イゴール・ラロッサ(Igor Larrosa、1977年12月6日)は英国の有機化学者である。マンチェスター大学教授
経歴
1999 バルセロナ大学卒業
2004 バルセロナ大学 博士号取得 (Felix Urpi 教授, Pere Romea 教授)
チューリッヒ工科大学 研究員 (Erick M. Carreira 教授, 3ヶ月間)
2005–2007 インペリアル・カレッジ・ロンドン 博士研究員 (Anthony G. M. Barrett 教授)
2007 ロンドン大学 クイーン・メアリー 講師
2011 ロンドン大学 クイーン・メアリー 上級講師
2012 ロンドン大学 クイーン・メアリー 触媒学 准教授
2014– マンチェスター大学 教授
受賞歴
2009 Thieme Chemistry Journals Award
2011 European Research Council Starting Grant (ERC)
2012 Science & Engineering Research Performance Award
2019 Chemistry finalist of UK Blavatnik Award for Young Scientists.
研究概要
Pd/Ag系を用いたC–H活性化反応
オルト位に置換基を有する安息香酸誘導体のカルボキシ基を配向基とした、C–Hアリール化反応を開発した(1a)。カップリングが進行したのちに脱炭酸が進行するため、メタ位アリール化体が生成物として得られる。また、カルボキシ基の導入/カルボキシ基を配向基としたC–Hアリール化反応/脱炭酸をワンポットで行った、フェノール誘導体、フルオロアレーン誘導体の形式的なメタ位アリール化反応を報告している(1b,1c)。いずれの場合も通常困難なメタ位へのアリール基の導入を、オルト位のカルボキシ基を介することで可能にした。
ホスフィン配位子を必要とせず、インドールC2位のC–Hアリール化反応が室温で進行することを報告した(2a)。銀(I)塩がパラジウム錯体上の配位子交換を行い、より求電子性の高いカチオン性パラジウム錯体が生成すると考えられている。本反応は銀(I)塩を変えることで、”水溶媒中”でも進行する (2b)。また、カップリング相手に安息香酸誘導体を用いた場合、銀(I)塩が脱炭酸に関与し(2c)、インドールC3位のC–Hアリール化体が得られる(2d)。類似の条件をベンゾチオフェン、チオフェン誘導体に適用し、C2位およびC3位選択的なC–Hアリール化反応に成功した(3)。C3位選択的アリール化では、種々の機構解明実験からHeck型でのC–C結合形成が支持されている。またパラジウム触媒の濃度を下げることで、C3位でのアリール化が進行する前に銀(I)塩がC2位のC–H結合を活性化するため、C2位でのアリール化が進行する。
Au/Ag系を用いたC–H活性化反応
これまで例のない金(I)錯体による電子不足芳香環のC–H活性化を報告した(4a)。銀(I)塩、塩基、添加剤(ピバル酸)の正しい組み合わせにより、金(I)錯体上に適切な配位子が配置され、協奏的メタル化–脱メタル化機構(CMD機構)で最も電子不足なC–H結合が切断される。また、銀(I)や銅(I)を用いた時と同様に、金(I)錯体を用いた際にも脱炭酸を経由したC–Au(I)結合の形成が進行する (4b)。また、上記に示した電子不足芳香環のC–H活性化を応用し、金(I)錯体が2つのC–H結合を活性化するクロスカップリング反応を開発した(4)。酸化剤により金(I)錯体の反応性が調整され、ホモカップリングが抑制される。
η6-Cr錯体によるC–H結合の活性化を利用したクロスカップリング
フルオロアレーンをη6-クロム錯体とすることでオルト位でのC–Hアリール化反応に成功した (5a)。DFT計算の結果から、クロム錯体の形成によりC–H結合が芳香環面の外側に張り出すため、CMD機構が促進することが示唆されている。この結果を受け、CMD機構の促進が電子状態によるものではないと考え、通常CMD機構が不利な電子供与基を有するアレーンに適用したところ、同様にオルト位C–Hアリール化反応が進行した(5b)。この反応形式は、不斉配位子を用いることで軸不斉反応へ応用されている(5c)。また、パラジウム錯体上の配位子交換にアンモニウム塩を用いると、銀(I)塩を触媒量に低減することが可能であり、ブロモアレーンとのC–Hクロスカップリングが進行する(5d)。
Ru触媒を用いたC–H活性化反応
フッ素置換基を有するアレーンのC–H結合をルテニウム触媒で活性化した、ブロモアレーンとのC–Hアリール化反応を開発した (6a)。本反応においてベンゾエートの添加は必須であり、還元的脱離を促進すると考えられている。また、ルテニウム触媒を用いた安息香酸誘導体のオルト位C–Hアリール化反応を報告した(6b)。本反応では、パラジウム触媒や金触媒とは異なり、銀(I)塩の添加を必要としない。また、インドールカルボン酸に応用することで、反応性の高いC2位やC3位での反応を抑制した生成物が得られる。また適切なルテニウム錯体を触媒に用いることで、温和な条件でのC–Hアリール化を達成し、医薬品関連化合物へのアリール基の導入を可能にした(6c)。
コメント&その他(7)
- 基本的にリラックスされていて落ち着いているが、仕事は徹底している。新反応を発見した時は、特にその反応の機構解明に興味がある。新反応を発見するために熱心に研究すると同時に、反応機構を解明する賢さと創造力をもった学生が好きである。また不完全な論文には満足せず、可能な限り良いものになるように最善を尽くす。
- 学生に頻繁に“Why?”と問う。不確定な要素を含む議論を好まないため、主張をサポートするデータを求める。そのため、学生は自分の主張をデータで合理化する必要がある。
- 家族想いで、研究以外で一緒に過ごすことは少ないが、研究を離れても人柄が良く、フレンドリーで話しやすい。
- スペイン出身で美食家。好きな食べ物はパエリア、マグロ、お寿司や納豆などの日本食も好まれる。中でもマグロ愛が強く、“マグロは何でも美味しくしてくれる”と言う。ワインも好んで飲む。
- 趣味は読書、オーディオブック、プログラミング、マシンラーニング、スキューバダイビング。読書はSF小説が好きで、「デューン」がお気に入り。休日は頻繁にスキューバダイビングをする。
動画
関連文献
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- Larrosa研で博士号を取得された方と、現在博士課程の方に情報提供していただきました。