一般的なプラスチックであるポリプロピレンを用いた鉄鋼のように強いプラスチック」が広島大学の研究チームから発表されたのでご紹介します。
(毎日新聞・中国新聞で報道されていました)(写真は中国新聞より)
ポリプロピレンは、樹脂生産量の20%程度を占め、ポリエチレンとともに最も一般的に利用されているプラスチックの一つです。身近なところでは、プラスチック容器などとして利用されています。
高分子は、その分子鎖が長いために完全な結晶化は起こらず、結晶部分と非晶部分が共存した構造をとります。
(結晶化しない・しにくい高分子もあります)
この非晶部分が高分子材料の強度を下げる原因となるため、高分子の結晶化度を高める研究が行われています。機能繊維として知られるアラミド繊維は、結晶化度を高めることで高い強度を獲得しています。
今回、広島大学の彦坂特任教授のグループは、リプロピレン融液を押し潰しながらその90%以上を結晶化させることでポリプロピレンの強度を飛躍的に向上させました。
押しつぶすだけとシンプルですが、ポリプロピレン融液や押しつぶし速度に高機能化の秘密があります。
まず、ポリポロピレン融液を過冷却状態にして結晶化が開始しやすくなるようにしておきます。続いて、細長い溝の中で、1秒間に数百倍伸長する程の速さでこのポリプロピレン融液を押しつぶし、高分子の分子鎖を左右に伸ばしながら結晶化させます。この操作でポリプロピレンのフィルムが得られます。
図1. 過冷却ポリプロピレンからの結晶生成の様子 [1]
この時、一列に並んだ20~30ナノメートルの結晶がミリ秒(1000分の1秒)のスケールで形成されます。下の図2のように1本の高分子鎖が100個近くの結晶を貫通しているそうです。ナノサイズの結晶同士を共有結合を有する高分子が結び付けているため、全体の強度が向上します。炭素間共有結合の結合エネルギー約350kJ/mol (25℃)の、その強さが実感できます。
図2. ナノ結晶中の高分子鎖 [1]
押しつぶす操作を加えるだけで重量当たりの引張破断強度が鉄鋼の2~5倍、アルミニウムの6倍に、耐熱性(熱変形量が3%以上となる温度)が従来品よりも50℃以上高い180℃近くにまで上昇したそうです。トップ写真にあるように高い透明性も獲得しています。
この研究の興味深いところは、
1. 材料は安い汎用プラスチックであるポリプロピレン
2. エンジニアリングプラスチック並みの強度・耐熱性
3. 押しつぶすだけで機能向上
と、大規模な工場でなくとも実現可能な技術で高機能ポリプロピレンを作成できることでしょう。
不安なところは、
1. フィルムの軸方向の引っ張りに強くとも、垂直方向の引っ張りにどこまでの強度を示すのか
2. 実際の高分子材料ように、添加剤を加えた場合でも同様に強度の向上が発現するのか
といったところでしょうか。また、熱に強いといってもやはりプラスチックなので、車のエンジン部などのかなりの高温になるところには使えません。ポリプロピレンの紫外線による劣化は、紫外線吸収剤の添加・塗布である程度防止可能かと思います。
1940年、「蜘蛛の糸よりも細く、鋼鉄よりも強い」とのキャッチコピーとともにナイロンが売り出されました。
それから70年。ついにポリプロピレンも鋼鉄に近づいたようです。