干暗い話題ですが、2012年、国内の化学工場では大規模な事故が相次いでおこりました。昨年11月の東ソーの南陽事業所(山口県周南市)で塩化ビニルモノマーを作るプラントが爆発して火災を起こし、従業員1人が亡くなりました。今年、4月には三井化学の岩国大竹工場でも爆発火災事故が起きて従業員1人が死亡、周辺住民にも被害が及びました。9月にも日本触媒でアクリル酸のタンクが爆発し消防隊員1人が亡くなりました。化学プラントの事故は17年前に比べて倍増しているようで、メンテナンスのアウトソーシング化や熟年技術者の退職、プラントの老朽化や、メンテナンス費用の削減などが原因になっているそうです。
一方で、化学プラントだけでなく、実験室での化学実験でもいくつかの事故が起こりました。事故事例を通じて自分の実験に関連する事故の情報にアンテナを張っておくことをもう一度考えさせられます。
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ノーベル化学賞は今年も生化学分野に
今年のノーベル化学賞の受賞対象は「Gタンパク質共役受容体に関する研究」について。デューク大学のRobert J. Lefkowitz (ロバート・レフコビッツ)教授とスタンフォード大学のBrian K. Kobilka (ブライアン・コビルカ)教授に与えられました。生化学領域での「本命中の本命」と呼ぶにふさわしい研究対象です。ケムステでも毎年予想を行っているものの、今年は見事にはずしました(2012年ノーベル化学賞は誰の手に?)。毎年残念に思うのは邦人でないと、世界を変えた素晴らしい研究が全く伝わらないこと。ただし、昔とは違ってウェブを通して自身で情報を得る事は可能ですのでぜひもう一度振り返って彼らの偉業をおさらいしていただきたいと思います。
その他、化学分野での大きな受賞は以下参照。
Priestley Medal: Robert Langer
Davy Medal: Fraser Armstrong
ACS 2013 National Award:尾島巌、藤田誠、竜田邦明(邦人受賞者のみ)
Perkin Medal:Robert S. Langer
Wolf Prize:Paul Alivisatos、Charles M. Lieber
Pittcon Heritage Award: Genzo Shimazu
文化功労者:大村智
紫綬褒章:硤合憲三、長澤寛道
藤原賞:山本尚
日本学術振興会賞: 山口茂弘、鈴木勉
ロレアル-ユネスコ女性科学者賞受賞:黒田玲子
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2012年の化学基礎研究:直接フッ素化、その他
今年も様々な基礎研究からの発見がありました。もちろん色々と意見があるとは思いますが、「有機化合物の直接”フッ素化”」が昨年終わりから今年にかけての注目された研究の1つといえるのではないでしょうか。2011年から今年にかけて医薬品に重要な含フッ素化合物をつくる手法、トリフルオロメチル化、ジフルオロメチル化、そしてフッ素化を如何にして簡単に、速くそして直接的に行うかという研究が、米国の化学者を中心に報告されました。[1]-[8]
[1] Fujiwara, Y.; Dixon, J. A.; Rodriguez, R. A.; Baxter, R. D.; Dixon, D. D.; Collins, M. R.; Blackmond, D. G.; Baran, P. S. J. Am. Chem. Soc.2012, 134, 1494–1497. DOI: 10.1021/ja211422g [2] Fujiwara, Y.; Dixon, J. A.; OHara, F.; Funder, E. D.; Dixon, D. D.; Rodriguez, R. A.; Baxter, R. D.; Herlé, B.; Sach, N.; Collins, M. R.; Ishihara, Y.; Baran, P. S. Nature2012, 492, 95–99. DOI: 10.1038/nature11680 [3] Ye, Y.; Sanford, M. S. J. Am. Chem. Soc.2012, 134, 9034–9037. DOI: 10.1021/ja301553c [4] Hickman, A. J.; Sanford, M. S. Nature2012, 484, 177–185. DOI: 10.1038/nature11008 [5] Lee, E.; Hooker, J. M.; Ritter, T. J. Am. Chem. Soc.2012, 134, 17456–17458. DOI: 10.1021/ja3084797 [6] Lee, E.; Kamlet, A. S.; Powers, D. C.; Neumann, C. N.; Boursalian, G. B.; Furuya, T.; Choi, D. C.; Hooker, J. M.; Ritter, T. Science2011, 334, 639–642. DOI: 10.1126/science.1212625 [6] Nagib, D. A.; MacMillan, D. W. C. Nature2011, 480, 224–228. DOI: 10.1038/nature10647 [7] Prakash, G. K. S.; Jog, P. V.; Batamack, P. T. D.; Olah, G. A. Science2012, 338, 1324–1327. DOI: 10.1126/science.1227859
