[スポンサーリンク]

ケムステニュース

2007年ノーベル医学・生理学賞発表

[スポンサーリンク]

nobel
?

スウェーデンのカロリンスカ医科大学は8日、今年のノーベル医学生理学賞をマリオ・カペッキ氏、オリバー・スミシーズ氏、マーチン・エバンス氏の3人に贈ると発表した。マウスの胚(はい)性幹細胞(ES細胞)の発見と、哺乳(ほにゅう)類の遺伝子操作を通して、ひとの病気の解明に貢献した業績が評価された。  賞金は1000万クローナ(約1億8000万円)で、受賞者で分ける。授賞式は12月10日、ストックホルムで開かれる。 (引用:asahi.com)

 

受賞理由は“for their discoveries of principles for introducing specific gene modifications in mice by the use of embryonic stem cells” (胚性幹細胞を用いるマウスの標的遺伝子改変法における原理的発見について)です。

 

 今回の受賞者である、マリオ・カペッキ(Mario R. Capecchi), マーティン・エヴァンス(Sir Martin Evans), オリバー・スミシーズ(Oliver Smithies)の3名は、特定の標的遺伝子だけを選択的に機能停止させた実験動物である、「ノックアウトマウス」を作製することに世界で初めて成功しました。

 ノックアウトマウスは遺伝子の働きを調べたり、新薬の効果を調べたりするのに利用されています。例えば、機能のわからない遺伝子が見つかった場合、遺伝子操作によって、その遺伝子を働かなく(ノックアウト)したマウスを作ります。ノックアウトマウスと正常なマウスを比較すれば、その機能の異常が見つかることになります。

 

異常の起こった原因は必然、欠損遺伝子にあることが推測されますので、遺伝子の機能の解明に結びつくことになります。また、生まれつき高血圧になるようなノックアウトマウスを作り、新薬の高血圧への効果の有無の判定などにも利用するなど、様々な医学的な貢献があげられます。

ノックアウトマウスを作るにあたっては、胚性幹細胞(ES細胞)が用いられます。受精卵は細胞分裂を繰り返し、しばらくたつと様々な臓器・器官・組織へとそれぞれ変化(分化)しはじめ、生物を形作っていきます。ES細胞は、未分化の段階で大量培養した細胞株のことで、あらゆるタイプの細胞に変化可能という性質(分化全能性)をもちます。この性質が哺乳動物の遺伝子改変を行う上で大変重要なのです。

 

ES細胞に特定の加工を施したベクター(プラスミドという環状DNAを加工して作った遺伝子の運び屋)を注入してやると、細胞内部で標的遺伝子と一定の確率で相同組み替えを起こします(この組み替え原理自体は酵素などで既に確立されていました)。?組み替えを起こしたES細胞だけを選別し、胚細胞に注入後、親マウスの子宮に導入すれば、遺伝子改変を起こしたマウス(キメラマウス)が生まれてきます。このキメラマウスと正常マウスを交配させることで、ノックアウトマウスをつくることができます。

 

遺伝子相同組み換えの効率はあまり良くないうえ、二世代のマウス交配を必要とするため、ノックアウトマウス作成は大変手間のかかる作業になっています。これに代わりうる技術としては、前年ノーベル医学生理学賞を授与されたRNA干渉(RNAi)が挙げられます(RNAi – Wikipedia)。こちらはより簡便に標的遺伝子の機能を停止(ノックダウン)させることができるため、研究現場において大変重宝されています。とはいえRNAiによる遺伝子停止は完璧ではないので、遺伝子・生体レベルでの疑いなき対照実験を可能とするノックアウトマウスは、現代でもスタンダードな手法とされています。

以下、受賞者について簡単に紹介してみましょう。

 

マリオ・カペッキ(Mario R. Capecchi)

nobel

Distinguished Professor of Biology and Human Genetics and Co-Chairman
Eccles Institute of Human Genetics, University of Utah
Salt Lake City, UT
Howard Hughes Medical Investigator (米国)

 

カペッキ氏(70歳)はユタ大学教授。生物学において世界で広く用いられているES細胞を応用したジーンターゲティング法(標的組み換え法)を開発しました。さらに、任意の遺伝子の機能を欠いたマウス、いわゆるノックアウトマウスを作成して、遺伝子の働きを研究する道を確立しました。

 

マーティン・エヴァンス(Sir Martin Evans)

nobel

Director of the School of Biosciences and Professor of Mammalian Genetics
Cardiff University
Cardiff, Wales, UK (イギリス)

エバンス教授らは1981年に受精3.5日目のマウス胚盤胞の内部細胞塊を in vitro で培養に移し、細胞塊の解離と継代を繰り返すことにより、多分化能(pluripotency)を保持し、正常核を維持したまま無制限に増殖しつづける幹細胞、すなわちES細胞(Embryonic Stem cells)の樹立に成功しました。再生医療への応用にも注目されています。

 

オリバー・スミシーズ(Oliver Smithies)

 

nobel

 

Excellence Professor, Department of Pathology and Laboratory Medicine, University of North Carolina School of Medicine
Chapel Hill, NC (米国)

1985 年にジーンターゲティング法という、現在の分子生物学を支える根幹的な技術を発明した、世界的に有名な科学者です(Smithies, O. et al. Nature 1985, 317, 230―234).

 

トムソンの2006年ノーベル生理・医学賞予想でも挙げられていたこの3名は、ウルフ賞やガードナー賞、京都賞、ラスカー賞などの名誉ある国際賞を揃って受賞しており、ノーベル賞の鉄板候補でした。RNAiよりも遅れた今回の受賞は遅すぎるとの声も聞こえるぐらい、待ちに待った受賞といえます。ご受賞おめでとうございます。

 

外部リンク

 

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. メルク、主力薬販売停止で15%減益
  2. アラスカのカブトムシは「分子の防寒コート」で身を守る
  3. 酸素ボンベ爆発、男性死亡 
  4. 人の鼻の細菌が抗菌作用がある化合物をつくっていたーMRSAに効果…
  5. 印民間で初の17億ドル突破、リライアンスの前3月期純益
  6. 始まるPCB処理 利便性追求、重い代償
  7. ポリエチレンなど合成樹脂、値上げ浸透
  8. 独メルク、米シグマアルドリッチを買収

注目情報

ピックアップ記事

  1. Grubbs第二世代触媒
  2. シャレット不斉シクロプロパン化 Charette Asymmetric Cyclopropanation
  3. ロータリーエバポレーターの回転方向で分子の右巻き、左巻きを制御! ―生命のホモキラリティーの起源に踏み込む―
  4. 第54回国際化学オリンピックが開催、アジア勢が金メダルを独占
  5. 第97回日本化学会春季年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part III
  6. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑦(解答編)
  7. 天然の保護基!
  8. 香料化学 – におい分子が作るかおりの世界
  9. ヒアリの毒素を正しく知ろう
  10. Lindau Nobel Laureate Meeting 動画集のご紹介

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2007年10月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー