MOF-5 は MOF という愛称が明瞭に与えられたはじめての金属-有機構造体です。二次構造素子の概念を提唱し、MOF の研究分野の火付け役になった最重要構造体といっても過言ではありません。高い空隙率に関わらず堅牢な構造を持ち、その BET 表面積はサッカーコート半面程度である 3800 m2/g に及びます。高い表面積を利用したガス貯蔵として注目されるだけでなく、二次構造素子のクラスターでの金属交換やリンカーのメタル化などの合成後修飾の土台にも利用されます。
歴史的背景: MOF-5 以前の配位性構造体は脆弱
複数の配位部位を持つ配位子と金属イオンを用いて連続的な錯形成を行うことで、無限に広がったネットワーク構造を作ることができます。そのようなネットワーク構造を作る合成化学は、1990年ごろから盛んに行われてきました1。しかし、当時の構造体の金属部位は、一つの金属イオンの周りを、単座性の配位子が囲んだものがほとんどでした。 その結果、合成される構造体の構造は、配位子をつなぐ金属の幾何構造に大きく依存していました。また、それらのネットワークは構造として脆弱でした。真空引きやネットワーク内のゲスト交換により、構造体が崩壊することがほとんどだったのです。
MOF-5 が報告される前の 3 次元の配位性構造体に用いられた配位子の例. 4,4’-ビピリジン (bpy) やゲルマニウムスルフィド Ge4S104–, 2が配位子に用いられました. グレーは炭素, 青は窒素, 黄色は硫黄, 緑はゲルマニウムを表します.
4,4’-ビピリジンは, 直線状の橋かけ部位として作用するため, 用いる金属の幾何構造によって様々な構造体を形成できます. 例えば四面体構造を取る金属を連続的につなぐと, ダイヤモンドに類似した構造を形成できます3. 上の図では孔内に存在するカウンターアニオンの PF6 を省略しています. グレーは炭素, 青は窒素, 茶色は銅を表します.
構造設計: 八面体型の多核金属クラスターを素子に利用
Yaghi らは多座配位子であるカルボキシレートを用いて多核金属クラスターを形成させることで、単一の金属イオンを繋ぎ目とするよりも強固な構造体ができると考えました。さらに、多核金属クラスターを繋ぎ目に利用することで、ネットワークの広がり方が単一の金属の幾何配位に制限されず、クラスター特有の連結方法が可能になると考えました。
この概念を示すため、Yaghi らは、Zn2+ と安息香酸から形成される四核亜鉛クラスター分子 Zn4O(O2CC6H5)6 4に着目しました (下図左端)。このクラスターは、6 つの安息香酸が 4 つの Zn2+ を繋いだ四核亜鉛クラスターであり、安息香酸のカルボキシレートを頂点に見立てた八面体とみなすことができます。カルボキシル基を一つしか持たない安息香酸ではなく、カルボキシル基を 2 つ持つ p-ベンゼンジカルボン酸 H2(bdc) [bdc2– = 1,4-benzenedicarcoxylate] (別名: テレフタル酸) を利用すれば、この金属クラスターを3次元的に接続できると考えられます。
四核亜鉛クラスターが, 八面体の構造素子に利用できると考えました.
Yaghi らは、Zn(NO3)2 と H2(bdc) と少量の過酸化水素水の DMF/クロロベンゼン混合溶液にトリエチルアミンを拡散させることで、上述の四核亜鉛クラスターが三次元的に連結された三次元構造体を合成することに成功しました。Yaghi らは、この構造体を MOF-5 と名付け、Nature 誌に 1999 年に報告しました5。
Yaghi らは MOF-5 の亜鉛クラスターのように配位子の一部と金属により形成される構造体の繋ぎ目を二次構造素子 (secondary building unit: SBU) と名付けました。MOF-5 によって示された SBU の概念は、三次元構造体の合成設計を一層多様化しました6。
構造: 八面体の単純格子
SBU である四核亜鉛クラスターの中心には O2– が存在し、O2– を中心とする四面体の頂点には Zn2+ が 4 つ並びます。そして、それぞれの Zn2+ は 3 つのカルボキシレートに配位されており、それぞれの Zn2+ は四面体構造を取っています。カルボキシレートを中心に考えると、それぞれのカルボキシレートは 2 つのZn2+ に配位しています。単一の SBU あたり、6 つのカルボキシレートが存在しており、カルボキシレート炭素を結ぶと八面体ができあがります。そのため、この SBU は八面体の頂点方向に接続方向を持つ連結素子とみなすことができ、MOF-5 の構造を下の中央の図のように簡略化することができます。
性質: 堅牢であり高い空隙率を有する
この構造体はこれまでの配位性三次元構造体よりも堅牢です。300 ºC 加熱真空引きによってゲストを除いたあともその結晶性を保っており、完全に溶媒が除かれた後の結晶に対しても単結晶 X 線回折により分析できます。そして、その構造が加熱真空引きの前後で変わらないことも確かめられました5。
空隙率の高さにより、X 線回折から見積もられた結晶の密度は 0.59 g/cm3 という低さを誇ります。これは、MOF-5 が報告された 1999 年当時の結晶性化合物の中でもっとも低い密度であったとされています。MOF-5 の孔体積はガス吸着測定により 0.61–0.54 cm3/cm3 と見積もられ、0.18–0.47 cm3/cm3 の孔体積を持つゼオライトよりも高い多孔性を持つことが確かめられました。合成方法の改良や MOF のガス吸着測定方の進展によって、BET 表面積は 3800 m2/g におよぶことが確かめられています7。サッカーコートの広さが 7100 m2 程度であるので20 、MOF-5 は 1 g の中にサッカーコート半面程度の表面積を有することになります。
類似構造体
金属の多様性
Be2+ や Co2+ からも同様の構造体は合成できます9。また、典型的な Zn2+ からなる構造体であっても、合成後修飾によって SBU あたり 1 つの Zn2+ を他の第一遷移金属に置換できます (後述)。
配位子の多様性
H2(bdc) 配位子に側鎖を導入したり、配位子のベンゼン環の数を増やしても、同様の構造体が形成できます8。側鎖の導入により、表面の官能基化や表面の性質の調整をできます。また、配位子の長さを変えることで、孔の大きさを調節できます。ただし、長い配位子を利用すると、合成条件によっては構造体が相互貫入して孔を埋める場合もあります。
MOF-5 と同様の構造体を形成可能な配位子の例.8
応用1: 低温下での水素吸着
高い表面積により、MOF-5 の結晶の 77 K での総水素貯蔵量は 100 bar でおよそ 70 g/L に及びます7。これは、液体水素と同等の密度 (71 g/L) に相当します。ただし、MOF-5 の報告以降、上述の条件において、MOF-5 より高い水素吸着能を示す構造体も報告されています10,11。くわえて、MOF-5 の水素吸着力は室温下での著しく低下するため、より現実の世界に近い温度条件で高いガス吸着能を示す構造体の開発が求められています。
MOF-5 の水素吸着等温線. 吸着等温線のデータは文献 7 から抜粋. 水素ガス密度は NAIST のデータベースから引用.
