分子の対称性を理解することは、分子の結合や分光学的性質などを理解するのに欠かせません。この記事では、分子の対称性の分類方法である点群についてそれぞれお話しして、分子の点群の見分け方を伝授しようと思います。
以前の記事で、そもそも群とは何かについてお話しして、分子の対称操作が群をなすことをお話ししました (過去記事: 群ってなに?)。そして、分子の対称操作がなす群は「点群」と呼ばれることを紹介しました。今回の記事では、その点群の具体例と命名法についてお話しします。各論的なので読み物としては面白くないかもしれませんが、なるべくストーリー性をつけて覚えやすいように工夫しました。それでは、対称性が低い点群から見ていきましょう。
対称性が低い点群たち
言葉で説明するよりも、実例を見た方が早いでしょう。あえて言葉で説明するならば、回転軸を持たず、さらにE以外の対称操作を1つしか持たないものです。具体的には次の3つです。対称性がまったくない点群 C1 = {E}、対称中心だけをもつ点群 Ci = {E, i}、鏡面を1つだけ持つ点群Cs = {E, σ}です。ここでの点群の書き方について注意点。Cs = {E, σ}と書いたとき、左辺 Cs は群の名前です。カッコで囲んだ右辺{E, σ}はその群の要素 (つまり対称操作) です。この記事では対称操作をわざわざ列挙することはありませんが、多くの教科書ではそのような書き方に倣って対称要素を紹介しているので覚えておくとよいでしょう。
軸性点群 (Axial point group) Cn, Cnh, Cnv, Sn
回転軸あるいは回映軸を1つだけ持つ点群は軸性点群に分類されます。その回転軸のほかに鏡面がある場合、その鏡面がどこにあるかによってさらに Cnh かCnvに分類されます。まずは鏡面がない最もシンプルな場合から順に説明します。
Cnは軸つき刃つきn枚プロペラ
回転軸を1つだけ持ち、その他の対称性操作がない点群をCnと言います。Cn点群の形は模式的に「軸つき刃つきn枚プロペラ」と見ることができます。竹とんぼを想像してみてください。竹とんぼにおいて手で持つ部分が軸で、上の羽根の部分がプロペラとみなせます。なので竹とんぼは「軸付き2枚プロペラ」なわけですが、このプロペラに尾ひれのような刃をつけたものが「軸つき刃つき2枚プロペラ」です。厳密には竹とんぼのプロペラは平らでなくて少し傾いているので、刃をつけなくてもC2対称ですが、ここではプロペラは平らなものとします。あとででてくる「らせんスクリュー」ではプロペラが傾いているものとします (Dn の項目を参照)。
具体的な分子例としては、過酸化水素 H2O2 や下図のような配座のトリエチルアミン N(CH2CH3)3 があげられます。
Cnh は平面刃つきn枚プロペラ
Cn点群に水平鏡映面を足した点群は Cnh点群と呼ばれます。Cnh点群の形は平面刃つきn枚プロペラと単純化することができます。Cnのときと違って、軸がなくなったことで水平鏡映面が対称要素に加わっているのです。
例えば、1,8-ジブロモナフタレンはC2hで、ボロン酸B(OH)3はC3hです。1,8-ジブロモナフタレンの場合は、ベンゼン環がプロペラの本体になっていて、ブロモ基が刃になっていると考えると、平面刃つき2枚プロペラに見ることができます。
Cnvはn角錘
Cn群に垂直映面を足した点群はCnvと呼ばれます。Cnv群の形は、「n角錐」と単純化することができます。ただしCn群やCnh群と比較するならば Cnv群は刃がない「軸つきn枚プロペラ」と見ることもできます。Cnv点群では、Cn点群に垂直映面を足しているため、プロペラの「刃」がなくなっているのです (Cn点群では、軸つき刃つきn枚プロペラだったことを思い出しましょう)。例えば先に例を挙げた竹とんぼは、刃のない軸付き2枚プロペラなので、C2vと見ることができます。C2vでは対応する多角錘がないため、刃なし軸付きプロペラとして認識する方が分かりやすいかもしれません。ただし、後に出てくるDnhやDndと比較するならn角錐と見る方が分かりやすいため、基本的には「Cnvはn角錘」と覚えた方がよいでしょう。
Cnvの分子の例にはアンモニアNH3 (C3v) や五ヨウ化臭素 BrI5 (C5v) があります。NH3の形は見るからに三角錐ですし、BrI5は軸つき5枚プロペラですね。もう一つの例として円錐の形もCnvとして類の一つとして認められることを挙げておかなければなりません。このとき n は無限大であり、分子の軸に沿ったあらゆる回転に対して分子が対称であることを意味します。例えば、異核二原子分子であるCOはC∞vです。
Snは刃つきn/2角アンチプリズム
