第225回のスポットライトリサーチは、関西学院大学 増尾研究室 助教の山内光陽(やまうち みつあき)先生にお願いしました。
増尾研究室は、分子材料とナノ材料を融合した光化学材料の研究を強力に推進されており、注目を集めている研究室です。山内先生は、スポットライトリサーチにはなんと三回目の掲載です。以前は光刺激で超分子ポリマーのらせんを反転させる、有機色素の自己集合を利用したナノ粒子の配列といった内容の寄稿をいただいています。
今回紹介いただける内容は、古くから研究されているアゾベンゼンに関する成果です。アゾベンゼンは効率良く光異性化するため発光しない有機分子として広く認識されていましたが、うまく結晶化させると発光することが明らかになり、アゾベンゼンの発光材料としての可能性を示した素晴らしい成果です。本成果は、Angew. Chem. Int. Ed.誌に原著論文として公開され、プレスリリースもされています。
“Crystallization‐Induced Emission of Azobenzene Derivatives”
M. Yamauchi, K. Yokoyama, N. Aratani, H. Yamada & S. Masuo,
Angew. Chem. Int. Ed., 2019. DOI: 10.1002/anie.201908121
以前の記事にて、研究室を主宰されている増尾貞弘教授より山内先生の人物像についてコメントをいただいたので、今回は山内先生からの強い希望により、共に研究を行ったM1の横山幸輔さんについて山内先生から語っていただきました。
横山くんを一言で表現すると、優れた持久力を兼ね備えたランナーのような研究者だと思います。普段は物静かで落ち着いていますが、研究スタイルは完全にエネルギッシュであり、実験がうまくいってもいかなくても常に実験の手を止めず走り抜け、虎視眈眈と結果を狙っています。あと、大抵のことでは落ち込みません。きっと研究が肌に合っているんだろうなと思います。私が関西学院大学に着任し、横山くんと研究を共にできたことは、私自身の研究人生において重要な位置付けになったと思います。いつか社会に出た時に、その研究者としての才能を存分に発揮してくれることを大いに期待しています。また、現在は本成果の延長線上で非常に難しいけど非常に面白い現象を見出しつつあり、今後とも横山くんと素晴らしい研究を構築していけたらなと思っています。
それでは、山内先生からの情熱あふれるメッセージをご覧ください!
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどのような研究ですか?
アゾベンゼンは、光を照射すると分子構造が変わる(光異性化する)有名な有機分子であり発光とは無縁な芳香族化合物として広く認識されていましたが、実は分子の動きを固定化すると光異性化が抑制され発光するということを見出しました(図1)。
本研究で合成したアゾベンゼン誘導体(図1a)は、良溶媒中モノマー状態では光照射により光異性化が起こりアゾベンゼン由来の発光は観測されません。この分子をクロロホルム中で再結晶させると、プレート状の単結晶が得られ、顕微鏡下で光照射すると図1bの様に発光することが分かりました。従って、アゾベンゼン誘導体は結晶化すると発光する、すなわち結晶化誘起発光(Crystallization-induced emission)特性を示すことが明らかになりました。
この単結晶に低強度の紫外光を照射してもアゾベンゼン部位の光異性化は起こりにくいが、結晶の一部に高強度のレーザー光で照射すると、光異性化が起こることがわかりました。それにより結晶が崩れ発光しない領域を選択的に形成できることを見出しました(図1c)。
本成果でのアゾベンゼンの結晶化誘起発光の発見により、アゾベンゼンを使用した新しい発光材料の創出のみならず、発光してかつ光応答する賢い結晶材料の創出に繋がることが期待できます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
アゾベンゼンが結晶化誘起発光を示すことが分かったのは、本テーマをスタートさせてから半年も立たない頃でした。そのまま論文にしようと意気込み下書きを書こうとしたのですが、これまで有機結晶を扱ったことがなかったこともあり、盛り上がりに欠けてしまいました。こんな時は、視点を少し変えることで「予期せぬ面白いことが見えてくるかもしれない!」と前向きに考え、単結晶だけでなく他の状態でもアゾベンゼンはちゃんと発光するのかを調べるべきだなと思いました。そこで、再沈法によりナノ~マイクロサイズの微粒子の作製を試みると、まずは弱い発光を示す結晶性の低い微粒子(凝集状態)が速度論的に形成され、時間経過に伴い、結晶性が向上し強い発光を示す微粒子(結晶に近い状態)に変化しました。この結果は、結晶性の度合いがアゾベンゼン発光において重要な要因であることを示唆しており、本研究の主軸であるアゾベンゼン誘導体の結晶化誘起発光挙動を裏付けることとなりました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