その他今年の注目化学研究は以下参照。年末年始に基礎研究を振り返る為に読んでみてはいかがでしょうか。
X線自由電子レーザー(XFEL)を使った構造解析研究[9] -[10]
[9] (1)Boutet, S.; Lomb, L.; Williams, G. J.; Barends, T. R. M.; Aquila, A.; Doak, R. B.; Weierstall, U.; DePonte, D. P.; Steinbrener, J.; Shoeman, R. L.; Messerschmidt, M.; Barty, A.; White, T. A.; Kassemeyer, S.; Kirian, R. A.; Seibert, M. M.; Montanez, P. A.; Kenney, C.; Herbst, R.; Hart, P.; Pines, J.; Haller, G.; Gruner, S. M.; Philipp, H. T.; Tate, M. W.; Hromalik, M.; Koerner, L. J.; van Bakel, N.; Morse, J.; Ghonsalves, W.; Arnlund, D.; Bogan, M. J.; Caleman, C.; Fromme, R.; Hampton, C. Y.; Hunter, M. S.; Johansson, L. C.; Katona, G.; Kupitz, C.; Liang, M.; Martin, A. V.; Nass, K.; Redecke, L.; Stellato, F.; Timneanu, N.; Wang, D.; Zatsepin, N. A.; Schafer, D.; Defever, J.; Neutze, R.; Fromme, P.; Spence, J. C. H.; Chapman, H. N.; Schlichting, I. Science2012, 337, 362–364. DOI: 10.1126/science.1217737 [10] (1)Popmintchev, T.; Chen, M. C.; Popmintchev, D.; Arpin, P.; Brown, S.; Alisauskas, S.; Andriukaitis, G.; Balciunas, T.; Mucke, O. D.; Pugzlys, A.; Baltuska, A.; Shim, B.; Schrauth, S. E.; Gaeta, A.; Hernandez-Garcia, C.; Plaja, L.; Becker, A.; Jaron-Becker, A.; Murnane, M. M.; Kapteyn, H. C. Science2012, 336, 1287–1291. DOI: 10.1126/science.1218497
アルツハイマー病が伝染する?[11]
[11] Stöhr, J.; Watts, J. C.; Mensinger, Z. L.; Oehler, A.; Grillo, S. K.; DeArmond, S. J.; Prusiner, S. B.; Giles, K. PNAS.2012,109,11025-11030 DOI: 10.1073/pnas.1206555109
ナノクリスタルの成長を観察[12]-[13]
[12] Liao, H. G.; Cui, L.; Whitelam, S.; Zheng, H. Science2012, 336, 1011–1014. DOI: 10.1126/science.1219185 [13] Li, D.; Nielsen, M. H.; Lee, J. R. I.; Frandsen, C.; Banfield, J. F.; De Yoreo, J. J. Science2012, 336, 1014–1018. DOI: 10.1126/science.1219643
飽和炭化水素の直接官能基化[14]-[15]
[14] Simmons, E. M.; Hartwig, J. F. Nature2012, 483, 70–73. DOI: 10.1038/nature10785 [15] Voica, A.F.; Mendoza, A.; Gutekunst, W.R.; Fraga, J.O.; Baran, P.S. Nat. Chem. 2012, 4, 629-635. DOI:10.1038/nchem.1385
不安定化学種ナイトレンの単離[16]
[16] Dielmann, F.; Back, O.; Henry-Ellinger, M.; Jerabek, P.; Frenking, G.; Bertrand, G. Science2012, 337, 1526–1528. DOI: 10.1126/science.1226022.
ポリセオナミド polytheonamidesの生合成クラスター同定[17] [17] Freeman, M. F.; Gurgui, C.; Helf, M. J.; Morinaka, B. I.; Uria, A. R.; Oldham, N. J.; Sahl, H. G.; Matsunaga, S.; Piel, J. Science2012, 338, 387–390. DOI:10.1126/science.1226121
大きな配位高分子
[18] Deng, H.; Grunder, S.; Cordova, K. E.; Valente, C.; Furukawa, H.; Hmadeh, M.; Gandara, F.; Whalley, A. C.; Liu, Z.; Asahina, S.; Kazumori, H.; O’Keeffe, M.; Terasaki, O.; Stoddart, J. F.; Yaghi, O. M. Science2012, 336, 1018–1023. DOI: 10.1126/science.1220131
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訃報2012ー化学分野
今年も様々な著名な化学者たちがこの世をさりました。日本では農芸化学の草分け的存在であった松井正直教授(東大)と、ケミカルバイオロジーを押し進めた坂神洋次教授(名大)の早世があり、ケムステでも追悼企画として2つの記事を書きました。海外ではアルドール反応の遷移状態モデル「 Zimmerman-Traxler六員環遷移状態モデル」で有名なHoward Zimmerman、フルオロカーボンによるオゾン層破壊のメカニズム研究で1995年のノーベル化学賞を受賞したFrank Sherwood Rowland(UCI)、野依良治、K. B. Sharplessらと不斉合成の研究でノーベル賞を受賞したWilliam Standish Knowles博士、バンコマイシンを単離したEdmund Kornfeld、1989年に「常温核融合」を発表したMartin Fleischmannなどが亡くなりました。ご冥福をお祈り致します。
国内
3月2日 稲田祐二(東工大)
3月12日 松井正直(東大)
4月9日 坂神洋次(名大)
9月13日 保田茂次郎(広大)
海外
1月8日 Bernhard Schrader(ドルトムント大、ドイツ)理論化学者
1月15日 Richard Bader (マックマスター大、英国) 量子化学
2月12日 Howard Zimmerman(エール大学、米国) アルドール反応の遷移状態モデル
2月19日 J. Paul Hogan(フィリップス石油)エチレン合成 フィリップス触媒の開発者
3月10日 Frank Sherwood Rowland(UCアーバイン、米国)ノーベル化学賞
3月13日 Michael P. Barnett(MIT)量子化学
4月20日 George Cowan(プリンストン大)物理化学
6月13日 William Standish Knowles(モンサント社、米国)ノーベル化学賞
6月22日 Edmund Kornfeld(イーアイ・リリー)バンコマイシン単離
7月29日 Heinz Staab(MaxPlanck)
8月5日 Martin Fleischmann(サウサンプトン大、米国) 常温核融合
10月2日 Nicholas Charles Handy(ケンブリッジ大) 量子化学
11月12日 Robert J. Cotter(タウソン大学)TOF-MS
11月14日 Norman Greenwood(リーズ大学)オーストラリア
11月24日 Nicholas J. Turro(コロンビア大、米国)
11月25日 Hans Kuhn(MaxPlanck)
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「シェールガス革命」:化学大型プラントの新設
シェールガス(shale gas)は頁岩(シェール)層から採取される天然ガスのことで、これまで採掘することが難しかった、地下数千メートルのシェール層にある石油やガスの生産技術が確立され、2000年代後半から一気に開発が進んでいます。今年に入り、大きく報道される事が何度もあり、聞き覚えのあるひともいるかもしれません。化学分野ではこのシェールガスを巡って石化設備新設の動きが相次ぎました。一番大きなものはダウ・ケミカルによるテキサス州で年間生産能力150万トンと世界最大級のエチレン製造設備を2017年に稼働開始する計画が発表されたこと。他の大手化学、石油企業もこぞって大規模なエチレン設備を新設を計画しています。果たして世の中でいわれている「シェールガス革命」は起こるか?コストと実現性を考えたら夢物語ともいわれているものですが、今年の化学工業で注目一番の話題となりました。
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では残り5つは後編で!(今年中に間に合うかどうかわかりませんが…)
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