分子糊 (ぶんしのり、Molecular Glue) とは、2個以上のタンパク質の間を “糊” のごとく接着するような振る舞いを示す低分子化合物の総称あり、創薬分野において注目されているニューモダリティの一つです。
近年、PROTAC に代表されるタンパク質分解誘導剤が創薬における一大モダリティとして盛んに研究されています (PROTAC に関するケムステ記事はコチラ)。2010 年に東京工業大学 (当時) の半田宏教授らの研究グループから、かの有名な薬剤サリドマイド (図1) がユビキチンリガーゼのアダプタータンパク質の 1 つである CRBN (セレブロン) に結合して各種薬効や催奇形性などの副作用を発現することが Science 誌に報告されました。その後サリドマイドやその誘導体であるレナリドミド・ポマリドミドに代表される IMiDs (immunomodulatory drugs、図1) は、PROTAC 分子を形成する CRBN 結合ユニットとして汎用されるに至っています。これらの分子は、いわゆる分子糊として働くことがその後の研究により判明してきました。
図1 CRBNモジュレーターである IMiDs の構造式 |
PROTAC と分子糊の違い
タンパク質分解誘導薬の界隈では、さまざまな用語が飛び交っていて整理が難しくなっていると思います。では、PROTACと分子糊の概念の違いとは何でしょうか?
PROTAC は IMiDs などのユビキチンリガーゼ結合分子と、標的タンパク質 (ネオ基質) に親和性を有する分子を各種リンカーで結合し、分解誘導を引き起こすように設計されています。一方、分子糊はそもそも狙って設計されたものでなく、いわゆるフェノタイプベースアッセイによって偶然薬効 (または副作用) が確認され、その後の研究によってタンパク質間の相互作用を促進することが明らかになった低分子です。
サリドマイドはその単分子自体が、四肢の発生に重要な役割を担う SALL4 というタンパク質と CRBN を糊のごとく接着し、SALL4 の分解を促進するとこで催奇形性を発現することが、2018 年、2つの独立したグループによって報告されました (該当論文についてはコチラのブログで詳しく紹介されています)。また類縁化合物のレナリドミドは、転写因子 IKZF1 (イカロス) または IKZF3 (アイオロス) と CRBN を接着することで多発性骨髄腫などに対し薬効を発現します。
他の著名な分子糊としては、indisulam や E7820 (図2) などのインドール-スルホンアミド誘導体があり、それらは CRBN ではなくDCAF15 という別のユビキチンリガーゼアダプタータンパク質と相互作用し、RBM39 というスプライシング因子の分解を誘導することで抗癌作用を示します。
図2 分子糊として機能するインドール-スルホンアミド誘導体 |
どうも説明がタンパク質の分解誘導に偏りがちですが、分解誘導に拘らず、2種のタンパク質を結びつける低分子そのものが分子糊であり、PROTACはその特徴を応用したモダリティということになります。…自分で書いていてもちょっと分かりづらいと感じたので、ケムステと提携している MEDCHEM NEWS (日本薬学会 医薬化学部会部会誌) のオープンアクセス記事から概念図を引用転載させていただきました (図3)。また総説[1]からも概念図を引用しましたので、合わせてご覧ください (図4)。
図4中に明示されているように、分子糊はタンパク質分解誘導以外にも、タンパク質間相互作用の安定化、インタラクトームの調節、トランスポーターの阻害など、多彩な薬理作用を示します。
図3 分子糊とPROTACの違い-1 黒塗り部分が当該薬剤分子を示す。分子糊はいわば1種の低分子であるのに対し、PROTACは分子糊ともう一つの薬剤をリンカーで繋いでいる。 MEDCHEM NEWS 2021 年 31 巻 1 号 p. 36-40 |
図4 分子糊とPROTACの違い-2 (A) さまざまな低分子薬の作用点 (B) PROTACに代表される “bi-valent” 分子 (C) 分子糊のさまざまな作用 オープンアクセス総説 [1] より引用 |
分子糊のアドバンテージと課題
PROTAC 分子は、分解誘導を司るユビキチンリガーゼ複合体と、標的としたいタンパク質 (ネオ基質) のそれぞれに結合する部分構造が必須であり、更にそれらの部分構造を繋ぐリンカーが必要となるため、必然的に分子量が大きくなりがちです (いわゆる中分子化合物程度)。分子量が大きいということは、薬物動態学的な各種問題 (膜透過性、水溶性、血液脳関門透過性などの低下) が起こりやすくなります。また、各部分構造を結びつけるリンカーの設計 (長さ、物性など) も薬効を左右する要因となります。 一方で、分子糊はサリドマイドに代表されるよう低分子量の化合物でも実現することができます。これは『リピンスキーの「ルール・オブ・ファイブ」』を満たしやすいなど、従来の蓄積されてきた低分子創薬の概念が応用可能であることを意味しており、近年ホットな創薬モダリティの中でも異彩を放っています。
しかし、実質的に分子糊の合理的設計は困難であり、その発見は作用機序の遡及的な解明 (サリドマイドもその一例) や偶然 (セレンディピティ) に依存するなど、課題は山積しています。
分子糊の探索
近年はハイスループットスクリーニングによる分子糊の発見も成功するようになっており、例えば Li らは3375個の低分子をスクリーニングし、オートファゴソームのLC3タンパク質とハンチントン病の責任タンパク質ハンチンチン (HTT) の変異型との相互作用を促進する分子糊 (変異 HTT をオートファジーにより分解する) を見出し、Nature 誌に報告しました [原著論文2] 及び[総説3]。図5 に示すように、やや重い原子を含むものもあり分子量が500前後とはなっていますが、どれもそれなりに単純な低分子化合物であることが見てとれます (筆者の感想: 正直こんな分子が Nature に乗るなんて…) 。オキシインドールやクマリン誘導体など、意外にも合成容易な化合物群が有用な分子糊として機能することは、非常に驚きに値します。
図5 ハンチントン病責任タンパク質 HTT に対する分子糊[3] |
おわりに
繰り返しますように、分子糊の”ウリ”は 図1 や 図5 に示すほどの低分子であるということだと思います。図5に示した 10O5 や AN1 と類似する 3-置換オキシインドール誘導体は、HTT のみならず同様の異常凝集タンパク質であるα-シヌクレインとの相互作用も示されており[4]、「タンパク質間を結びつける」ものに関しては、今後も、意外な低分子が “分子糊” として再発見される可能性が高いと考えられます。分子糊は、まさに低分子の創薬可能性を押し広げるポテンシャルを有しており、今後も更なる発見・応用が期待されるモダリティの一つではないかと期待されます。(構造多様性はともかく、アカデミア創薬においては citation を稼げる当たれば美味しいモダリティかも?)
参考文献
[1] Hongyu Wu et al., Acta Pharmaceutica Sinica B, 2022, 12(9), 3548-3566, DOI: 10.1016/j.apsb.2022.03.019.[2] Zhaoyang Li, et al., Nature, 2019, 575, 203–209, DOI: 10.1038/s41586-019-1722-1.
[3] Evita G. Weagel, et al., Medm Chem. Res, 2022, 31, 1068–1087, DOI: 10.1007/s00044-022-02882-2.
[4] Wenhua Chu et al., J. Med. Chem, 2015, 58 (15), 6002–6017, DOI: 10.1021/acs.jmedchem.5b00571.
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