MOF-74 は六角形の一次元のチャネルを有したハニカム構造をもつ金属-有機構造体です。六角形状のチャネルの頂点には配位不飽和サイトが高密度に並ぶため、その金属とゲスト分子の相互作用を利用して、高いガス吸着機能や触媒機能を示します。たとえば、チャネルを拡大させた類似構造体にジアミンを装填させた化合物は、二酸化炭素を分離する材料として期待されています。
歴史的背景: 柱状の SBU をもつ MOF の一種として報告
2005 年に Yaghi らが柱状の二次構造素子 (secondary building unit, SBU) を持つ一連の金属-有機構造体 14 種 (MOF-69からMOF-80) を報告し 、そのなかで Zn(NO3)2 と H4(dobdc) [dobdc4– = 2,5-dioxidiobenzene-1,4-dicarboxylate] から合成される構造体を MOF-74 と名付けました1。同年、Co2+ も同様の構造体を形成することをFjellvåg らが報告しました2。その後 Mg2+, Mn2+, Fe2+, Cu2+, Ni2+, および Cd2+ からなる MOF-74 が報告されています (列挙した金属の順に文献 3–8)。
なお Yaghi らは 2005 年の報告でこの構造体を MOF-74 と名付けましたが、同様の構造体は、CPO-27 (CPO は coordination polymer of Oslo の意味) 、M2(dobdc), あるいは M2(dhtp) [dhtp4– = 2,5-dihydroxyterephthalate] などとも呼ばれており、MOF 研究者の間でもこの種の構造体の呼称は統一されていません。この記事では、金属の種類と配位子の名称を明示できる組成式表示 M2(dobdc) も併用しています。
上述のように、Yaghi らは MOF-74 と同時に MOF-69 から MOF-80 までを同時に報告しましたが、 そのなかでもMOF-74 は現在でも特に活発に研究されています。 つまり、連番で報告された化合物群の中で MOF-74 だけが有名になっているだけで、筆者の知る限り、74 という番号に特別な意味はないと思われます。
構造: ハニカム構造の頂点に配位不飽和金属を高密度に備える
M2(dobdc) は全体としてハニカム構造を取っています。六角形の頂点には、一次元の無限金属多核クラスターが形成されています。右上の図に示すように、 カルボキシレート基の一つの酸素とヒドロキシド酸素は、一つの金属をキレートしつつ、それぞれが別の金属に配位しています。もう一つのカルボキシレート酸素は、一つの金属のみに配位しています。全ての金属は結晶学的に等価で、c 軸に沿うらせん操作によって隣り合う金属同士が対応づけられます。
この構造体が合成された直後は、それぞれの金属には DMF などの溶媒が配位しており、それぞれの金属は 6 配位八面体を満足しています。しかし、合成後に、DMF を低沸点溶媒であるメタノールなどに交換し、その後 MOF を加熱真空引きすることにより、金属部位に配位した溶媒を取り除くことができます。その結果、5 配位四角錐構造の配位不飽和な金属部位 (open metal sites, coordinatively unsaturated metal sites) を形成できます。この配位不飽和部位は、ガス分子などと相互作用できます。M2(dobdc) は、配位不飽和サイトを高密度に持つため、 他の構造体と比べて、二酸化炭素3、メタン9、水素分子4、オレフィン10などのガスに対して優れた吸着能を示します。
類似構造体
金属の多様性
H4(dobdc) 配位子を使った場合、多様な金属により構造体を形成します。具体的には、Mg2+ や 後周期第一遷移金属 (Mn2+, Fe2+, Co2+, Ni2+, Cu2+ , Zn2+) が利用可能です。第二遷移金属や第三遷移金属は一般的に速度論的に不活性なため、Cd2+ を除いて M2(dobdc) を形成することが知られていません。
配位子の多様性 1: 最大で 11 のベンゼン環を持つリンカーを利用可能
配位子のベンゼン環の数を増やしても、同様の構造体が形成されます11。一般的に、長すぎる配位子を利用すると、構造体が相互貫入して孔を埋めることがありますが、ハニカム構造を持つ MOF-74 は、たとえ配位子が長くても構造体が相互貫入することができません。そのため、最大で 11 つのベンゼン環が連なった配位子を用いることも可能です。その際には、六角形のチャネルの孔径は 98 Å にも及びます。大きな径を設計することで、ビタミン B12 のような大きい有機分子から、ミオグロビンや緑色蛍光タンパク (GFP) などの巨大生体分子を取り込むこともできます。なお、下の図において、配位子のベンゼン環の数が多くなるとアルキル鎖が導入されている理由は、配位子の有機溶媒への溶解性を上げるという、合成上の理由です。
配位子の多様性 2: 安価な位置異性体により金属の電荷密度上昇
H4(dobdc) の位置異性体の H4(m-dobdc) [m-dobdc4– = 4,6-dioxido-1,3-carboxylate] からも類似した構造体が形成されます。 官能基の位置の変化は、金属部位の電荷密度をわずかに向上させます。そのため M2(m-dobdc) は M2(dobdc) よりも高い水素貯蔵能力12,13や高いオレフィン/アルカン分離能14,15を示します。 H4(m-dobdc) は安価なレゾルシノール (TCIで 2500円/5 g) から Kolbe-Schmitt 反応によって 1 ステップで得られるため、工業的にも研究室レベルでも従来の H4(dobdc) よりも安く入手できます。