応用2: SBU での金属交換
MOF-5 を金属塩の溶液に浸すと、SBU の 4 つの亜鉛のうち 1 つがその金属に置換されることがあります。具体的には、Co2+, Ni2+, Ti3+, V2+, V3+, Cr2+, Cr3+, Mn2+, Fe2+ などを導入できます12–14。例えば SBU に導入された Fe2+ は、NO などの小分子と酸化還元反応を起こします14。SBU の四核金属クラスターの 1 つの金属に着目すると 、それは tren 錯体 のような三脚型 4 配位錯体の酸素類似体であると見ることができます。したがって、MOF-5の SBU での金属交換は、 錯体種を堅牢な結晶性構造体に埋め込み、固体材料へ変換する好例といえます。
応用3: リンカーのメタル化によるη6-アレーン錯体の合成15
リンカーのベンゼン環を η6-アレーン錯体の足場として利用し、リンカーをメタル化することができます。具体的には MOF-5 をヘキサカルボニルクロム Cr(CO)6 の蒸気に晒すことで、 ピアノ椅子型の(η6-bdc)Cr(CO)3 錯体を MOF-5 の骨格に取り付けることができます。さらに N2 フローや H2 フローのもとでの光分解により、そのCO 配位子の 1 つは N2 や H2と配位子交換されることが確かめらました。これらは、本来ならば不安定な化学種を MOF の孔内で単離できることが示した例となります。
合成法7
テフロンで口を巻いた 100 mL のガラス瓶に49 mL の DMF と 1 mL の水を加える。その混合液にZn(NO3)2 · 6H2O (0.45 g, 1.5 mmol) とテレフタル酸 H2(bdc) (0.083 g, 0.50 mmol) を溶かす。ガラス瓶を閉め、それを 100 ºC のオーブンで 7 時間加熱する。加熱後、ガラス瓶を室温に冷ます。これ以降の操作は、不活性雰囲気下のグローブテントで、無水溶媒を用いて行う。混合物の上澄み液をデカンテーションにより取り除き、新しい無水 DMF 50 mL を加えて、固体を 8 時間浸す。この DMF 洗浄を 3 回行ったら、同様に無水ジクロロメタン DCM による洗浄を3回行う。最後の DCM 洗浄の後、無色の結晶をろ過により回収し、150 ºC で加熱真空引きすることで孔内の溶媒を除去する。
- 上述の合成法は、最初に Yaghi らが MOF-5 を報告した方法よりも高い表面積を有する構造体を与えます。
- 構造体を合成するときには、SBU の中心の酸素源として水が必要ですが、合成後には、少量の水の存在によって構造体の結晶性や表面積が低下します。合成するのは簡単ですが、意外と扱いが難しい化合物です。
小噺: MOF-5 は一番初めの MOF?
MOF-5 と並んで古くから知られている MOF として、HKUST-1 と呼ばれる構造体があります。HKUST-1 は MOF-5 よりも僅かに早くに、香港科技大学 (Hong Kong University of Science and Technology, 通称 HKUST) の Williams らにより報告されました21 (MOF-5 は 1999 年 11 月, HKUST-1 は 同年 2 月)。また HKUST-1 やMOF-5 が報告される以前より、Yaghi らは自身が合成した化合物を metal-organic frameworks と呼ぶことはありました19。したがって、MOF-5 は一番最初の MOF ではないと考えられます。
しかし、”metal-organic frameworks” の略称である “MOF” をこの化合物群の愛称として露骨に使い始めたのは、筆者が調べた限り、1999 年の Nature 誌への MOF-5 の報告が最初だと思われます。なお MOF-5 以前に Yaghi らにより合成された metal-organic frameworks は、MOF-5 を報告した後になって、MOF-216, MOF-317, あるいは MOF-418などと命名されているようです6 (ただし、筆者の知る限り、それらの化合物はあまり有名ではありません)。
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