軸性点群の最後の例は Snです。この点群では対称要素が Sn (とSnから出来る Cn/2) しかありません。この点群を持つ物体を簡略した図形で説明するのは難しいのですが、あえていうなら刃つきn/2角アンチプリズムと言えるでしょう。もし n = 8 であれば、四角アンチプリズムとなります。ちなみにアンチプリズムとは、角柱の上面と底面をねじれさせたような立体です。具体的な分子の例には、1,3,5,8-テトラメチルシクロオクタテトラエンなどがあります。
なおSn群の n は偶数しかありえません。逆に言うと、n が奇数の Sn 群を考えようとすると、別の点群になってしまうのです。というのも Sn で n が奇数のときは、(Sn)n = σhであり、水平鏡面が対称要素に加わるからです。水平鏡面が存在するということは、もはやその物体は「n/2角アンチプリズム」よりも高い対称性をもっているからです。
以上のCn, Cnh, Cnv, Snが、軸性点群の例になります。繰り返しになりますが、これらの点群では回転軸は主軸となるもの一つだけです。
二面性点群 (Dihedral point group) Dn, Dnd, Dnh
主軸となるCn軸にくわえて、それに垂直な C2 軸を n 個持つ群を二面性点群と呼びます (もし分子が複数回転軸を持つ場合、次数が最も大きい方の軸を主軸と呼ぶことも思い出しておきましょう. 主軸は必ず次数が大きい方の軸です)。主軸 Cn に垂直な C2 軸を n 個持つことを「n C2 ⊥ Cn」と表します。 ここで注意点。「主軸に垂直な C2 軸を n 個持つ」からといって、C2 軸を n 個を探し出す必要はありません。なぜなら C2 軸を 1 つ見つけたなら、対称性の性質上自動的に C2 軸が n 個存在することになるからです。詳しくはこちらの記事を参照 (分子の対称性が高いってどういうこと?)。
“二面性点群” という名前が表すように、これらの点群には表と裏を区別することができません。具体的には主軸の上下をひっくり返してみても元の像に重なります。というのも、”ひっくり返す” という操作は C2 回転そのものだからです。なので、「主軸に垂直な C2 軸を n 個持つ群を二面性点群」といいましたが、「主軸の上下をひっくり返しても元の像に重なる群を二面性点群」と言い換えても問題ありません。それでは、二面性点群の具体例を見ていきましょう。
Dn は n 枚らせんスクリュー
主軸とそれに垂直な C2 軸しか持たない点群は Dn 群と呼ばれます。これは二面性点群 (Dn 系点群) で最も基本的な点群になります。この点群に属する分子は、「n 枚らせんスクリュー」に単純化できる場合が多いです。このとき、スクリューの羽根はやや傾いているものとします。スクリューの羽根が傾いていることは、羽根の中点を通る C2 対称軸は崩しませんが、水平鏡面や垂直鏡面を崩します。このことが、あとで紹介する DnhやDnd との違いを生みます。
具体的な分子の例には、ビフェニルやトリス(エチレンジアミン)錯体があげられます。ビフェニルは2つのベンゼン環が傾いているので、2 枚らせんスクリュー型です。エチレンジアミン錯体も下の図のように主軸から見ると、エチレンジアミンがらせん状に配置していることがわかります。ちなみに、ビフェニルにおいて2つのベンゼン環が90度には交わっているときは、鏡面が生まれるため別の点群(D2d)になります(後述)。
Dndは n角アンチプリズム
Dn 群に垂直鏡面を加えた点群を Dnd と呼びます。水平鏡面が存在してはいけません。Dnd 群は、「n 角アンチプリズム」と見ることができます。主軸に垂直な C2 軸の位置に注目しましょう。下に示す「主軸から見た図」にあるように、多角形が重なったときにできる窪みの部分にC2軸 (青点線) が通っています。Cnv 群との名前の違いにも注意しましょう。Cn 群に垂直鏡面を加えた点群は Cnv でしたが、Dn群に垂直鏡面を加えた点群をDndです。最後の添え字が違います。
この点群の分子には、例えばねじれ型配座のエタン (D3d) 、ねじれ型配座のフェロセン (D5d) などがあげられます。角柱がねじれているので、水平鏡面は存在しません。
Sn群が刃つきn/2角アンチプリズムの形を持っていたことを思い出すと、刃がなくなった Dnd 群は Sn 群よりも対称性が高い群であると言えます。Dnd群とSn群の共通点は回映軸が存在することです (Dnd 群の場合は S2n 軸)。Sn群とDnd群の違いは、垂直鏡面と主軸に垂直なC2軸の存在の有無です。Sn群には刃があり、垂直鏡面を崩します。
Dnh は n 角柱
