hodaです。酵素はすごい触媒だなあと思っています。
今回は学部の物理化学等で学ぶ、酵素触媒反応における生成物の生成速度を求めるミカエリス・メンテン機構の話です。
ミカエリス·メンテン機構とは
ミカエリス・メンテン機構(速度論)は1913年にドイツの生化学者Leonor Michaelisとカナダの生化学者Maud L. Mentenによって提案された1,2、酵素触媒反応の生成物の生成速度に関する速度論です。
酵素触媒反応の特徴としては、基質濃度に対して酵素の濃度が3桁以上小さい場合にも顕著な触媒能を示すこと3や、10-8Mという小さい濃度であっても生体反応に影響を与えることが挙げられます4。よって、酵素は非常に効率的な触媒であり、生命維持に欠かせない生体分子と言えるでしょう。
モデル
多くの触媒反応の反応速度は次のように振る舞うことが知られていました3,4
①基質濃度が小さいときは基質濃度に比例 v0 = k[S]
②基質濃度が大きいときは基質濃度に依存せず、一定の値に近づく v0 = v max
ミカエリス・メンテン機構では、上の酵素反応速度の振る舞いを説明するために下記のようなモデルを考えます。
登場人物
E…酵素 (enzyme の頭文字の E)
S…基質 (substrate の頭文字の S)
ES…酵素―基質複合体
P…生成物 (product の頭文字の P)
すなわち、酵素 (E) と基質 (S) が出会うと、まず複合体 (ES) を形成します。その複合体は、酵素と元の基質に分かれて逆戻りすることもありますが、生成物 P を与えることもできます。ただし生成物を与える場合も、酵素は酵素のままです。つまり酵素自身は反応の前後で変化しないので、触媒として働いているわけです。
ミカエリス・メンテンの式の導出(定常状態近似を用いる方法)
これから生成物の生成速度を求めます。上のモデルでは生成物P は酵素-基質複合体から生成します。したがって、生成物P の生成初期速度v0 は、酵素-基質複合体の濃度に比例するはずです。
したがって、酵素-基質複合体の濃度の濃度 [ES] さえわかれば、生成物P の生成初期速度v0が求まります。
ミカエリス·メンテンの式は大まかに次の手順で導かれます。
(1) 定常状態近似を利用して酵素-基質複合体の濃度を求める
(2) 酵素-基質複合体の濃度を一次の速度式を代入する
(1) 定常状態近似を利用して酵素-基質複合体の濃度を求める
まず[ES]を求めにいきます。これには、定常状態近似という近似を用います。
[ES]について
によりESが消費されても
の右に進む反応により ES が新たに生成するので、[ES]は一定に保たれると考えられます。このように多段階反応において、中間体の濃度が一定であるとみなす近似を定常状態近似といいます。自分のノートにはd[ES]/dt = 0の意味を書き忘れて訳分からなくなっていました。濃度一定ということは、濃度の時間微分がゼロであることを意味するので、数式で表すと次のようになります。
酵素Eは存在している形が異なるだけなので、酵素 E と酵素—基質複合体 ES の濃度の和は一定で、Eの初期濃度に等しいはずです。Eの初期濃度を[E]0とすると、次のように式に表せます。
[E] + [ES] = [E]0
[E]0 は既知の数字なので、上の式を式変形すれば、式の未知数の数を一つ減らすことができます。上の式を [E] についてとくと次の式が得られます。
[E] = [E]0 – [ES]
丁寧に式を変形して、[ES] について解きます。
目的であった、酵素基質複合体の濃度 [ES] を求めることができました。しかし、もう少し式を整理したいので、
とおいてみます。KMはミカエリス定数と呼ばれます。KM がどういう値であるかは、あとで詳しく調べるとして、とりあえず KM を用いて[ES]の式をさらに整理していきます。
オレンジで囲われた式の形式も、緑で囲われた式の形式も同じことを表していますが、どちらの形式も後で使います。
(2) 酵素-基質複合体の濃度を一次の速度式を代入する
v0を導出することができました。v0はオレンジで囲った形でも緑で囲った形でも表せるように、いくつかの形式で表すことができるので、その後の式展開で便利な方を使いましょう。
次にv0の式を用いて①基質濃度が小さいとき②基質濃度が大きいときの特徴を調べます。
①基質濃度が小さいとき [S] << KMより
k3、[E]、KMは一定なので、反応物の生成速度は基質濃度[S]に比例します。
②基質濃度が大きいとき [S] >> KMより
右辺に[S]がない、つまり反応物の生成速度は基質濃度[S]に依存しません。これは酵素に対して基質の量が非常に多いと、ほとんどすべての酵素が複合体を形成するからです。このとき、もし全ての酵素が複合体を形成しているなら、このときの酵素反応の速度は最大速度 vmax であるはずです。したがって基質濃度が非常に高いときは、酵素反応は最大速度を示し、その値は vmax = k3[ES] といえます。vmax を利用すれば、ミカエリス・メンテンの式を表し直すこともできます。
以上より、ここで導出した式は、記事の冒頭で紹介した実験事実を説明できていることがわかります。
ミカエリス定数KMの意味
さきほど、KM という定数を導入しましたが、この定数がどういう意味を持つのか考えてみましょう。やや唐突ですが、[S] = KM とおきます。そうすると、v0 の式の分母が整理され、v0 = vmax/2となります。
つまり、 酵素反応の初速度が最大速度の半分になるような基質濃度[S]が KM に対応していたわけです。
基質濃度と生成速度の関係は図1のようなります。
一次直線のプロット作る
vmax や KM を実験的に求めるにはどうればよいでしょうか。ミカエリス・メンテンの式を変形して、それらの値を傾きに含むような一次直線のプロットを作るのが常套手段です。ミカエリス・メンテンの式の逆数をとって、式変形していきます。
次に1/v0と1/[S]を軸としたグラフを描いてみます。
この生成速度と基質濃度の逆数をとったグラフをラインウィーバー-パークプロットといいます。このプロットの切片から 1/vmax が得られ、傾きと切片から KM を求めることができます。
終わりに
近似は今回紹介した定常状態近似だけでなくて、前駆平衡を使っているものもありました。ここでは競合阻害などは考えていないですが、阻害剤などを足してより複雑なモデルも構築できます6。
今回はここまで。
阻害剤を入れた場合については次の記事をご覧ください(酵素触媒反応の生成速度を考えるー阻害剤入りー)
参考文献
- 岩澤康裕、北川禎三、濱口宏夫、化学・生命科学系のための物理化学、東京化学同人、2003
- 功刀滋、内藤晶、生命科学にための物理化学15講、講談社、2018
- 中野元裕ほか、アトキンス物理化学(下)第10版、東京化学同人、2017
- 寺嶋正秀、馬場正昭、松本吉泰、現代物理化学、化学同人、2015
- 田中一義、ボール物理化学(下)、化学同人、2005
- 多比良和誠、二村泰弘、加藤 卓、反応スキームを眺めて簡単に解ける酵素反応速度論、https://gair.media.gunma-u.ac.jp/dspace/bitstream/10087/10735/1/Vol7-1_%EF%BD%9047-56Taira.pdf , 2016
全体の参考も同上