応用例: ジアミンを装填したMg2(dobpdc) による協働的 CO2 分離
MOF-74 の配位不飽和部位そのものをガス吸着に利用するのではなく、配位不飽和部位にガスと化学反応できる小分子を配位させることで、従来の物理吸着よりも強い相互作用 (化学吸着) によりガスを捕捉することができます。たとえば 2つのベンゼン環をもつリンカーにより形成された M2(dobpdc) [dobpdc4– = 4,4’-dioxidobiphenyl-3,3’-dicarboxylate] をジアミンのトルエン溶液に加えると、配位不飽和部位にジアミンの片末端を配位させることができます。
このジアミンを装填した MOFは、二酸化炭素 (CO2) を協働的に捕捉できることが示されました16,17。すなわち、CO2 雰囲気下で徐々に温度を下げるあるいは CO2 分圧をあげていくと、ある閾値を超えた点で、急激に CO2 を取り込みます (下図 (a))。CO2 を取り込んだ後、その材料を加熱、あるいは材料を減圧条件に置くことで CO2 を回収することができるため、CO2 を分離する技術として注目されています。
このような協働的なガスの吸着は、生体内の酸素運搬を担うヘモグロビンの酸素吸着でも利用されるように、ガス貯蔵において大きな利点があります。それは、より小さい圧力や温度のスイングによって、吸着されたガスを取り除くことができることです。従来のラングミュア型の吸着の場合、完全な脱着には温度を上げ切る、あるいは圧力を下げ切る必要があります (下図 (b))。しかし、協働的なガス吸着を利用すると、閾値までの圧力・温度スイングによって、ほぼ全ての容量を回収できます (下図 (c))。
(a) N,N’-ジメチルエチレンジアミン (mmen) を装填した Mg2(dobpdc) の CO2 吸着等温線における協働的吸着. (b, c) 従来のラングミュア型吸着等温線と協働的吸着によるステップ型吸着等温線の比較. (a) の吸着等温線は文献 17 より引用.
ジアミン-Mg2(dobpdc) の協働的な CO2 捕捉メカニズムを下に示します。この材料が設計された当初は金属に配位していない遊離のアミン基が CO2 と反応するものと考えられていました16。しかし、単結晶 X 線構造解析により、CO2 は金属とそれに結合したアミン基の間に挿入されていることが確かめられました17 (下図)。これをもとにすると、以下のような反応機構が提案されます。隣の鎖の末端の遊離アミン基が、プロトンを受け取ると、そのイオン相互作用によりカルバメート基が、隣のジアミンを引き寄せます。その結果、その引き寄せられたジアミンの根元におけるアミン-金属相互作用が弱められます。その結果、さらなるCO2 がアミン-金属間に挿入されやすくなります。このように、カルバメート基がジアミンを引き寄せて、歪んだアミン-金属間にCO2 が入り込むメカニズムにより、CO2 の取り込みが連鎖します。その過程は、「引き寄せて、歪んで、連鎖する」とまとめることができます。
ジアミン-M2(dobpdc) における CO2 の協働的吸着の推定反応機構. 結晶構造の図は論文 17 より引用.
CO2 を取り込む際のエンタルピー変化やエントロピー変化が、ジアミンの種類によってどのように変化するかが系統的に研究されています18。その知見を利用して、CO2 の取り込みが起こる圧力や温度を、目的の応用に向けて調節できます。さらに、ジアミンではなく適切なサイズのテトラミンを利用することで、装填されたアミンの耐久温度を向上できることも示されています19。これらの技術を利用して、たとえば火力発電所の排ガスの組成や温度条件で、効率よく二酸化炭素を分離する材料の研究が進んでいます。
合成法
Co2(dobdc) の合成法の例13
還流管を取り付けた 1 L の三口フラスコに、メタノール (310 mL) と DMF (310 mL)を加える。溶媒を攪拌しながら N2 を 吹き込み、1時間脱気する。H4(dobdc) (2.00 g, 10.1 mmol) と無水CoCl2 (3.27 g, 25.2 mmol, 2.5 等量) を窒素雰囲気下で速やかに加える。その後混合物を120 ºC で 加熱し、窒素雰囲気下で18 時間還流させる。
反応後、室温に冷まし、ろ過によりピンク色の粉末を回収する。未反応の金属塩や配位子を除去するため、その粉末を新鮮な DMF (500 mL) に24 時間浸す。この DMF 洗浄を 3 回繰り返した後、高沸点のDMF を除去するためにメタノール (500 mL) に24時間浸す。3回以上のメタノール洗浄により、 DMF を完全に除去する。ろ過で回収した粉末を、180 ºC で真空加熱引きすることで、十分に溶媒が取り除かれた Co2(dobdc) (2.06 g, 65 %) が得られる。
- Fe2(dobdc) を除く M2(dobdc) は基本的に空気に安定ですが、上述のように不活性雰囲気下で合成すると、表面積が高く、結晶性が高い生成物が得られる場合が多いです。
- H4(dobdc) [2,5-ジヒドロキシテレフタル酸] は TCI で 9600円/5 g、MERCK (Simga-Aldrich) で 33100 円/5g で購入できます。
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