学会賞の紹介に引き続き、学術賞(CSJ Award for Creative Work)を受賞した化学者の紹介です。学術賞とは、「化学の基礎または応用のそれぞれの分野において先導的開拓的な研究業績をあげた者で、論文の数というよりは、論文は少数でも優れた業績を挙げた者に授与する」ものです。昔は、残念ながら学会賞に届かなかった化学者が受賞するというイメージがありましたが、現在では将来の学会賞候補も含まれており、現在最もアクティブに研究を行っているPIが対象となっています。
それでは学術賞編へGo!
第27回日本学術賞受賞者
秋山 隆彦 氏(学習院大理)「キラルブレンステッド酸触媒を用いた不斉合成反応」
世界で多用されている不斉有機酸触媒
光化学活性なビナフトールから合成したキラルなリン酸が不斉触媒として作用することを見出しました。酸触媒を用いる様々な反応に適用できるため、多くの研究者がこの触媒を利用して、不斉合成を行っています。東北大の寺田教授らも同時期にこの触媒を見出しており、昨年受賞しているので両者とも受賞できたことは素晴らしいことだと思います。
その他にも、最近ニオブ触媒を用いた炭素-フッ素結合と炭素-水素結合二重活性化反応等も開発しています。
【略歴】1958年岡山県倉敷市生まれ。1980年東京大学理学部化学科卒。1985年東京大学大学院理学系研究科化学専門課程博士課程修了(向山光昭教授)。1985年塩野義製に勤務の後、1988年愛媛大学工学部助手、1992年米Stanford大学博士研究員(Barry M. Trost教授)。1994年学習院大学理学部化学科助教授。1997年より現職。
今中 信人 氏 (阪大院工)「多価イオンを伝導する新規固体電解質の創成に関する研究」
新規デバイス材料と新規NOx浄化触媒
様々な機能性無機材料の研究に関する結果、主にジルコニウムや希土類元素を用いて、デバイス材料として有用で新規な物質を見出しました。さらに、NOxを浄化する助触媒を開発することに成功しました。この触媒は従来汎用されている助触媒とは異なり、イットリビウムやテルビウム、バリウム、酸素から構成されており酸素存在下で利用できるNOx浄化触媒として注目されています。
【略歴】1958年兵庫県生まれ.1981年大阪大学工学部応用化学科卒業.1986年大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻博士課程修了.1988年大阪大学助手,大阪大学大学院工学研究科講師,同助教授を経て,現在,大阪大学大学院工学研究科物質化学専攻教授
及川 英俊 氏 (東北大多元研)「有機ナノ結晶のハイブリッド化とその光材料への展開」
ハイブリッドナノ材料
有機・高分子材料と無機物・金属などの異種物質との新しい有機ハイブリッドナノ材料の研究を主軸に、設計構築手法の開発、物性評価、解析などを行っています。ポリイミドナノ粒子、金属コア-共役系高分子シェル型ハイブリッドナノ構造など、特異な光・電子物性や様々な新規機能の発現が期待されるナノ材料を創成、評価しました(及川研究室HPより抜粋)。
【略歴】1996年東北大学非水溶液化学研究所助手、その後1992年に同大学反応化学研究所助手、1993年に助教授となる。その後2001年に多元物質科学研究所助教授、2007年東北大学多元物質科学研究所教授となり現在に至る。
・及川研究室
北川 宏 氏 (京大院理)「多彩な電子・水素相の創出と固体プロトニクス材料への展開」
効果的な次世代の電池材料へ
有機・無機複合ポリマーを対象に使い、最近主にハイブリットナノ材料(薄膜)の創成、応用を目指しています。その研究の課程で、これまで知られていたプロトン導電性の高い、イオン伝導性材料である「ルベアン酸銅」と呼ばれる触媒をナノサイズの薄膜に加工する技術を開発しました。アモルファス材料である同材料を薄膜として均一化したこの結果は、例えば白金を使わない燃料電池電極触媒として可能性を秘めています。また、最近ではヨウ化銀(AgI)という単純な化合物に注目し、硝酸銀水溶液とヨウ化ナトリウム、銀イオン伝導性の有機ポリマーであるポリビニルピロリドン(PPV)を混合し、ろ過、乾燥させるだけでヨウ化銀ナノ粒子の合成に成功しました。この粒子は超イオン伝導状態を室温まで保つことができ、固体電池の電解質として注目されています(各種発表記事より抜粋)。
【略歴】1986年京都大学理学部卒業後、大学院に進学し、中退後、1991年に岡崎国立共同研究機構 分子科学研究所 助手 1994年北陸先端科学技術大学院大学 材料科学研究科 助手 2000年筑波大学 化学系 助教授 2003年 九州大学 大学院理学研究院 化学部門 教授となり、2009年京都大学 大学院理学研究科 化学専攻 教授
