原子スケールの世界では、物質に粒子性と波動性がどちらも現れる。光や電子の波動性は、それらが干渉も回折もできることによって証明された。光や電子の粒子性は、存在を数えられることによって示された。
ここはケムステだぞ!化学について語れよ?
残念ながら、この記事で扱うのは世間的には物理で取り扱われる話題になります。とはいえ化学者は分子、原子、あるいは電子を扱う人間です。そして、原子サイズの世界では私たちの日常的な常識に反する現象が見られます。それは波動と粒子の二重性です。この事実は純粋に知的好奇心をくすぐりますし、分子の構造や化学反応を理解するための基礎の基礎にもなります。
本記事では、そもそもどうして光が波動として認められたかや、どうして電子が粒子として認められたかについて復習します。これを通じて、波動と粒子とは何かについて考えます。つづいて、光の波動性と電子の粒子性を覆す実験事実へ話を移します。そして、光が粒子のような性格を持つことや、電子が波動のような性格を持つことをそれぞれ説明します。
どうして光は波であると考えられていたの?
光は回折し干渉できることが実験により示されていたからです。
その実験について説明する前に、私たちが日常的にイメージする波の性質を思い出します (下図)。そもそも波とは空間のなかに伝わる現象を指します[1]。そして波は足し合わせることができます。具体的には、波形の高低のパターンが重なる時には、波は強め合います。一方、波の高低のパターンが互い違いになるときは、波は弱め合います。この性質は、波の干渉として知られています。波の干渉を「重ね合わせ」という表現で、分子軌道法などを勉強する際に目にするかもしれません。
一方、波のもう一つの特徴として、障害物に対してその背後に回り込みながら進むことが挙げられます。この現象は回折として知られています。
一般的な波の干渉と回折. 右の図では, 波の高い部分を線で示しています.
では、光の回折と干渉はどのように示されたの?
次のような二重スリットの実験において、明暗の干渉模様が観察されました[2]。このことから光は波のように空間を伝わることが示唆されました。
2 本の通り道 (スリット) を持つ板を光源とスクリーンの間に置いたところ, スクリーン上に明暗の模様が現れました.
光がスリット 1 とスリット 2 でそれぞれ回折し、その後干渉したと仮定します (下図上部)。そうすると、2つの回折光の強め合う位置が特定の方向に並んでいることに気づきます (下図下部) 。つまり、図のような干渉模様は光の回折と干渉によって生じたものと考えることができます。
二重スリットの実験は光が波のように進むことを示しました.
ただし、干渉模様は「光の波の姿」を表すわけではありません。あくまでも光が持つ波っぽい性質を示すものです。
どうして電子は粒子であると考えられていたの?
電子は分割できない電荷を持つ実体であることが見つかったからです[3]。具体的にはミリカンの油滴実験で、帯電した油滴の持つ電荷が常に e = 1.6 × 10-9 Cの整数倍であることが示されました。このことから、電荷には e という最小の単位があり、その電荷を担う実体が電子であると結論されました。この e を基準にすれば、油滴の中に含まれる電子を 1 つ、2 つと数えることができます[4]。例えば「この油滴は電子 2 個分の電荷を帯びているから電子が 2 つ含まれる」と言うことができます。ただし、油滴が電子 0.5 個分の電荷を持つことはあり得ません。電子はそれ以上分割できないのです。
ミリカンの油滴実験は, 電子がそれ以上分割できない電荷 e を持つ塊であることを示しました.
このミリカンの油滴実験において、「電子の粒子としての姿」が見えたわけではないことに注意!電子が丸っこい粒だとは一言も言っていません。あくまでも「電子が一定量の電荷を持つ塊であること」が示されただけです。
で、波と粒子の違いはなに?
波は空間を伝わる現象です。そして、波が進むときには回折や干渉を起こすことができます。粒子は空間中に存在する実体です。粒子は実体なので、存在を数えることができます。
光や電子が「実体であり現象である」とは一体どういうことなのでしょうか。このように整理すると「波動-粒子二重性」がいかに奇妙なお話であるかがわかります。というわけで、長らくお待たせしましたがお膳立てが整ったので本題に入りましょう。
どうして光に粒子性があると考えられ始めたの?
光の波動性に反する結果が光電効果によって示されたからです[6] (下図)。
光電効果のイメージ図. 光を金属表面に照射すると電子が飛び出します.
