第111回のスポットライトリサーチは、金沢大学理工研究域バイオAFM先端研究センター 福間研究室の宮田一輝助教にお願いしました。
生活に一番身近な化学反応(化学過程)とはなんでしょうか? 筆者は、ズバリ“溶解”過程ではないかと考えます。例えば塩を水に入れると食塩水ができるわけです。しかし、我々はこういった溶解過程をどのくらい理解しているのかということに思索を巡らせてみると、原子レベルでは実はほとんどわかっていないと言っても過言ではない気がします。それも考えてみると無理のない話で、液中の表面を見る、言い換えれば“固・液界面という凝縮層と凝縮層の界面を原子レベルで観測する”ということがとんでもなく難しいからです。
福間先生の研究室では、溶液中の固体表面を原子レベルで観測できる周波数変調原子間力顕微鏡(Frequency Modulation-Atomic Force Microscope: FM-AFM)の開発をされています。特に液中FM-AFMの高性能化・高速化に注力されていて、徹底的に磨き上げた技術を生体分子や鉱物表面など、様々な対象に適用して成果を挙げられています。
今回の宮田助教の成果は、この高速AFMを使ってカルサイト(CaCO3)/H2O界面を原子分解能レベルで観測することにより、溶解過程における中間状態を発見したというものです。まさに開発されたAFMならではの成果で、溶解過程の真の理解に近づく非常に画期的な成果です。
いろいろなメディアで取り上げられている注目を集めている成果で、最近も独立にケムステニュースでも紹介されましたが、今回は著者の宮田助教に現場の声の寄稿をしていただきました。
“Dissolution Processes at Step Edges of Calcite in Water Investigated by High-Speed Frequency Modulation Atomic Force Microscopy and Simulation”
K. Miyata, J. Tracey, K. Miyazawa, V. Haapasilta, P. Spijker, Y. Kawagoe, A. S. Foster, K. Tsukamoto, and T. Fukuma
Nano Letter, 2017, 17, 4083−4089. DOI: 10.1021/acs.nanolett.7b00757
福間剛士教授からは宮田助教と本研究成果について以下のようにコメントをいただきました。
宮田一輝助教は,周波数変調原子間力顕微鏡を高速化するために,ハードウェアからファームウェア,ソフトウェアに至るまでの,様々な技術の開発に長年にわたって地道に取り組んできました。今回得られた画期的な成果は,まさに,その集大成と言えるでしょう。
それでは、宮田助教からの熱いメッセージをご覧ください!
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどのような研究ですか?
地球上に豊富に存在する結晶の一つに、カルサイト(組成式:CaCO3)があります。これは組成式から分かるように炭素を含んでおりますので、これが溶けることで空気中や海中の二酸化炭素濃度が徐々に変動し、環境に重大な影響を及ぼす一因となります。このような現象を正確に予測するために、まずはカルサイトがどのように溶解するかを原子レベルで調べる必要があります。これまでにも様々な実験が行われていますが、従来の技術では原子レベルの挙動を液中で直接観察することができなかったため、溶解の詳細なメカニズムに関する理解が得られていませんでした。
今回、我々は液中で原子の動きを直接観察することができる高速FM-AFMという装置を世界で初めて開発しました。また、これを用いてカルサイトの表面が溶けていく様子を原子レベルで観察することに成功しました(図1)。この結晶の表面には原子レベルで平坦なテラスと呼ばれる部分と、テラスの端にあるステップと呼ばれる段差が存在することが知られており、溶解に伴って移動するステップが捉えられています。さらに、このステップに沿って数nmの幅の遷移領域が、溶解過程の中間状態として形成されることを世界で初めて発見しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
FM-AFMは液中において原子分解能観察が行える技術ですが、その観察速度が1フレーム50秒程度かかっており、リアルタイム観察することが難しいという問題がありました。このFM-AFMはカンチレバーやスキャナ、周波数検出器など様々な要素技術で構成されており、この中の一つでも性能が低いと装置全体の速度が低下してしまいます。本研究の一番のポイントは、このようなFM-AFMに含まれる全ての要素技術を一つ一つ開発・高速化してきた点にあります。また、同時に低ノイズ性を確保できなければ分解能が悪化し原子スケールでの観察が困難になってしまいます。この「高速性」と「低ノイズ性」の両方を確保するために、電気回路の製作や機械部品の設計など様々な試行錯誤を行ってきました。これによって、従来の50倍である1フレーム1秒での原子分解能観察を実現しました。