Dn 群に水平鏡面を加えた点群を Dnh と呼びます。この点群は「n 角柱」と見ることができます。Cnhとの違いに注意しましょう。Cnhは平面刃つきプロペラでした。Cnh から刃を取ることで主軸に垂直な C2 軸が生まれ、Dnh になるのです。
この点群の分子は例えば三フッ化ホウ素 BF3や重なり型配座のルテノセンRuCp2 があります。また、Cnv点群においてn=∞を取れたのと同様に、Dnhでもn=∞を取れます。D∞hは円柱に見ることができ、具体的な分子にはアセチレン C2H2 のような対称的な直線分子があげられます。
Dnhの目印は、(1) 主軸、(2)主軸に垂直なC2軸、(3)水平鏡面の3つの対称要素が目印となる点群です。しかし、それらの対称要素を持つことで、自動的に垂直鏡面やS2n軸も存在することになります。
対称性が高い点群たち
これまで考えてきた点群は、ある一つの回転軸(主軸)を中心に持ち、そこに、一つか二つの対称要素を足すことで、他の対称要素が生成されるような点群でした。そして、主軸以外に回転軸があったとしても、それは C2 軸に限られていました。もし次数が 3 以上の回転軸が 2 つ以上ある場合、それは “対称性が高い特別な点群” と分類できます。実は、そのような点群はそれほど多くありません。そしてそれらの対称性が高い点群は、それぞれ対応する正多面体が存在するため、その多面体と点群を対応付けながら覚えるとよいでしょう。
まずはどのような正多面体が存在するかを復習しておきましょう。そもそも正多面体とは、次のような性質を持つ立体です。
- 全ての面が正多角形体 (正三角形, 正方形, 正五角形 etc..) である
- 全ての面が等価である
- 全ての辺が等価である
- 全ての頂点が等価である
ここで “等価である” とはもちろん、対称操作で関連付けられることを意味します。最初に正三角形を頂点に持つ正多面体の可能性について考えてみましょう。このとき、頂点に集まる正三角形の数は、3,4,5 の3パターンしかありえません。なぜなら、そもそも頂点に3つ以上の面が集まらないと立体を構築できませんし、もし6つ以上の正三角形が集まってしまうと、それはもはや平面になってしまうからです (正三角形の内角は60度で、6つそれが集まると360度)。頂点に正三角形を3つもつ立体は正四面体で、頂点に正三角形を4つもつ立体は正八面体で、頂点に正三角形を5つもつ立体は正二十面体です。
次に正方形を面にもつ正多角形について考えましょう。実はこれは1パターンしかなく、頂点に3つの正方形が集まるしか場合しかありえません。その時にできる立体は立方体です。もし4つの正方形が一点に集まると、平面ができてしまうためそれ以上正四角形を頂点に集めることはできません。同様に、正五角形を頂点に持つ立体を考えると、頂点に3つ集まる場合しかなく、それは正十二面体です。
というわけで、正多面体には以上で説明した5つしかありません。それぞれの点群についてみていきましょう。
正四面体はTd
正四面体に関連付けられる点群をTdといいます。Tdには、次の対称要素が存在します。
正四面体の中心と頂点を通るC3軸 x4
正四面体の辺を含む鏡面 x6
正四面体の向い合う辺の中点を通るC2軸とS4軸 x3
Tdから鏡面を取り除いた点群をTといいます。Tは対称要素として回転軸しか持たないため、T点群を持つ分子はキラルです。T点群に属する分子の例には、下に示す四面体型のケージ化合物があります。
T に対称中心を加えた点群を Thといいます。Th 群では、Td 群の対称要素に加えて 3つの直交する鏡面も持ちます。Th点群の分子の例には、例えば次のようにヘキサピリジン錯体があげられます。
T 系の点群と他の高対称性点群の違いは、T 系の点群には C3 より高い次数の回転軸が存在しないことです。例えば、上の Th 群のヘキサピリジン錯体を見てみましょう。この錯体は、6 配位 “八面体” 構造を取っているため、一瞬 「O 系の点群かな?」 と考えてしまうかもしれません 。しかし、この錯体には O 系に特有の C4 軸が存在しないため、O 系には属せないのです (次の項目を参照)。
正八面体はOh
正八面体に関連付けられる点群を Oh といいます。Oh には以下の対称要素があります。Oh 群と他の高対称性点群との違いは、C4 軸の存在です。
正八面体の頂点を通るC4軸とS4軸 x 3
正八面体の面の中心を通るC3軸とS6軸 x 3
正八面体の辺の中点を通るC2軸x6
正八面体の4つの辺を含む鏡面 σh x 3
2つのσhの二面角を二等分する鏡面σd x 6
正八面体の中心の対称心
Ohは基本的には八面体に関連付けられると覚えておいて問題ありませんが、実は別の多面体もOhに属します。その多面体とは立方体です。立方体の頂点を切り取ってみると八面体ができることを考えると、立方体が Ohの対称性を崩さないことが分かります。