下の図のような実験装置により、光電効果には次の 4 つの特徴があることが確かめられました。
- 照射する光の振動数が一定以上に大きくなければ、光電効果は観察されない。
- 光の強度は光電効果の可否に無関係である。
- 電子の運動エネルギーは光の振動数にのみ比例する。
- 単位時間に飛び出す電子の数は、光の強度に比例する。
光電効果の実験装置の模式図(上). 正極電圧 V = 0 のときの電流によって、光電効果によって飛び出た電子の数を調べました. さらに, 電子に逆らうように電圧をかけることで, 電子の運動エネルギーを調べました. 阻止電圧 V0 は, 逆向きの電圧によって電子が運動エネルギーを使い果たし, 正極に到達できなくなったときの電圧を意味します. その電圧 V0 に電子の電荷を掛けた eV0 が電子の運動エネルギーに相当します. 光の強度が強いほど大きな電流 I が得られましたが, V0 は強度に無関係でした (下左).また電子の運動エネルギーは光の振動数に比例し, 一定の振動数以下では電子は飛び出ませんでした (下右).
どうして上の観察結果は、光の波動性に反するの?
「波が単位時間で運ぶエネルギーは、振動数と振幅 (強度) の二乗に比例する」という物理の法則に反するからです。すなわち、光が一般的な波であれば、光の強度の強くすれば光が運ぶエネルギーは大きくなります。あるいは光を長時間照射すればエネルギーを蓄積できるとも考えられます。したがって、光の強度や照射時間を変更することで光電効果を起こせそうな気がします。
しかし光電効果の条件は光の振動数のみでした。さらに、光の振動数が一定値に達していなければ、光の強度がどれだけ強くても、どれだけ長時間照射しても無駄でした。このことは光が波であると考えると説明できません。
どうして光電効果の結果が、光の粒子性につながるの?
光電効果は光の粒(光子)と電子の衝突によって引き起こされると説明できるからです。詳しく解説しましょう。
まず、光の長時間照射によるエネルギーの蓄積が不可能であったことは、なんらかの瞬間的な出来事によって光電効果が引き起こされたことを暗示しています。力学の世界では、瞬間的に粒子の運動が変化するできごとを「衝突」と表現します。衝突という言葉を聞くと、光に対して粒子っぽい姿を想像したくなりませんか? 言葉の綾かもしれませんが、光という実体が確かに存在する気がします。
そこで、光が実体を持つ塊であると考えてみます。それを光子と呼ぶことにしましょう。さらに光電効果の条件や電子の運動エネルギーが光の振動数にのみ依存したことを考慮して、光子は振動数に比例するエネルギーや運動量を持つとします (下式, h はプランク定数 (比例定数), c は光の速度)。
- エネルギー: E = hν
- 運動量: p = hν/c = h/λ
光子が電子と衝突すると、電子にエネルギーを与えます。しかし、電子が原子核からのクーロン引力に打ち勝って飛び出るためには、電子は十分なエネルギーを光子から受け取る必要があると考えられます。そのため、光電効果が起こるには、光の振動数が一定以上大きくなければなりません。一方、電子がクーロン力に打ち勝ってもなお余りあるエネルギーは、電子の運動エネルギーに充てられます。このことは、光の振動数に比例して、電子の運動エネルギーも多くなったことを説明できます。
一方、光電子の数が光の強度に比例したことから、光の強度は光と電子の衝突回数に対応していたと考えられます。見方を変えると、飛び出した電子の数と同じ数の光子が金属にぶつかっていたことになります。したがって飛び出た電子の個数を通じて、私たちは間接的に光子の個数を数えることが許されました。光の粒としての姿を見たわけではありませんが、光が粒子的な性格を持つことは否めません。
電子の波動性はどのように示されたの?
金属表面に電子線を当てると、電子が跳ね返る角度によって強弱の差が現れました。この現象は電子線回折と呼ばれています[7]。
電子線回折の実験装置の模式図 (上). ニッケルの単結晶に電子線を当て, 可動式の検出器を用いて散乱してくる電子の数を計測すると, 特定の方向に多くの電子が散乱することが確かめられました.
どうして縞模様のパターンが波動性につながるの?