実はこの研究は私が学生時代にメインテーマとして取り組んできたものなので、私の6年間(指導教員であった福間剛士先生はそれよりも前から取り組んでおられるので、実質10年間!)の集大成とも言える成果です。そのため、これまでに開発してきた全ての装置に強い思い入れがあります。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
カルサイト溶解時のステップ近傍に現れる遷移領域について、過去の文献を調べてみてもそのような現象の存在が報告されていなかったため、この遷移領域を解析する作業が一番難しかったです。この組成を明らかにするために、固体/液体の界面での分子動力学シミュレーションをご専門とされているフィンランドAalto大学のAdam S. Foster先生に遷移領域の解析をお願いしました。ここで、高速FM-AFMで得られた遷移領域が数nm程度の比較的広い幅を持っていたので、脱離前のイオンが長時間に渡って表面に安定的に滞在していると考え、どのイオンがステップ近傍で一番安定に存在するかをシミュレーションで調べてもらいました。
まずは単純なCa、CO3イオンを配置したモデルで試しましたが、これらは一瞬でステップから脱離するか、もしくはステップに吸収されて結晶の一部になり、安定的に存在しないという結果となりました。更に多くのモデルでシミュレーションを継続した結果、Ca(OH)2であれば長時間表面から脱離しないことを発見しました(図2)。確かに、カルサイト(CaCO3)と水(H2O)が化学反応することによってCa(OH)2が生じる可能性があります。その後、カルサイト上のCa(OH)2についてもう一度文献調査を行ったところ、溶解過程については言及していないもののその存在を裏付けるような実験やシミュレーションが多数報告されていました。このように、高速FM-AFMによる実験、シミュレーションによる解析をもとに、遷移領域の正体が溶解過程の中間状態として生成されるCa(OH)2であることを明らかにすることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
物理化学の分野の中でも、特に表面や界面に関する研究は未だ発展途上です。例えば今回のような鉱物の成長や溶解現象だけでなく、生体分子の動的挙動、金属腐食、触媒反応など、固体/液体の界面で生じる現象が身近に数多く存在するものの、そのメカニズムはまだ良くわかっていません。この理由として、界面を原子・分子スケールで直接観察できる方法が限られており、これらの手法によるリアルタイムでの計測が困難であったことが挙げられます。
今回、我々が開発した高速FM-AFMによって、液中におけるリアルタイム原子分解能観察が可能になりました。今後はこの装置を使って様々な界面現象を観察し、メカニズムを明らかにすることで、表面・界面分野のみならず、幅広い学術分野や産業の発展に貢献していきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私自身はもともと電気・電子系を専攻しており、大学の学部時代はそこまで化学の知識はありませんでした。化学を勉強するきっかけになったのは、電気・電子の知識を基に装置(原子間力顕微鏡)の改良に関する研究を始めたものの、肝心のデータが何を示しているのか分からないと意味が無いと気づいたことだったと思います。電気・電子と化学、両方の知識や技術があったからこそ、今回の研究成果に繋がったと感じています。
新しい発見を得るためには、一つの専門分野にこだわらず、幅広い知識を持つことが重要だと思います。学生の皆さん、研究者を目指される皆さんも、是非これまでに学んだことがない分野の知識習得にチャレンジしてみてください。
関連リンク
- 金沢大学 電子情報科学専攻 福間研究室
- 世界で初めて液中で原子の動きを観ることができる高速原子間力顕微鏡を開発!鉱物の表面が溶解する様子を原子レベルで捉えることに成功|金沢大学プレスリリース
- ケムステニュース|FM-AFMが実現!”溶ける”を原子レベルで直接観察
研究者の略歴
宮田 一輝(みやた かずき)
所属:金沢大学理工研究域バイオAFM先端研究センター 助教
専門:ナノ計測工学
略歴:2016年3月金沢大学自然科学研究科電子情報科学専攻博士後期課程修了、博士(工学)。日本学術振興会特別研究員(PD)、金沢大学博士研究員を経て、2017年2月より現職。