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フッ素のゴーシュ効果 Fluorine gauche Effect

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フッ素は全元素中で最大の電気陰性度(4.0)をもつため、C-F結合は高度に分極しており双極子的な安定化効果をもたらす。σ*C-F結合も低エネルギーとなるため隣接電子と相互作用しうる。このため配座におけるゴーシュ効果(gauche effect)が発現する[1-7]。

たとえば冒頭図の様に、1,2-ジフルオロエタンはanti配座よりもgauche配座が支配的となる。一方、1,2-ジクロロエタン、1,2-ジブロモエタンはanti配座が優勢になる。この非直感的な効果は、隣接C-H結合の超共役効果[σC-H→σ*C-F]が、電気的反発を乗り越えるほど強いとするとらえ方によって説明できる。これは片方のフッ素を他の電子求引基で置換しても同じ効果が得られることからも理解される。

応用例1: 有機触媒の設計および改良

下記のイミニウム触媒では、側鎖のフッ素ゴーシュ効果およびN+―F静電相互作用によって、π面遮蔽がより効果的な配座が優勢となり、良い性能を示す[8]。

X線像:CCDC 751360

下記Rovis触媒では、活性中心遠隔に存在するフッ素原子が不斉収率の向上に重要な役割を果たしている。これはσC-H→σ*C-F、σC-H→σ*C-N、π→σ*C-Fの多重超共役効果によってFと立体障害基(iPr)が擬アキシアルに立ち、効果的な立体遮蔽が実現するためと説明できる[9]。

図は論文[9]より引用

応用例2: 生物活性分子の配座設計

γ-アミノ酪酸(GABA)をフッ素化したアナログは、その立体配置に応じて生物活性を異にする。これはフッ素ゴーシュ効果によって伸長(extended)もしくは屈曲(bent)の配座優先性が変化するためと説明される[10]。

下記は環状ペプチドの配座規制目的にフッ素原子を導入した例である。これも大きな配座の違いが表れる[11]。

関連文献

  1. “The Fluorine Gauche Effect: A Brief History” Thiehoff, C.;  Rey, Y. P.; Gilmour, R. Isr. J. Chem. 2017, 91. doi:10.1002/ijch.201600038
  2. “The influence of fluorine in asymmetric catalysis” Cahard, D.;  Bizet, V. Chem. Soc. Rev. 2014, 43, 135. doi: 10.1039/C3CS60193E
  3. “Organofluorine Chemistry: Synthesis and Conformation of Vicinal Fluoromethylene Motifs” O’Hagan, D. J. Org. Chem. 2012, 77, 3689. DOI: 10.1021/jo300044q
  4. “The C–F bond as a conformational tool in organic and biological chemistry” Hunter, L. Beil. J. Org. Chem. 2010, 6, 38. doi:10.3762/bjoc.6.38
  5. “Understanding organofluorine chemistry. An introduction to the C–F bond”  O’Hagan, D. Chem. Soc. Rev. 2008, 37, 308. doi:10.1039/b711844a
  6. “Fluorine Conformational Effects in Organocatalysis: An Emerging Strategy for Molecular Design” Zimmer, L. E.; Sparr, C.; Gilmour, R. Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 11860. doi:10.1002/anie.201102027
  7. “Deconstructing Covalent Organocatalysis” Holland, M. C.; Gilmour, R. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 3862.  doi:10.1002/anie.201409004
  8. “The Fluorine‐Iminium Ion Gauche Effect: Proof of Principle and Application to Asymmetric Organocatalysis” Sparr, C.; Schweizer, W. B.; Senn, H. M.; Gilmour, R. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 3065. doi:10.1002/anie.200900405
  9. ”Catalytic Asymmetric Intermolecular Stetter Reaction of Heterocyclic Aldehydes with Nitroalkenes: Backbone Fluorination Improves Selectivity” DiRocco, D. A.; Oberg, K. M.; Dalton, D. M.;  Rovis, T. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 10872. DOI: 10.1021/ja904375q
  10. ”The enantiomers of syn-2,3-difluoro-4-aminobutyric acid elicit opposite responses at the GABAC receptor” Yamamoto, I.; Jordan, M. J. T.; Gavande,  N.; Doddareddy, M. R.; Chebib, M.; Hunter, L. Chem. Commun. 2012, 48, 829. doi:10.1039/C1CC15816C
  11. “Stereoselective Fluorination Alters the Geometry of a Cyclic Peptide: Exploration of Backbone‐Fluorinated Analogues of Unguisin A” Hu, X.-G.; Thomas, D. S.; Griffith, R.; Hunter, L. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 6176. doi:10.1002/anie.201403071

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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