NMR管(NMR tube)は溶液のNMRを測定する際に使うガラスの細い管である。NMRを頻繁に測定する有機合成では必要不可欠な器具だが、実はいろいろなタイプの管がある奥が深い器具である。本ページでは、それぞれのNMR管の役割についてを中心に解説する。
役割
そもそもNMRは、原子核を強磁場の中に入れて核スピンの共鳴現象を観測する装置である。NMRマグネット内部には、プローブがありサンプル管の外側に外側に観測用のコイルが配置されている。
コイルは、サンプル管の一部分をカバーしているため、その部分に測定試料が満たされている必要があり、それが一般的に言われている4cmという高さであり、試料がそれより多すぎたり少なすぎたりするとピークの形は悪くなる。
その4cmという高さまで重溶媒に溶かした試料を加えてキャップをするとNMRを測定できるようになる。そしてローターをNMR管に装着しオートサンプラーやマグネット上部にセットすると、プローブ内部まで移動し各種調整と回転開始後に測定となる。
ディスポと高級NMR管の違い
本来は、Disposable=使い捨てという意味だが、筆者はディスポのNMR管を洗って使いまわしてきた。ではディスポと高級NMR管の違いは何であろうか。アルドリッチの場合、ディスポーザブル、ルーチン、プレミアムという三種類のグレードがあり、下記のような差がある。
ディスポーザブル | ルーチン | プレミアム | |
材質 | N51A | N51A | パイレックス |
不純物Fe2O3の量*1 | 1200 ppm以上 | 1200 ppm以上 | 400 ppm |
冷却・加熱 | 不可 | 不可 | 120 ℃まで可 |
肉厚*2 | 0.43 mm | 0.43 mm | 0.38 mm |
真円度*3 | 102 μm | 13~51 μm | 3.8~76 μm |
そり*4 | 102 μm | 6~25 μm | 3.8~51 μm |
推奨周波数 | 200 MHz | 200~500 MHz | 100~800 MHz |
価格 | 10600円(50本) | 2600~6000 円(5本) | 5300~24200 円(5本) |
*1:Fe2O3は常磁性であるため少ないほどノイズが少ない。 *2:ガラス管の厚さを指し薄いほど感度が上がる。 *3:肉厚のムラによって真円から実際の管の中心がどれだけずれているかを示す値である。値が小さいほうが磁場の安定が早くなりシム調整時間が短くなる。*4:円柱であるNMR管がどれほど反っているかを示す。反りが小さいと、回転ブレが減少し、サイドバンドの発生やシム調整時間への影響が出にくくなる。
上記のようなスペックの違いにより、ディスポーザブルとルーチンの推奨用途は600 MHz 以下での低分子量有機化合物の1D NMR 測定であるのに対して、プレミアムは厳密なシム調整が要求される測定(高磁場測定、ノンスピン、多次元、多核、DNP および生体試料など)と謳っている。つまり、精密な測定、温度可変の測定以外では、ディスポのNMR管で問題ないと言える。
管のバリエーション
最もよく使われいるNMR管は下のような管でキャップをつけて測定するタイプであるが、管の材質や形状、キャップには様々なバリエーションがあり用途によって使い分けている。
材質
- 天然石英ガラス製:一本8000円~
- 合成石英ガラス製:一本11000円~
通常のNMR管はホウケイ酸ガラスが使われているためボロンを含んでいるためボロンのNMRを測定する際には石英ガラスの管が必要である。天然よりも合成石英のほうがボロンの含有量が少ないので高級である。また石英ガラスはUVも透過するのでUV照射が必要な実験でも使える。
- テフロン製:一本3000円~
シリコンのNMRを測定すると当然ガラス由来のブロードなピークも観測される。テフロン製の管ではそのガラス由来のピークなしでシリコンNMRを測定できる。
形状
日本では株式会社シゲミが下記のような多彩な形状のNMRチューブを販売している。
- マイクロボトムチューブ:1本2500円~
- ミクロサンプルチューブ:5セット10,000円~
サンプル量を少ない時に上記のチューブは便利である。マイクロボトムチューブは単純に測定部の直径が小さい。ミクロサンプルチューブは外管と内管の二重構造になっていて、内管(中空ではない)の形状によってサンプルを押し上げて観測用のコイル付近にのみ存在する構造になっていて最小限のサンプル量で測定ができる。またコイル付近のガラスは溶媒と同じ磁化率になっている。
- 肉薄サンプルチューブ:1本2000円~
コイル付近の肉厚が0.21mmと薄くなっているため高感度で測定できる。ただし、ガラスが薄くなっているのでその分のサンプル量も必要になる。
- 同軸チューブ:1セット45000円~
サンプルが重溶媒に溶けないとNMRは測定できない。しかし、この同軸チューブは二重管になっていて二種類の液体を分けて入れることができる。
キャップ
- PTFEキャップ:10個11,600円~
- 密閉キャップ:100個7200円~
- スクリューキャップ:5本24,000円~
- バルブ付き試料管:1本24,000円~
密閉性を上げたキャップで空気に不安定な物質も取り扱うことができる。バルブ付き試料管は、いわばシュレンクのNMR管で、キャップのPTFEがガラスと密着することで気密が保たれる。またバルブが空いている状態で上部に専用のガラス管を接続するとポンプなどによって内部を減圧にすることもできる。
- 中圧用バルブ付き試料管:1本23,000円~
- 高圧用バルブ付き試料管:1本39,000円~
上記のバルブ付き試料管に圧力がかけられる製品で中厚用ではガラスの厚さによって0.6~1.2 MPaまで高圧用は、0.7~1.4 MPaまで加圧できる。ガスはキャップ上部より導入できる。
クリーニング方法
NMR管のクリーニング方法は溶媒で洗うかアルカリバスで洗うか、減圧で乾燥させるかオーブンに入れるかなど研究室によってまちまちである。アルカリバスを使うとガラスが溶けるため上記の真円度に影響が出ると考えられる。また、ディスポのNMR管は室温での使用が前提なのでオーブンに入れるべきではないと言える。ガラスは薄いのでブラシ洗うことは避け綿で丁寧に拭くことが推奨される。
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