星本 陽一(ほしもと よういち)は、日本の有機化学者である。大阪大学大学院工学研究科 准教授。専門は有機典型元素化学、有機金属化学、触媒化学。第32回ケムステVシンポ講師。
経歴
2008 大阪大学工学部応用自然学科 卒業
2010 日本学術振興会 特別研究員 (DC1)
2011 Otsu Academy Award Fellow (大津会議会員)
2013 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 工学博士取得(生越 專介教授)
2013-2018 大阪大学大学院工学研究科 附属高度人材育成センター 助教
2018-2019 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 講師
2019- 現職
2019 ACS Catalysis Early Career Advisory Board
2022 ChemRxiv Scientific Advisory Board
受賞歴
2021 宇部興産学術振興財団 学術奨励賞
2018 日本化学会 第67回進歩賞
2016 日本化学会 優秀講演賞(学術)
2014 IUPAC-SOLVAY Honorable Mention Award for Young Chemists
2014 有機合成化学協会 研究企画賞
研究業績
1. Multifunctional multipurpose NHCの創成と利用
化学者は分子を思い通りに設計・合成し、新たな分子機能の開拓や現象の発見に日々ワクワク・ドキドキ心をときめかせているかと思います。私たちもそんな化学者であり、N-ヘテロ環状カルベン (NHC) に注目して研究を展開しています。NHCを化学修飾したmultifunctional NHCは、NHCの構造多様性を爆発的に拡張してきました。しかし、そのほとんどは、金属錯体を合成する際の多座配位子として利用されており、導入した官能基を多岐に渡り活用したmultipurposeなmultifunctional NHCは限定的でした。
私たちはジアミノカルベンのN上にホスフィンオキシドを導入したN-phosphine-oxide-substituted imidazolylidene (PoxIm; 図1) を合成し、PoxImがmultifunctional multipurpose NHCの先駆的な例となることを示してきました。1,2
たとえば、PoxImはホスフィンオキシドの回転によってカルベン周辺空間の環境 (形状・容積など) が大きく変化します。これを活用して、空気中で保管可能な安定性をもつルイス酸-塩基付加体 (ここではB(C6F5)3 とPoxImの付加体) から高反応性ルイス酸-塩基会合体 (frustrated Lewis pairs, FLPs)3 を意図的に発生させる『フラストレーション再生システム』を構築しました (図2)。4 ホスフィンオキシドの回転が付加体とFLP間の相互変換を媒介する鍵であることを確かめています。5
PoxImを配位子とする金属錯体の合成も研究しています。PoxImが金属M1と錯形成する際には、PoxImの配座 (ホスフィンオキシドの向き) や配位する原子 (カルベン炭素原子かホスフィンオキシドの酸素原子) に応じて図3に示す形式I~Vの錯体が生じます。2 さらに、異なる金属M2を加えるとPoxImを二座配位子とする異種二核金属錯体が創出できると期待できます。私たちは特に、錯体中においてもホスフィンオキシドの回転やヘミレイバイルな機能を発現させ、ダイナミックに構造変化するPoxIm-金属錯体を創出することに興味を抱いています。
例えば、PoxImのホスフィンオキシドのヘミレイバイルな機能を活用し、低原子価Ni上に配位した一酸化炭素 (CO) 配位子の可逆的置換反応を実現しました (図4)。6 この結果は、ゼロ価金属錯体上において、圧力変化のみに応答するCOの可逆的化学吸着を実現した先駆的な例となります (ケムステスポットライトリサーチをCHECK)。
その他にも、PoxImを配位子して活用することで、2つの金属の相対配置がダイナミックに変化するCu/Al錯体を創出しました (図5)。7 ホスフィンオキシドの回転を、2つの金属の相対配置 (遠く離れた状態と十分に近づいた状態) をプログラミングするために利用し、効率的にトランスメタル化が進行するように設計しています。これにより、従来の異種多核金属の合成において問題とされてきた金属のランダム衝突による副反応を防いでいます。
2. 典型元素化学種らしさを活かした触媒的水素化反応の開発
1で紹介した研究内容は主にルイス塩基の化学です。これに加えて、私たちはルイス酸の創出と応用に注目した研究も展開しています。例えば、トリアリールホウ素触媒系を利用したアミンの還元的アルキル化を報告してきました (図6)。8 この反応系は、H2を還元剤として用いた高い環境調和性 (原理的にはH2Oのみが副生) やアミノ酸誘導体を含む広い基質適用範囲を特徴としています (ケムステスポットライトリサーチをCHECK)。
「遷移金属の代替」という概念をこえて、典型元素化学種らしさを活かし「典型元素化学種でなくては達成が困難な反応系」の開発にも取り組んでいます。たとえば、私たちが独自に開発したトリアリールホウ素が高濃度のCOやCO2を含む粗水素を還元剤として用いた条件においても、効率的に2-メチルキノリンを水素化することを見出しました (図7)。9 さらに、私たちの開発したトリアリールホウ素は、水素化生成物であるテトラヒドロ-2-メチルキノリンからの脱水素化反応を触媒することも確認しました。これにより、単一の分子触媒系を用いた粗水素からのH2分離・貯蔵・回収スキームが実現可能であることが示されました(スポットライトリサーチをCHECK!)。
粗水素から高純度H2を製造する過程は、エネルギー消費やH2損失が多く、副次的に多量のCO2を排出することが問題視されています。私たちは、粗水素を不飽和化合物の触媒的水素化へ直接的に活用する技術が、COやCO2により容易に失活しうる貴金属触媒に頼ってきた従来のH2利用スキームとは異なる価値を生み出すと期待しています。
コメント&その他
- 研究成果がケムステのスポットライトリサーチで紹介される度に、紹介者の建設的悪口を本人には内緒で寄稿している。あくまで、紹介者の「人間味」を読者に伝えるため。
関連文献
- Hazra, S.; Hoshimoto, Y.; Ogoshi, S. Chem. Eur. J. 2017, 23, 15238. doi: 10.1002/chem.201703644
- Hoshimoto, Y.; Ogoshi, S. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2021, 94, 327. doi: 10.1246/bcsj.20200293
- Stephan, D. W.; Erker, G. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 6400. doi: 10.1002/anie.201409800
- Hoshimoto, Y.; Kinoshita, T.; Ohashi, M.; Ogoshi, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 11666. doi: 10.1002/anie.201505974
- Hoshimoto, Y.; Sakuraba, M.; Kinoshita, T.; Ohbo, M.; Ratanasak, M.; Hasegawa, J.; Ogoshi, S. Commun. Chem. 2021, 4, 137. doi:10.1038/s42004-021-00576-1
- Yamauchi, Y.; Hoshimoto, Y.; Kawakita, T.; Kinoshita, T.; Uetake, Y.; Sakurai, H.; Ogoshi, S. J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 8818. doi:10.1021/jacs.2c02870
- Asada, T.; Hoshimoto, Y.; Ogoshi, S. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 9772. doi: 10.1021/jacs.0c03252
- Hoshimoto, Y.; Kinoshita, T.; Hazra, S.; Ohashi, M.; Ogoshi, S. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 7292. doi: 10.1021/jacs.8b03626
- Hashimoto, T.; Asada, T.; Ogoshi, S.; Hoshimoto, Y. Sci. Adv. 2022, 8, eade0189. DOI: 10.1126/sciadv.ade0189
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