前回の記事で、分子の点群の種類とその帰属方法について紹介しました。分子の対称性により親しんでもらえるように、本記事では100 以上の分子の構造を示します。それらの点群をノンストップで帰属して、点群ナーズハイになりましょう。
分子の点群の帰属方法
前回の記事で、点群の種類を紹介しました。そして、点群を帰属するためのフローチャートを紹介しました。
初めて学ぶときは手順が多すぎて困惑するかもしれませんが、点群をグループ分けしてみるとそれほど難しいことはありません。そのグループ分けとその特徴は次の通りです (前回の記事も参照)
1: 対称性が低い点群 = 回転軸を持たない
2: 対称性が高い点群 = 正多面体に関連している. あるいは C3 以上の次数の回転軸を 2 つ以上持つ
3: 軸性点群 (Cn系) = 回転軸を 1 つだけ持つ
4: 二面性点群 (Dn 系) = 主軸となる回転軸をもち, 主軸をもとに上下ひっくり返しても元の像と重なる
グループ分けの方法は、回転軸を探すことです。もし回転軸が一つも見つからなければ、それは対称性が低い点群でしょう。もしも回転軸がとりあえず 1 つ見つかったならば、もっと回転軸を探します。もしC3 以上の次数の回転軸を 2 つ以上みつかったら、それは対称性が高い点群です。もしも回転軸が一つだけしか見つからなかったら、それは軸性点群 (Cn 系) でしょう。もしも主軸に垂直な C2 軸が見つかったら、それは二面性点群 (Dn 系) です。二面性点群のもう一つの見分け方は、分子を主軸をもとにひっくり返してみることです。もしもひっくり返した分子が元の像と重なるならば、それは二面性点群になります。
上のグループ分けを帰属出来たら、その大グループのなかで実際の点群を帰属します。例えば、対称性が低い点群には C1, Cs, Ci の 3 種、対称性が高い点群にはOh , O, Td, Th, T, Ih, I の 6 種, 軸性点群には Cn , Cnv, Cnh の 3 種, 二面性点群には Dn, Dnd, Dnh の 3 種があります。対称性が高い点群に関しては種類が多く感じるかもしれませんが、それらの点群の分子はあまりで出会うことはない (ので代表的な分子とその点群の対応をいくつか覚えておけばテストには対応できる) と言ってもよいでしょう。もし軸性点群や二面性点群であれば、まず水平鏡面を探します。もし見つかれば、それは Cnh か Dnh であり、その他の対称要素を見つける必要はありません。もし水平鏡面が見つからず、垂直鏡面のみが見つかった場合は、それは Cnv か Dnd です。もし鏡面が見つからなければ、それは Cn か Dn です。それぞれの点群の特徴については前回の記事もご覧いただください (過去記事: 分子の点群を帰属する)。
では 100 本ノックに行きましょう! 100 の分子構造を載せた後で、それらのなかからいくつかについて私が分子の点群を帰属する方法を紹介して、その後答えをお見せします。注意点として、それぞれの分子の描かれた配座のものを考えることとします。配座によって点群が変わるものがあるので、「この分子はこの点群に属する」と決めつけることはできません。
解説
では、上の分子を例に挙げながら分子の点群を帰属してみましょう。はじめに考えるのは 19 番の二核マンガンカルボニル錯体です。フローチャートに従って、点群を帰属してみます。はじめに、次数が一番大きい回転軸を探します。Mn-Mn 結合に沿った C4 軸が見つかります。主軸が見つかったら、次のステップに備えて視点を変えてみます。いろいろな見方がありますが、私のおすすめは主軸から見下ろすことです。こうすることで、C 系の点群と D 系の点群の見分けが簡単にできます。
