荘司 長三(しょうじ おさみ)は、日本の化学者である(写真はこちらより引用)。名古屋大学理学部教授。専門は生物無機化学、金属酵素を用いるバイオ触媒反応の開発、人工金属酵素触媒の開発、細菌の鉄獲得阻害剤の開発など。
経歴
- 1997 年 千葉大学 工学部応用化学科 卒業
- 2002 年 千葉大学 博士号取得(工学)
- 2002 年~2004 年 科学技術振興機構 博士研究員
- 2004 年~2005 年 奈良先端科学技術大学院大学 博士研究員
- 2005 年~2007 年 名古屋大学 博士研究員、SPD(渡辺芳人教授)
- 2007 年~2013 年 名古屋大学 特任助教、助教
- 2012 年ドルトムント工科大学研究員 (Prof. C. M. Niemeyer)
- 2013 年~2019 年 名古屋大学 准教授
- 2019 年~ (現職) 名古屋大学 理学研究科物質理学専攻(化学系) 教授
受賞歴
- 2013 年 「日本化学会第 93 回春季年会 第 27 回若い世代の特別講演会」
- 2011 年 「第五回バイオ関連化学シンポジウム講演賞」
- 2009 年 「Poster award from 16th International Conference on Cytochrome P450」
- 2007 年 「日本化学会第 87 春季年会優秀講演賞」
- 2000 年 「千葉大学電子光情報基盤技術研究センター なのはなベンチャー賞」
研究業績
1, 疑似基質(デコイ分子)を用いた高効率な酸化酵素の改変
ヘムを補欠分子族として有するタンパク質P450は生体内において様々な酸化反応を触媒する。しかし、天然型のヘム酵素はごく一部の天然基質しか認識することができず、合成化学的観点からは全く使い物にならない。ゆえに、天然酵素を合成化学的に使えるように作り替えるには、F. H. Arnoldらが用いているDirected Evolution (指向性進化法)を用いるか、部位特異的変異導入法などによってタンパク質のアミノ酸残基や配列を変える必要がある。
一方で荘司らは、P450の基質に似た偽物の基質によってP450酵素を活性化させ、天然型の酵素反応系では酸化できない基質を高効率で得ることが可能であることを発見した。[11、13] さらに、その系を拡張し、様々なデコイ分子を用いることで天然型のP450では全く反応しない基質の酸化反応が可能であることを示してきた。
デコイ分子による反応のメカニズムを以下のFig. 2.に示した。疑似基質(デコイ分子)を反応系に添加すると、擬似基質はP450に取り込まれる。取り込まれた疑似基質はヘムの6番目の配位子である水分子を取り除くことで、P450を活性化させ、FAD-FMN系からの電子伝達を介してP450の酸化活性種Compound I(Fe=O)を生成を促す。その状態でさらに、プロパンやベンゼンがタンパク質に取り込まれると、酸化反応が進行しフェノールやプロパノールが得られる。[3, 6]
以前のP450BM3に関する記事で述べたように例えば、P450BM3による芳香族化合物の酸化は変異体でもかなり遅く、活性化が全くされていないベンゼンでは顕著である。荘司らの手法を用いることで、酸化活性種がUncouplingによって過酸化水素に変換される副反応を最小限に抑えながら、フェノールやプロパノールなどを酵素的に合成可能である。なお、芳香族化合物の酸化においてはパラ置換体に比べてオルト置換体が得られやすいこと、酸化により生成するフェノール誘導体は出発物質に比べて酸化反応によりセンシティブであるのにも関わらず、(生成物の脂溶性が低下し脂溶性の高い基質ポケットから速やかに排出されることで)カテコール誘導体を与えにくい点に特徴を有する。
さらに、荘司らは本手法を拡大させデコイ分子のデザインにより酸化できる基質や位置選択性の制御を可能にしている。[5]
2, ヘム獲得タンパク質HASによる人工金属酵素の作成
2020年現在、人工金属酵素を含め様々なヘムタンパク質が作成、利用されている。その中で、荘司らはいち早く緑膿菌が有するヘム獲得タンパク質HasAに着目し、そのユニークなヘムの補足特性を利用した金属タンパク質の作成とその応用を進めている。[8] 特に最近は、本研究を発展させ、フタロシアニンGa錯体を用いた緑膿菌感染症に対する新たな光殺菌法の開発などの開発も行っている[12]。
具体的には緑膿菌が鉄欠乏条件下にて宿主が持っているヘムタンパク質(例えばヘモグロビン)由来のヘムを奪い取って利用する、ヘム獲得(Has: heme acquisition system)において分泌するapo-HasA(ヘムを持っていない状態のHasAタンパク)を用いる。ヘムとの強い親和性を有するapo-HasAは宿主からヘムを奪い取り、ヘムが結合した状態holo-HasAとなる。荘司らはこのHasAはヘムに対する強い親和性と有機溶媒に対する高い耐性、ヘム結合部が外部に露出した構造的特徴を踏まえ、ヘムよりも大きな平面構造を有するフタロシアニンやテトラフェニルポルフィセンのコバルト錯体など、天然のヘム以外の様々な合成金属錯体をapo-HasAに捕捉させることに成功している。[4]
現在、先に述べた光殺菌法の開発をはじめとする応用研究にも力を入れている。[12]
具体的な研究内容に関しては研究室のHPに詳しく述べられていますので、そちらをご参照ください。
コメント&その他
- 博士課程の論文題目(千葉大学):ポリ(L-グルタミン)系高分子における側鎖発色団間配向と励起エネルギー移動(中平隆幸教授)
- 博士研究員での研究内容(奈良先端科学技術大学院大学): 環状超分子ポルフィリン組織体の構築とそのゲスト分子認識挙動に関する研究(小夫家芳明教授)
- 高分子化学、超分子化学、生物無機化学と多様な研究分野を渡り歩いており様々な研究分野への理解がある。
代表的な論文
- O. Shoji, Y. Aiba, Y. Watanabe, “Hoodwinking Cytochrome P450BM3 into Hydroxylating Non-Native Substrates by Exploiting Its Substrate Misrecognition” Acc. Chem. Res. 2019, 52, 925-934. DOI: 10.1021/acs.accounts.8b00651. (デコイ分子によるP450の反応系の総説、2011-2019)
- K. Omura, Y. Aiba, H. Onoda, J. K. Stanfield, S. Ariyasu, H. Sugimoto, Y. Shiro, O. Shoji, Y. Watanabe, “Reconstitution of full-length P450BM3 with an artificial metal complex by utilising the transpeptidase Sortase A” Chem. Commun. 2018, 54, 7892-7895. DOI: 10.1039/C8CC02760A. (SrtAと呼ばれるタンパク質結合酵素を使うことで還元ドメインを含めたP450BM3をin vitroで再構成した。)
- M. Karasawa, J. K. Stanfield, S. Yanagisawa, O. Shoji, Y. Watanabe, “Whole-Cell Biotransformation of Benzene to Phenol Catalysed by Intracellular Cytochrome P450BM3 Activated by External Additives” Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 12264-12269. (第三世代のペプチド性デコイ分子を用いた大腸菌内での酵素反応系の構築。NADPHの再生系を大腸菌内のシステムを利用しており、それまでの精製酵素系やCFEの系とは異なる。)
- H. Uehara, Y. Shisaka, T. Nishimura, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Miyake, H. Shinokubo, Y. Watanabe, O. Shoji, “Structures of the Heme Acquisition Protein HasA with Iron(III)-5,15-Diphenylporphyrin and Derivatives Thereof as an Artificial Prosthetic Group” Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 15279-15283. DOI: 10.1002/anie.201804924.
- K. Suzuki, J. K. Stanfield, O. Shoji, S. Yanagisawa, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Watanabe, “Control of stereoselectivity of benzylic hydroxylation catalysed by wild-type cytochrome P450BM3 using decoy molecules” Catal. Sci. Technol. 2017, 7, 3332-3338. DOI: 10.1039/C7CY01130J.
- O. Shoji, S. Yanagisawa, J. K. Stanfield, K. Suzuki, Z. Cong, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Watanabe, “Direct Hydroxylation of Benzene to Phenol by Cytochrome P450BM3 Triggered by Amino Acid Derivatives” Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 10324-10329. DOI: 10.1002/anie.201703461.(文献[3]の第三世代のデコイ分子の探索と合成、精製酵素での反応。)
- Z. Cong, O. Shoji, C. Kasai, N. Kawakami, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Watanabe, “Activation of Wild-Type Cytochrome P450BM3 by the Next Generation of Decoy Molecules: Enhanced Hydroxylation of Gaseous Alkanes and Crystallographic Evidence” ACS Catal. 2015, 5, 150-156. DOI: 10.1021/cs501592f.
- C. Shirataki, O. Shoji, M. Terada, S.-i. Ozaki, H. Sugimoto, Y. Shiro, Y. Watanabe, “Inhibition of heme uptake in Pseudomonas aeruginosa by its hemophore (HasA(p)) bound to synthetic metal complexes” Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 2862-2866. DOI: 10.1002/anie.201307889.(HasAプロジェクトの第一報目。HasAに合成金属錯体を取り込ませたという内容。)
- O. Shoji, T. Kunimatsu, N. Kawakami, Y. Watanabe, “Highly selective hydroxylation of benzene to phenol by wild-type cytochrome P450BM3 assisted by decoy molecules” Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 6606-6610. DOI: 10.1002/anie.201300282.
- N. Kawakami, O. Shoji, Y. Watanabe, “Direct hydroxylation of primary carbons in small alkanes by wild-type cytochrome P450BM3 containing perfluorocarboxylic acids as decoy molecules” Chem. Sci. 2013, 4, 2344-2348. DOI: 10.1039/C3SC50378J.
- N. Kawakami, O. Shoji, Y. Watanabe, “Use of perfluorocarboxylic acids to trick cytochrome P450BM3 into initiating the hydroxylation of gaseous alkanes” Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 5315-5318. DOI: 10.1002/anie.201007975.(デコイ分子の発見とP450BM3によるプロパンの酸化)
- Y. Shisaka, Y. Iwai, S. Yamada, H. Uehara, T. Tosha, H. Sugimoto, Y. Shiro, J. K. Stanfield, K. Ogawa, Y. Watanabe, O. Shoji, “Hijacking the Heme Acquisition System of Pseudomonas aeruginosa for the Delivery of Phthalocyanine as an Antimicrobial” , ACS Chemical Biology, 14,1637-1642(2019).DOI: 10.1021/acschembio.9b00373. (HasAに金属錯体を取り込ませ、光によって一重項酸素を発生させ緑膿菌の殺菌への応用した例。そもそも、緑膿菌は抗生物質が効きにくく、近年は多剤耐性化しているので結核と同様、細菌感染症の中ではかなり厄介な存在として知られている。ゆえに新たなメカニズムによる殺菌法の開発は急務とされており、今回開発された手法は従来の抗生物質とは大きく異なるメカニズムを利用できるため着目に値すると筆者は個人的に考えています。)
- Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 3656 –3659. DOI: 10.1002/anie.200700068. (荘司らによるデコイ分子を用いた天然型P450の活性機能改変の第一報。具体的には本研究ではP450BSbを利用している。)
関連書籍
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関連リンク
- 名古屋大学理学部荘司研究室: 研究室HP