Ohから鏡面を取り除いた群をOといいます。しかし具体的な分子の例は、見当たりませんでした苦笑。コメント欄にて募集しています。
正二十面体はIh
正二十面体 (Icosahedron) に関連付けられる点群を Ihと言います。Ihには次の対称要素があります。I 系点群の特徴は C5 軸の存在です。
向かい合う頂点を通るS10 軸とC5軸 x 6
向かい合う三角形の面の中心を通るS6軸とC3軸 x 10
向かい合う辺を二等分するC2軸 x 15
三角形の頂点を二等分する鏡面 x 15
Ihの I は icosahedron の i ですが、実は最後の一つの多面体である正十二面体も Ihと同じ対称性を持ちます。ちょうど正八面体と立方体の関係と同様です。二十面体の頂点と正十二面体の面の中心が重なると、全ての対称要素が重なるのです。正十二面体における対称要素の位置を羅列すると次のようになります。
向い合う五角形の面の中心を通る S10 軸とC5軸 x 6
頂点を通る S6軸とC3軸 x 10
向い合う辺を二等分するC2軸 x 15
五角形の頂点を二等分する鏡面 x 15
Ih点群に属する分子の例として、もっとも単純なものは 正二十面体構造を持つ [B12H12]2-でしょう。また、フラーレン C60 も Ih 点群に属します。
Ih から鏡面を取り除いた群を I といいます。例えばある種のウイルスの構造は I 群に属します。下に示すのは、Human Rhinovirus 16 です。青く示されている部分の中心には C5 軸が、赤と緑が交わっている部分には C3 軸が、Z字型のような緑の部分の中心にはC2軸が存在することが見えるかと思います。
まとめ
というわけで長くなりましたが、以上が全ての点群になります。分子の点群を帰属する方法としては、多くの教科書では次のようなフローチャートが載っています。
今回の記事は、そのフローチャートの手順に沿って解説したため、フローチャートが今回の記事のまとめとして適切でしょう。分子の点群を帰属する際には、はじめに主軸になる回転軸 (=最も次数が高い回転軸) を探します。もしも主軸が見当たらないならば、それは対称性が低い点群でしょう (Cs, Ci, C1) 。もし主軸が見つかれば、さらなる回転軸を探します。もし主軸以外に回転軸が存在しなければ、それは軸性点群 Cn, Cnh, Cnv, Sn となります。もし主軸の上下をひっくり返しても分子が元の像に重なるなら (すなわち主軸に垂直な C2軸が存在するなら)、それは二面性点群 Dn, Dnd, Dnh であるでしょう。 もしも n > 2 の回転軸が複数あるならば、それは対称性が高い点群になり、対応する多面体を見つける必要があります。
このフローチャートは便利なのですが、試験で分子の点群を帰属しなければならないときには、チャートそのものを “暗記” するのは煩わしいかもしれません。しかし、点群の名称とその分類の仕組みを理解していれば、チャートを暗記したことと同等の効果が得られます。一方で、空間認識能力と記憶力に自信がある人は、分子を簡単な図形 (軸付きプロペラ, n角柱, etc) に単純化してからその簡単な図形の点群を一撃で帰属する方が簡単かもしれません。初めのうちは難しく感じるかもしれませんが、何度も反復練習することで慣れてきます。というわけで、何度も反復するために、次回の記事では点群を帰属する練習問題を100問用意しました。乞うご期待。
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- 波動-粒子二重性 Wave-Particle Duality: で、粒子性とか波動性ってなに?
参考文献
- 本記事の内容は主に次の書籍を読んで学んだ知識を利用しています. より詳細に学びたい人はこちらをあたるとよいでしょう. 値は張りますが, 下に Amazon のリンクも張っています: Cotton, F. B Chemical Applications of Group Theory, 3rd edition;Wiley.
- Rhinovirus の画像: Hadfield, A.T., Lee, W., Zhao, R., Oliveira, M.A., Minor, I., Rueckert, R.R., Rossmann, M.G. Structure 1997, 5, 427-441. DOI: 10.1016/s0969-2126(97)00199-8
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Chemical Applications of Group Theory