2014年、ノーベル化学賞が超解像度顕微鏡で授与されたためイメージング技術に注目が集まりました。その後もさまざまな顕微鏡が開発され、進歩し続けています。
昨年、ベンチャー企業のIDDKがクラウドファンディングでワンチップ顕微鏡AminoMEの出資を募っていたため、(私物として)買ってみました。ちょっと使ったまましばらく放置していましたが、せっかくお金を出したのでここでレビューを書いてみたいと思います。
ワンチップ顕微鏡とは?その仕組みと従来光学顕微鏡との違い
IDDKのホームページによると、ワンチップ顕微鏡は光学センサー上に観察対象をのせて直接画像として読み取る技術のようです。通常の顕微鏡ではサンプルをレンズ越しに読み取るのに対し、AminoMEでは4.7 mm×3.2 mmのセンサーを用いて分解能1.2 μmで読み込むことができます。公式ソフトで保存できる画像が最大4208×3120 pxなので、スペック的にオンセミ AR1335か似たようなエリアイメージセンサーを使っているものと思われます。
この方式のメリットとしては光学系が単純なためシンプルで小さな構成にできることやピント合わせが不要なことです。実際、AminoMEはUSBメモリーよりちょっと大きいサイズの装置です。デメリットとしては可視光波長による理論限界により画素ピッチを0.7 μmより小さくできないことでしょう。実際、現行スマホ用カメラセンサーも最小そのぐらいまでのようです。このスペックは光学顕微鏡の分解能よりわずかに悪いとはいえ、実用上ではだいたい似たようなものだと思われます。
実際に使ってみました
AminoMEを実際に使ってみました。観察対象は理科の実験授業などでもおなじみの口腔上皮細胞です。綿棒で頬の裏側をこすり、センサー上に載せて観察してみました。照明はiPhoneのライトを上からあてるだけです。
AminoMEを使った観察にはWindows版のみの専用ソフトが必要で、他のOSでは動きません。Windows上ではUSBカメラとして認識されるようですが、OS標準のカメラアプリやOpenCVで動かすことはできませんでした。画像保存形式はRAWのみのため、ImageJやIrfanViewなどの対応ソフトでTIFFやJPEGなど汎用形式に変換する必要があります。あんまり使い勝手いいとは言えません。
観察中は左下に範囲が表示され、等倍、1/2倍など画素に応じた倍率を設定できます。家で撮影したため染色は行なっていませんが、等倍表示では核まできちんと確認できました。かなり鮮明です。普通の明視野光学顕微鏡でこの手の非染色サンプルのピント合わせは難しいイメージがあるので、一発で観察できるのはけっこうなメリットだと思われます。
ラズパイカメラで同じようなことはできないか?
約10年前、ニコンからD600というカメラが発売されました。シャッターを切れば切るほどセンサー上についたゴミが写ることで有名になったものの、なぜかリコールされずに個別交換対応となった曰くつき製品です。私も買ってしまったため、せっかく撮った旅行先風景写真の青空が、特にレンズを絞った際にはゴミだらけになっていた思い出があります。エリアセンサー上に観察物を直接のせるAminoMEは、似たような基本原理で透過像を得ているのだと思われます。むき出しのエリアイメージセンサーさえあれば同様の観察ができると思い、実際にやってみました。
Raspberry Pi Camera V2はRaspberry Pi(ラズパイ)専用のカメラで、使われているソニーセンサーIMX219はAminoMEの公称スペックによく似ています。Pi Cameraはラズパイ上でプログラム撮影するのに便利で、AminoME同様の目的で使えるならば自由度が増すことが予想されます。このモジュールは3500円程度なので研究費で気軽に買えるお値段です(記事のものは私物ですが)。Pi Cameraにはもともと簡易なレンズが接着されていますが、爪を入れて剥がすとセンサーをむき出しにできます。センサーにAmazonでも手に入るカバーガラスをのせたあと、その上に綿棒をすりつけて観察してみました。(センサーとカバーガラスの間にはギャップができたため、イメージセンサーにも使えるカメラレンズクリーナー液を間に垂らしました。)
撮影した画像がこちら。照明条件は同じくiPhoneのライトです。レンズを剥離する際にIRカットフィルタも外されるため、カラー画像では余計な赤外光を拾って赤みがかります。拡大しない限り細胞の形はそれっぽく見えています。
しかし等倍表示したところ像がボケていました。これは前述のようにセンサー・観察対象間の距離があるからだと思われます。ここまできたらとカバーガラスを取り去り綿棒に水を含ませてセンサー上に直接落として観察したところ、かなり鮮明に細胞を見ることができました。しかしセンサー周辺部へと徐々に水滴が広がってワイヤー配線に触れたせいで、ショートが起こりカメラモジュールが壊れたために画像未取得のまま打ち切りました。
感覚的に、Pi Cameraのセンサー周辺のワイヤーをエポキシ樹脂(接着材)などで固めて絶縁をきちんとすればAminoME同等のものを安くDIYできる気がしますが、カメラモジュールを買い直してまで家でやるのは面倒なのでやめました。仕事の実験環境では細胞をまったく扱わないのですが、例えばマイクロ流体デバイスなど研究する機会があれば再度挑戦するかもしれません。
ところでラズパイ+Pi Cameraはプログラムを書き込んだmicroSDを挿すだけで簡易USBカメラとして用いることができます。こちらはWindowsでもMacでもLinuxでも動きます。
- Show-me webcam: An open source, trustable and high quality webcam (GitHub)
- Raspberry Pi Zero USB Webcam
現状のプログラムでは全画素の表示に対応しておらずHDなどに縮小されてしまいますが、数μm程度の解像度でよければAminoMEより使いやすいUSBデバイスを自作できるかもしれません。半導体不足の影響で在庫切れが続いているものの、ラズパイUSBカメラは全部で5千円程度から組めます。特別なプログラミング知識はまったく必要としないので興味をもったら試してみてください。
今後のAminoMEに期待すること
AminoMEは現在55,000円で公式販売されているようです。センサー部分に対しどの程度の独自カスタマイズが加えられているのかわかりませんが、個人的にはハードウェアをアップデートしていくよりも先にソフトウェアの使い勝手をよくするか、API公開でプログラムに組み込みやすくして欲しいと感じました。画像処理でさまざまなデータが簡単に得られるようになってきている現在、自由にプログラム制御できる装置は重要です。私は仕事ではサブμm以下を観察することがほとんどのためAminoMEは趣味?でしか使えません。だからこそいろいろ遊びやすくなることを期待しています。
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