(主観ですが、)研究は、大きく分けて2種類に分けられます。1つ目は、ある特定の有機分子の合成やデバイス効率の向上など、目的がはっきりしておりそれを達成するためにひたすら突き進む王道研究。2つ目は、目的はふわっとしておりその中で面白い結果や新現象を追い求める、大胆に言えば実験をしながら具体的な目的を見出していく冒険型研究。これらの要素をほどよく併せ持つ研究は理想的だと思いますが、私は後者の要素がやや強い傾向にあります。本テーマはそれをよく反映しており、実験すればするほど良し悪し関係なくデータは増えていきました。そのため研究が進むにつれて、「面白いけど、メインとなる研究目的や着地点はどれにするべきか・・・」と少し悩みました。しかしそれは、大量の実験をスピーディーに行ってくれた横山くんとのほぼ毎日のディスカッションのおかげで解決していきました。そのため、テーマを作ってから1年と少しで論文アクセプトまで成し遂げることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
しつこいくらいに、分子と向き合っていきたいと思います。例えば、とある有機分子を合成し固体にしたとき、分子の立体構造を考慮して、常に分子がどのように相互作用しうるかをイメージすることはとても重要です。仮説を立てそれが実証された時は嬉しいですし、異なる結果になっても「なるほどそうきたか!」とワクワクすることもできるので、研究は楽しいですね。今後、人工知能や機械学習の普及により、時間をかけずに「分子構造―材料機能」の繋がりがより明確になり、望ましい材料が今よりは簡単に作れるようになっていくかもしれません。ですが、計算では生まれることのない着想や発見は必ず存在します。そのためにも、我々は日々成長していかなければならず、同時に今後とも冒険型研究(基礎研究)を行っていくべきだと僭越ながら考えております。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究がうまくいく要因は、教員の独創的な発想や洞察力による場合も、実際に実験する学生さんの力量や的確な判断による場合もあります。しかし私の経験上(大したことないですが・・・)、片方が欠落してる場合、うまくいく可能性は低いでしょう。それは、研究は決して一人では成し遂げられないことが非常に多いからです。そのため、少しでも多くのディスカッションをすることを激しくお勧めします。もしもそれをためらっているのであれば、頼もしい先輩でも尊敬する先生にでも良いですが、今すぐディスカッションしに行ってください!勿論、自分で調べ考え抜くことは重要であり、ぜひそうしてもらいたいですが、自己解決で終わらせず共有することが重要だと思います。おそらく、ディスカッションしたくてうずうずしている先生方も多いのではないでしょうか?そんなわけで、私は本日も「ディスカッションしよう!」と学生さんに駆け寄ります。この記事を読んだ人が、少しでも研究に興味をもち、良い兆しがみえることを切に願っております。
最後になりましたが、本研究を進めるにあたりご尽力いただきました、奈良先端科学技術大学院大学の山田先生、荒谷先生にはこの場をお借りして深く御礼申し上げます。
関連リンク
- 関西学院大学 増尾研
- プレスリリース:「アゾベンゼンが結晶化すると発光体として振る舞う」ことを発見
- OPTRONICS online:関学,アゾベンゼンの結晶化誘起発光を発見
研究者の略歴
山内 光陽(やまうち みつあき)
所属:関西学院大学理工学部 環境・応用化学科 増尾研究室 助教
専門:超分子化学、光化学
略歴:
2012年3月 千葉大学工学部共生応用化学科 卒業
2014年3月 千葉大学大学院工学研究科共生応用化学専攻 博士前期課程 修了
2014年4月 〜 2017年3月 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2017年3月 千葉大学大学院工学研究科共生応用化学専攻 博士後期課程 修了(矢貝研究室)
2017年4月 〜 現在 関西学院大学理工学部 環境・応用化学科 助教(増尾研究室)
写真:山内先生、横山さん、増尾先生