電子線回折の実験で見られた縞模様は電子が干渉しながら空間中を伝わってできたと考えられるからです。詳しく説明しましょう。
まず結晶は原子が規則正しく配列したものです。そこに電子線を当てると、一層目の原子にぶつかって散乱する電子もあれば二層目の原子にぶつかって散乱する電子もあると考えられます。その結果、異なる原子層で散乱した電子の回折波が干渉しあいます。このとき回折波が強め合う点を結ぶと、特定の方向に並ぶことがわかります。そのため、到達点での強弱のパターンは、電子が波動的な性質を持つことを暗示するのです。
では、電子は波のように薄く広がりながら空間を伝わっているのですか?
そういうわけではありません。そのことを示す興味深い実験として、電子を用いた二重スリット実験があります[8]。おおまかな原理は、光の波動性を示すための二重スリット実験と同じです。
電子の干渉縞を示す二重スリット実験の模式図. この実験の全貌は日立製作所のホームページで見ることができます (二重スリット実験のムービー [出典元: 株式会社日立製作所研究開発グループ]).
この実験では2本のスリット (通り道) をもつ壁に電子を1つずつ打ち込みます。すると、電子はどこかに位置に 1 つずつ検出面に達します。このことは、確かに電子は 1 つの実体であって、分裂したり薄く広がったりしているわけではないことを示しています。
しかし驚くべきことに、いくつも電子を打ち込んでいくと到達点に明暗の干渉縞が現れます。1 つ 1 つを見ると粒子っぽい実体として検出されるにもかかわらず、気づけば波動っぽさが観測されるのです。何度見ても不思議です。
まとめ
光および電子の波動性と粒子性を証明したとされている実験を見てきましたが、いずれの実験でも光の粒や電子の波を直接見たわけではありません。しかし光や電子によって作られた干渉模様は、それらの波動的な性格を示唆しています。一方、光や電子の実体を数えられることは、それらの粒子的な性格を暗示しています。
これらの結果を最も謙虚な姿勢でまとめると、「光や電子は波でもないし粒子でもない」となるかもしれません。なので、これを理解するために量子力学という分野が発展したわけです。そして、科学者は電子のこの 2 つの性質をSchrödinger 方程式や波動関数として統合することになります。
関連リンク
- 化学者のつぶやき: 化学者だって数学するっつーの! :シュレディンガー方程式と複素数
- スポットライトリサーチ: 量子力学が予言した化学反応理論を実験で証明する
- 化学者のつぶやき: 未来切り拓くゼロ次元物質量子ドット
- ケムステニュース: 位相情報を含んだ波動関数の可視化に成功
- (株)日立製作所 (本記事のトップ画像および記事中に使用した電子の二重スリット実験の写真は, 日立製作所より特別に許可を得て掲載させていただきました。ありがとうございました。)
参考文献·脚注
- 砂川重信, 5 章 シュレディンガー方程式「量子力学の考え方 物理の考え方 4 」岩波書店, 1993, pp61–77.
- 原田義也, 2 章 波動性「量子化学 上巻」裳華房, 2007, pp19–32.
- 砂川重信, 1 章電子の発見「量子力学の考え方 物理の考え方 4 」岩波書店, 1993, pp1–14.
- 砂川重信, 4 章量子力学へのあゆみ「量子力学の考え方 物理の考え方 4 」岩波書店, 1993, pp41–60.
- 電子を数えられることは、英文法的に重要です。つまり 「1 つの電子」を英語にすると、a piece of electron ではなく an electron になります。可算名詞であることは、粒子っぽい姿を連想させる効果があるのかもしれませんね。一方で「波動を数えることはできないのか?」と聞かれると答えるのが難しいです。英文法的には波は可算名詞です。しかし波について実際に数えられるのはいわゆるピークの数です。数学的に考えると複数のピークを持つ波動であっても 1 つの数式でそれらのピークのパターンを記述できます。 同時に、あらゆる波動は特定の波長の関数の重ね合わせとして表せます。したがって一見すると一つのピークを持つ波であっても、それを数学的に表すと多数の波動から出来ていると言えます。波動現象を数えることは不適切なような気がします。
- 原康夫, 1 章序論「量子力学 岩波基礎物理シリーズ 5」岩波書店, 1996, pp1–21.
- Davisson, C.; Germer, L. H. Phys. Rev. 1927, 30, 75. DOI: 10.1103/PhysRev.30.705
- 外村彰, 6 章 二重スリットの実験「目で見る美しい量子力学」サイエンス社, 2010, pp60–71.