佃 達哉 氏 (北大触媒セ)「金クラスターの精密合成とサイズ特異的機能」
ポストDr.ゴールド
今年度学会賞を受賞した春田教授の金ナノ粒子の触媒活性の報告以来、金触媒の精力的な研究が世界的に行われています。しかし触媒活性のサイズ依存性など、明確な反応機構解明はなされていませんでした。水溶性ポリマーで保護した金ナノクラスターのサイズ選択的な調製方法を開発しました。それをアルコールの酸化反応に応用することで金クラスターが水中、室温条件で活性を示すことを見出しました。さらにその反応活性のみならずはじめてクラスターのサイズ効果を定量的に評価することに成功し、2nm以下の金ナノクラスターが触媒活性が高いことを発見しました。現在触媒の機能の向上よりも新機能の「探索と起源の解明」に力を注いで研究しています。
(画像:佃研究室HPより)
【略歴】1989年東京大学理学部化学科卒業、1994年東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程修了。1994年理化学研究所基礎科学特別研究員を経て1994年より東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻助手となる。2000年分子科学研究所助教授の後、現在2007年より北海道大学触媒化学研究センター教授
・佃研究室
林 高史 氏 (阪大院工)「非天然補欠分子の合成を基盤とする機能性ヘムタンパク質の創製」
主にポルフィリン鉄錯体を補欠因子とするヘムタンパク質に着目し、その基礎的メカニズムを解明するとともに、構造的・反応論的知見を基とした「ヘムタンパク質のバイオエンジニアリング」、「新規な生体材料の開発」を実施しています。デザインされた補欠因子を合成し、これをタンパク質と融合させる研究手法により、錯体化学・有機合成化学・タンパク質化学をベースとする次世代の研究領域としての「応用生物無機化学」の開拓をめざしています。(林研究室HPより抜粋)
【略歴】1985年京都大学工学部合成化学科卒業1990年京都大学大学院工学研究科合成化学専攻後期博士課程修了(伊藤嘉彦教授)の後、京都大学工学部合成・生物化学専攻助手となる。その間1995年より1年間スクリプス研究所C.-W. Wong研客員研究員。1997年より九州大学大学院工学研究院応用化学部門助教授を経て2005年より大阪大学大学院工学研究科教授
・林研究室
村越 敬 氏 (北大院理)「固液界面における少数原子・分子系の構造制御と機能化」
電子・分子・イオンの流れを制御
物理化学をベースに、メソスコピック領域にある無機・有機材料の合成ならびに構造制御を行い、物質系そのものに新しい機能を賦与・発現させる研究を行っています。現在の研究では導電体構造をナノサイズレベルまで微小化させることで、コンダクタンスの量子化を発現させることに成功しました。その他に数十nmオーダーで金属の微小構造制御できる手法の開発、孤立単層カーボンナノチューブのフェルミ準位の絶対電位の構造依存性を、顕微ラマン分光と電気化学的な物質の絶対電位を制御する手法を組みあわせることで検討しています(村越研HPより抜粋)。
【略歴】1992年北海道大学理学研究科博士課程修了の後、大阪大学工学部助教となる。1998年同大学助教授となり、2003年より同大大学院工学研究科応用化学専攻物質化学研究室教授
・村越研究室
山子 茂 氏 (京大化研)「ヘテロ元素の特性を利用する精密ラジカル反応の開発」
ラジカル反応の開発
有機合成化学、元素化学、理論化学等との綿密な連携により、炭素ラジカル・炭素カチオンを中心とした不安定炭素活性種を用いた新反応・新制御法の開拓を行なっています。具体的にはシリルテルリドなどのヘテロ元素化合物を熱することによりラジカルを発生させ、有機分子とカップリングさせる手法や、有機テルル、アンチモンなどをリビングラジカル重合のプロモーターとして用いてブロック共重合体を合成するなど、独自のアイデアで興味深い反応を多数開発しました。
【略歴】1991年東京工業大学院大学博士課程修了(中村栄一教授)1991年同大学助手,1995年京都大学助教授(吉田潤一教授)を経て、2003年大阪市立大学教授、その後2006年に京都大学化学研究所教授となり現在に至る。
以上学術賞でした。皆さんおめでとうございます!分野が広く短時間ではなかなか執筆が難しかったので、一部は各研究室ホームページから抜粋させていただきました。
近日中に進歩賞編を公開させていただきます。実はこれが一番重要で、毎年、若手ゆえにあまり知られていないけれども将来の日本の化学の背負う人材が選ばれています。それではお楽しみに!