次に大まかなグループを同定します。主軸が見つかった時点で、低対称性系の点群ではありません。そして主軸となる C4 軸の他には C3 よりも大きい回転軸がなさそうでなので、高対称性の点群ではありません。つまり C 系か D 系の点群に分類されるはずです。C か D の見分け方は分子の表裏をひっくり返してみることです。このとき、元の像と重なればそれは D 系の点群になります。ここで注意点。「表裏をひっくり返す」とは、分子を主軸から見下ろした図において、画面上の任意の C2 軸で分子を回すことを意味します。水平鏡面操作を行うことではありません。そもそも、D 系の分子の特徴は「主軸に垂直な C2 軸を持つか」なのです。
ただし、C2 軸の位置をズバリと的中させるのが難しいこともあります。なので、頭の中で考えやすい軸をテキトーに決めて、分子を C2 回転してみる、というのが「表裏をひっくり返す」の意図です。そのあとで、主軸に沿った回転によって、分子が元の像と重なるならば、それは D 系の分子ということになります。今回の例ならば、とりあえず OC-Mn-CO 結合に沿った軸で回転してみるのが考えやすいでしょう。OC-Mn-CO 結合に沿った軸で回転させてみると、分子は元の像とは重ならないことがわかります。しかし、主軸の沿って分子を 45 度回転させると元の像と重なります。したがって、この分子は D 系の分子ということになります。実際には、C2 軸は下の図のように OC-Mn-CO 結合の隙間に存在します。しかし、これを一撃で見つけることが難しい場合もあるので、とりあえず主軸に垂直なテキトーな軸で C2 回転を施してから、主軸に沿ってくるくる分子を頭の中で回転させながらそれが元の像と重なるかを調べる方が簡単かもしれません。ただし主軸以外の軸で回すのは駄目です。
次に鏡面を探します。水平鏡面はなさそうです。しかし、主軸から見下ろした図からわかるように、垂直鏡面は存在します。以上のことから、この分子の点群は D4d と結論できます。
慣れてくると、この分子では「上の Mn と下の Mn で OC-Mn-CO 結合が互い違いになっていて、いかにも四角アンチプリズム型なので D4d である」と一撃で帰属することもできます。
48. trans-1,4-ジクロロシクロヘキサン
次に椅子型配座の trans-1,4-ジクロロシクロヘキサンについて考えます。上と同様のステップで分子を分析すると、これは C2h であるとわかります。
ここで、注意するべきは、表裏をひっくり返すときです。主軸に垂直な適当な軸で C2 回転をしてみる (表裏をひっくり返す) と、一見もとの分子と似た像が得られます。しかし、よく見ると、もしも塩素をプロペラの刃と見立ててみると、刃の向きがひっくり返す前と後で違っています。上の例だと、ひっくり返す前は刃 (C–Cl 結合) は反時計回りを向いていますが、ひっくり返すと刃 (C–Cl 結合) は時計回りになっており、ひっくり返した前と後では分子は重なりません。つまりこの分子は C 系の分子です。あとのステップは特に注意する点はなく、水平鏡面をうまく見つけることができれば、これが C2h だと帰属することができます。慣れてくると、上の模式図に示すようにこの分子は平面二枚刃付きプロペラに見ることができ、C2h だと一目で帰属することもできます。
51. テトラフルオロキュバン
この分子は次のように C3v と帰属出来ます。点群マスターならば三角錐のようにフッ素が並んでいることを見抜き、さらにその他の原子が三角錐の対称性を崩さないことを確認し、即座に C3v と帰属することもできます。
58. 1,3-ジクロロアレン
例のスキームに従ってこの分子を分析すると、これは C2 であるとわかります。
95. タングステン二核錯体
熟練者であれば、この分子が三角柱型であることを即座に見抜き、D3hと即答できるかもしれませんね。
答え
では、全ての答えをお見せします。どうしてその点群になるのかは前回の記事と上の説明を参照していただきたいと思います。ただし、帰属は私が自分で行ったので間違っているかもしれません。間違っているな、と思ったらぜひコメントでお知らせください。
おつかれさまでした。
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