2022.05.10 追記: 本記事の内容に関し、製薬企業においてPROTAC関連研究に携わっていた 宗像 亮介 様より頂戴したコメントを追記しました。ありがとうございます!
創薬困難な標的とは
創薬の根幹は、ターゲット (標的) となる生体分子を決定するところから始まります。基本的な創薬標的としては酵素・受容体・イオンチャネル・トランスポーターが挙げられ、いずれもタンパク質から成っています。それらはいずれも特異的に結合可能なリガンドを有しており (リガンドが不明なオーファン受容体などもありますが)、いわゆる基質特異性によって機能的な働きを示します。そのようなタンパク質に対しては、リガンドの構造を模倣することによって活性化剤 (アゴニスト) や阻害剤 (アンタゴニスト) を設計することが可能となります。
しかしながら、明確なリガンド結合部位を持たず、創薬標的にすることが困難なタンパク質が多数存在します。そういったタンパク質群は「Undruggable Target = 創薬困難な標的」と呼ばれています。Undruggable* なタンパク質の代表例として、転写因子やスプライシング因子などが挙げられます。このようなタンパク質は低分子リガンドが高選択的に結合するようなポケットを持たない (図1) ため、従来の技術をもって創薬標的とすることは難しいと考えられていました。その数は全タンパク質の7~8割にのぼるとされています。
*Undruggble と似た言葉に “druglike” がありますが、”druglike” は化合物 (リガンド) ベースで見た薬としての適性を指し、標的タンパク質側を指す “druggable/undruggable” とは異なる概念となります。
図1. 従来の創薬標的と undruggable target
Undruggable な標的の代表に RAS があります。RAS はがん細胞において高頻度に変異の見つかる遺伝子の代表格です。GTP結合タンパク質であることから、GTP 結合阻害剤を用いた RAS 阻害薬の研究が進められてきたものの、有効な化合物は見出されず、長い間 undruggable target とされてきました。しかし 2021年、米国の製薬大手アムジェンは RAS アイソタイプの一つである KRAS のG12C 変異陽性非小細胞性肺癌における治療薬としての阻害剤ソトラシブ (ルマケラス®, 図2) の製造販売承認を米国 FDA から受けました。KRAS は細胞増殖に関わるタンパク質の一種であり、変異 KRAS ではその増殖シグナルの調節がうまく機能しておらず、無尽蔵に癌細胞が増殖し続ける状態に陥るため、その阻害は癌細胞の増殖抑制手段として有効であるとされています。
図2. KRAS阻害剤ソトラシブ
Undruggable target に対する創薬: プロテインノックダウン
ソトラシブのような薬剤の開発成功例は非常に稀であり、なおも数多くの undruggable target が残されています。そんな undruggable target を無理矢理にでも創薬標的にしてしまえる技術がプロテインノックダウンです。ライフサイエンスにおけるノックダウンとは、遺伝子の転写・翻訳・発現量を減少させる操作のことを指し、遺伝子を破壊するノックアウトと対で用いられる用語です。ノックアウトと異なり短時間かつ簡便な操作で目的の遺伝子の働きを減少させられることが利点とされます。これを低分子化合物の働きによって実現させようとする試みがいわゆるプロテインノックダウンとされています。プロテインノックダウン技術にはさまざまな方法論が提唱されていますが、次項ではそのフロントランナーである PROTAC について簡単に解説します。
追記1:
「PROTAC は、“undruggable” 標的を狙う技術と言われますが、“undruggable” が何を意味するのか明確でない場合もあり、注意が必要だと思っています」
Proteolysis Targeting chimera (PROTAC)
PROTAC (プロタック: proteolysis targeting chimera) は、標的とすべきタンパク質への結合性を有する分子と、タンパク質分解酵素であるユビキチン E3 リガーゼへの結合性を有する低分子を適切な長さのリンカーで連結した、標的タンパク質の分解を誘導する低〜中分子化合物の一種です。PROTAC を代表とするタンパク質分解誘導薬は、近年、注目の創薬モダリティの一つとして取り上げられることが多くなってきました。なおPROTAC® は Arvinas Operations, Inc., の登録商標ですが、一般的なモダリティとして汎用されているため、ここでも一般名詞として扱わせていただきます。
PROTAC 化合物には、ユビキチン E3 リガーゼとして VHL (von Hippel-Lindau tumor suppressor) や CRBN (セレブロン) を認識する低分子構造が組み込まれています。CRBN 認識低分子として有名な化合物はサリドマイドです。CRBN はサリドマイドの悪名高き副作用である催奇形性の標的タンパク質でもありますが、近年は PRTOAC のためのリクルート部位としての認識が強くなってきました。サリドマイドの類縁体として、レナリドミドやポマリドミドといったフタルイミド化合物も PROTAC に用いられます。
例えば、末端に CRBN 結合低分子であるサリドマイドを有し、適切なリンカーを介して、標的としたい undruggable target に僅かにでも結合する低分子構造を導入した分子を合成します。この場合、特異的リガンドのような数 nM の結合定数を持つ直接的阻害剤でなくても問題ありません。
追記2:
- 『仮想的に「僅かに親和性がある分子」でよいとした場合、同程度の親和性で結合する off-target タンパク達を分解するリスクも高くなってしまいます』
図3 undraggable targetに対する PROTAC 分子の設計
リクルートされたユビキチン E3 リガーゼと標的タンパク質が PROTAC 分子を介して接近することで、標的タンパク質はポリユビキチン化されます。すると、ポリユビキチン化されたタンパク質をプロテアソームが認識し、タンパク質を分解へと導きます。この一連の過程は 2004 年のノーベル化学賞の受賞テーマともなっている確立した生命現象ですが、それを特定のタンパク質を狙って誘導するところが PROTAC 技術の特筆すべき点です。
図4 PROTAC 分子によるターゲットの分解誘導
当然ながら、PROTAC 分子の創出には、僅かでも標的タンパク質との親和性を持つ分子と、それとユビキチン E3 リガーゼ結合分子を結ぶリンカーの緻密な設計が必要とされます。ここで重要となるのが有機合成化学の技術です。理論上は各タンパク質に親和性を持つ分子をリンカーで連結させるだけで PROTAC 分子が出来上がるようにも思えますが、現実はそう簡単ではありません。
両リガンドやクロスリンカーのわずかな構造的な違いは、POI および E3 リガーゼへの結合や複合体形成に影響を及ぼします。そのため、標的分解化合物の設計は容易ではありません。このような背景から、構造が少しずつ異なる多数の類似体ライブラリが合成され、標的分解に最適な PROTAC または分解誘導化合物を見つけ出すために細胞でスクリーニングされています。
Merck webサイト「標的タンパク質分解のためのPartial PROTAC」より引用
さらに、PROTAC 分子の膜透過性や細胞内動態なども未だ改善すべき問題とされており、それらの解決に向けても鋭意研究が進められています。
追記3:
記事では「ポケットがない標的を狙う技術」と示唆されていますが、違和感を感じるメドケムも少なくないかもしれません。 実際、 臨床段階にあるPROTAC(参考; see p. 2)の標的はbinderが公知で、以下のように薬効や安全性の向上が主な期待です。
より強力な薬効:特定サイトへの結合に基づく機能修飾を超える薬効を期待。
- KT-474 (vs. IRAK4阻害剤; Kymera; 参考)- 分解によりキナーゼ活性だけでなく、scaffoldタンパクとしての機能も阻害
- KT-333 (vs. STAT3阻害剤; Kymera; 参考) – Druggabilityが高いSH2ドメインへのbinderを用いて分解を誘導
- ARV-110 (vs. AR antagonist; Arvinas; 参考) – 分解により遺伝子増幅や過剰発現等による耐性の克服を期待
- NX-2127 (vs. BTK阻害剤; Nurix; 参考) – BTKに加えてAiolos/Ikarosも分解し、耐性克服を含めたより強い/幅広い薬効を期待
安全域向上:E3 ligaseの組織選択的発現を利用して作用機序由来の毒性を回避
- DT-2166 (vs. Bcl-2/Bcl-xL阻害剤; Dialectic; 参考) – 血小板での発現が少ないE3 ligase (VHL)を使うdegraderで組織選択的に活性を発現
PROTAC以外のタンパク質分解誘導剤
他に標的遺伝子のノックダウンする方法としては、RNA干渉 (RNA interference: RNAi) を用いたものがありますが、RNAi では効果の発現におおよそ数日かかるのに対し、プロテインノックダウン技術では数分〜数時間程度で目的タンパク質のノックダウンが完了するという利点もあります。そういう点を鑑みると、PROTAC に代表されるタンパク質分解誘導薬の研究はこれからも精力的に進められていくと予想されます。
PROTAC 以外にも、SNIPER (specific and nongenetic IAP-dependent protein eraser) やAUTAC (autophagy-targeting chimera)、molecular glue (分子糊) といったいずれもキャッチーな名称を持ったタンパク質分解誘導技術が多数開発されています。PROTAC で汎用される CRBN 以外の ユビキチン E3 リガーゼや、オートファジーなどその他の分解メカニズムをベースとしているため、PROTAC では設計が難しい場合や抗がん活性などの付加機能を持たせたいときに役立ちます。各種プロテインノックダウン法について深く学びたい方には、こちらの書籍がおすすめです。
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タンパク質分解誘導薬は、分子サイズとしては中分子にあたり、また各結合部位およびリンカーの設計には低分子医薬品の知識が必要となってきます。こういった点で、従来のメディシナルケミストがそのノウハウを活かして創成にチャレンジできる非常に面白い創薬モダリティであると感じます。一方で、数多くあるユビキチン E3 リガーゼのうち、プロテインノックダウンに実用化されているのはほんの数種類なので、いかに設計が難しいのかも見て取れる気がします。まだまだ in vitro でプロテインノックダウンを行ったときの副作用・有害事象も定かではありません。「すべてのタンパク質」を創薬標的とするために、さらなる研究の発展を願ってやみません。
関連項目
有機合成化学協会誌2020年5月号:特集号 ニューモダリティ;有機合成化学の新しい可能性