[スポンサーリンク]

chemglossary

蛍光異方性 Fluorescence Anisotropy

[スポンサーリンク]

[latexpage]

蛍光異方性(fluorescence anisotropy)とは溶液中で回転する分子の回転速度を割り出す分光法である。一定温度において回転速度は分子の大きさ(重さ)と深い関わりがあるため、回転速度から流体力学半径を計算することができる。化学の分野では化合物が複合体を形成した、または分解したときに流体力学半径の変化を調べることで間接的にその大きさの変化を見ることが可能になる。

 

概要

蛍光を示す分子に光を照射すると励起状態に達してやがて発光することはよく知られている事実だが、発光体は遷移双極子モーメントに沿った方向の偏光をよく吸収し、やがて発光の遷移双極子モーメントの方向の偏光を放出して失活する。S0→S1の励起であれば吸収と発光の遷移双極子モーメントは平行であるため、静止している分子の場合は入射光と同じ方向に偏光した蛍光を放出する。しかし、一般に溶液中の分子は溶媒からの衝突によって回転運動しているため、励起状態にいる間に遷移モーメントも回転し、蛍光は入射光と異なる偏光になる。

具体的に異方性$r$は次のパラメーターで表される。
\begin{equation} r = \frac{I_{VV} – GI_{VH}}{I_{VV} + 2GI_{VH}} \end{equation}
\begin{equation} G = \frac{I_{HV}}{I_{HH}} \end{equation}
$G$はグレーティングファクターと呼ばれる機器に固有の補正項である。$I_{VV}$は入射したverticalな偏光に対する蛍光のverticalな成分であり、$I_{VH}$は入射したverticalな偏光に対する蛍光のhorizontalな成分である。異方性$r$の分母は発光の全強度を表し、分子は発光がどの程度偏光しているかを表す。仮に分子が蛍光寿命に対して高速に回転していれば異方性$r$は0に近づき、逆に、回転速度がそれほど早くなければ異方性$r$は正の値をとる。

実験によって得られた蛍光異方性$r$と蛍光寿命$\tau$から回転相関時間$\theta$(回転速度に対応する)を次の式で計算することができる。
\begin{equation} \theta = \frac{r}{r_0 – r}\tau \end{equation}
ここで$r_0$、$r$はそれぞれ静止状態での蛍光異方性と測定された蛍光異方性である。さらに、回転相関時間$\theta$から流体力学半径$r_h$が計算される。
\begin{equation} \theta = \frac{\eta{V}}{k_BT} = \frac{4\pi\eta{r_h}^3}{3k_BT} \end{equation}
$\eta$、$V$、$k_B$、$T$はそれぞれ溶媒の粘性、分子の体積、ボルツマン定数、ケルビン温度である。流体力学半径は分子または複合体を剛体球とみなしたときの半径で、大きさに対応するパラメーターである。以上のようにして蛍光異方性の測定から分子の大きさを見積もることが可能である。

多くの場合で蛍光異方性$r$が正の値をとることを述べたが、これは吸収と発光の遷移双極子モーメントが平行に近い場合である。稀な例だが、吸収の遷移双極子モーメントと発光の遷移双極子モーメントの角度が直角に近いとき、蛍光異方性$r$は負の値をとる。下図の左はCRYPという分子がCB7という環状のホストやDNAと複合体を作っているときの蛍光異方性の時間変化を調べたものである。遊離のCRYPも複合体中のCRYPも蛍光異方性は負の数値になっている。励起パルス光の波長は375 nmで、この場合S0→S2の励起に近い。一方、発光過程までにS2はS1まで振動緩和されるため発光はS1→S0になる。この吸収と発光の遷移双極子モーメントは下図の右にあるように別の方向であり、(1)式に従うと蛍光異方性$r$は負の値になる。

[1]より

化学・生命科学への応用

蛍光異方性は先にも述べたように生体分子などの比較的大きな分子やその集合体に対して適応される。なぜならある程度大きい系でなければ蛍光寿命と回転相関係数の桁が同程度にならないからだ。回転相関係数に対して蛍光寿命が長すぎると回転が相対的に速くなるので蛍光異方性$r$は0に近い値をとる。蛍光異方性には様々なパラメーターが関係しているため、分子の大きさだけでなく、蛍光体を生体膜に埋め込んで生体膜内部の粘性を調べたり、タンパク質は高次構造が破壊されると直鎖に近づき球体力学半径が変化するためタンパク質が失活する過程を調べたりすることができる。

定常状態の蛍光異方性ダイヤグラムの例。Dansyl-cortisolがポリマーと複合体を形成しているのがわかる。 [2]より

参考文献

  1. R. K. Koninti; S. Sappati; S. Satpathi; K. Gavvala; P. Hazra, Chemphyschem, 2016, 17, 506-515. DOI:10.1002/cphc.201501011
  2. Murase, N.; Taniguchi, S.; Takano, E.; Kitayama, Y.; Takeuchi, T. J. Mater. Chem. B, 2016, 4, 1770-1777. DOI:10.1039/C5TB02069G

関連書籍

[amazonjs asin=”1489978801″ locale=”JP” title=”Principles of Fluorescence Spectroscopy”]

関連リンク

 

ferrum

投稿者の記事一覧

自称化学者(科学者)のタマゴ。興味はざっくりと物理と化学の境界分野。

関連記事

  1. ケージド化合物 caged compound
  2. 材料適合性 Material compatibility
  3. 二水素錯体 Dihydrogen Complexes
  4. ラマン分光の基礎知識
  5. 秘密保持契約(NDA)
  6. 銀イオンクロマトグラフィー
  7. 特殊ペプチド Specialty Peptide
  8. 指向性進化法 Directed Evolution

注目情報

ピックアップ記事

  1. 生合成を模倣した有機合成
  2. 赤絵磁器を彩る絵具:その特性解明と改良
  3. 化学知識の源、化学同人と東京化学同人
  4. ご注文は海外大学院ですか?〜準備編〜
  5. 光照射下に繰り返し運動をおこなう分子集合体
  6. トリフルオロメタンスルホン酸すず(II) : Tin(II) Trifluoromethanesulfonate
  7. イボレノリドAの単離から全合成まで
  8. MIを組織内で90日以内に浸透させる3ステップ
  9. 中学入試における化学を調べてみた
  10. Reaxys Ph.D Prize2019ファイナリスト発表!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年8月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

CIPイノベーション共創プログラム「未来の医療を支えるバイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第105春季年会(2025)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「未来の医療…

OIST Science Challenge 2025 に参加しました

2025年3月15日から22日にかけて沖縄科学技術大学院大学 (OIST) にて開催された Scie…

ペーパークラフトで MOFをつくる

第650回のスポットライトリサーチには、化学コミュニケーション賞2024を受賞された、岡山理科大学 …

月岡温泉で硫黄泉の pH の影響について考えてみた 【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい! というわけで、硫黄系温泉を巡る旅の後編です。前回の記事では群馬県草津温泉をご紹…

二酸化マンガンの極小ナノサイズ化で次世代電池や触媒の性能を底上げ!

第649回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院環境科学研究科(本間研究室)博士課程後期2年の飯…

日本薬学会第145年会 に参加しよう!

3月27日~29日、福岡国際会議場にて 「日本薬学会第145年会」 が開催されま…

TLC分析がもっと楽に、正確に! ~TLC分析がアナログからデジタルに

薄層クロマトグラフィーは分離手法の一つとして、お金をかけず、安価な方法として現在…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー