以前、カラムクロマトグラフィーの吸引型手法の一つ、DCVCについてご紹介致しました。
前回は操作による違いがメインでしたが、今回はシリカゲルの性質を変化させることについてご紹介致します。
カラムに利用する際には担時したものをシリカに用いたカラムを行って頂ければと思います(一般的なカラム操作に関しては記事下の関連記事に記載がありますのでそちらをご参照下さい)。
銀イオンクロマトグラフィー(Silver ion chromatography または Argentation Chromatography)は主に不飽和結合を有する有機化合物の混合試料を分離するためのクロマトグラフィーです。
背景
トランス脂肪酸など、食用油における不飽和脂肪酸の話は比較的耳にする機会があると思います。
身の回りの分子には不飽和結合を持つ化合物が多く含まれ、多くの場合抽出過程ではその分離は容易ではありません。一方で、多くの化学者が銀イオンと多重結合との錯形成について研究に取り組み、1937年にはLucasらにより、銀イオンと炭素―炭素不飽和結合との錯体についての性質が1)、翌年には同じくLucasらにより平衡定数を用いた定量的な調査が報告されました2)。その後しばらくして、1961年から1962年にかけて銀と多重結合とが錯形成することを利用した銀イオンクロマトグラフィーがDuttonら3)、B. de Vriesら4)、Barrettら5)、L. J. Morris6)らと立て続けに報告されました。
銀イオンクロマトグラフィーが報告されて以降、脂質化学における脂肪酸や脂肪酸エステルの分離を始めとして7), 8)、一般的なアルケン、アルキンなどの分離に至るまで調査され9)、多くの研究者がその手法を用いてきました。
原理
銀イオンが炭素―炭素二重結合と錯形成している際にはDewarらにより以下のような軌道間相互作用があると提唱されています。
銀イオンを担時する際には一般的に硝酸銀が用いられますが、他にも過塩素酸銀やテトラフルオロホウ酸銀なども用いることができ、その濃度によって相互作用の序列もかわることがあります。
これは複数の銀イオンを介した銀-オレフィン錯体が形成されることが考えられるためです10)。
銀イオンが担時されたシリカとの相互作用の強さについては以下のような傾向があります。
- 二重結合の数が多いほど強い
- Z体の方がE体よりも強い
- 共役していない二重結合の方が強い
- 二重結合は複数存在する場合、離れている方が強い
- カルボン酸・エステルの場合、カルボニル基に近いほど強い
相互作用が強ければ強いほどシリカ上での保持が強まるためTLCにおいてはRf値が小さくなります(極性が上がっているわけではありません)。
長所
- 酸性シリカゲルTLCなどの通常用いるシリカでは分離することが困難なE,Z異性体を分離できる場合が多い。
- TLCだけでなく担時シリカを用いたカラムクロマトグラフィーを行うことができるため、分離操作のスケールアップも容易。
- 既に多くの研究者が用いており、その分離条件などの参考例も見つけやすい。
短所
- 銀を用いているため、廃棄に気を遣うこと
- 実験台や手にうっかり硝酸銀溶液がついてしまうと後に酸化銀が析出して黒くなる(薄めた硝酸などを用いれば落とすことはできます)
手順
反応追跡用TLCの場合
- アセトニトリル中に5~20重量パーセント濃度となるように硝酸銀を溶解させ、硝酸銀アセトニトリル溶液を作製する。
- 小瓶に移したものに浸して乾かしたら使用できる。
プレパラTLCの場合
- 上の1.と同様
- ホーロー製バケットに溶液を入れシリカ面を下にしてゆっくりと倒す。乾かす際はアルミ箔で覆い乾燥通気用の穴をいくつか空けておく。
カラムクロマトグラフィーの場合
- TLCと同様
- シリカ(性質は特に問いませんが通常は酸性シリカ)をバケットに入れ、硝酸銀溶液で浸し、乾燥機で55℃~100℃で乾燥
- カラムクロマトグラフィーを行う際と同様に用いる。
まとめ
今回は銀イオンクロマトグラフィーについてご紹介致しました。本手法を用いることで多重結合の立体異性だけでなく、数や位置異性体に至るまで多くを分離することができます。
一方で、銀を担時したシリカを用いたクロマトグラフィーですので、カラムにおいてはその担時によって生まれた性質上の分離度の違いが加わることが特徴です。
そのため、その他の手法との組み合わせによって変化すると思いますので、読者の皆様それぞれでお試し頂ければと思います。
また、HPLCカラムなども販売されておりますので分析に用いることも可能です。
私は合成研究の二重結合部の立体異性体の分離にのみ用いておりましたが、今後それ以外にも活用していきたいと考えています。
調製も容易ですし、皆様も一度試してみてはいかがでしょうか。
参考文献
- W. F. Eberz, H. J. Welge, D. M. Yost, H. J. Lucas, J. Am. Chem. Soc., 1937. 59, 45-49. DOI: 10.1021/ja01280a011
- S. Winstein, H. J. Lucas, J. Am. Chem. Soc., 1938. 60, 836-847. DOI: 10.1021/ja01271a021
- H. J. Dotton, C.R. Scholfield, E. P. Jones, Chem. Ind.(London), 1961, 1874-1876.
- B. de Vries, Chem. Ind.(London), 1962, 1049-1050.
- C. B. Barret, M. S. J. Dallas, F. B. Padley, Chem. Ind.(London), 1962, 1050-1051.
- L. J. Morris, Chem. Ind.(London), 1962, 1238-1240.
- L. J. Morris, J. Lipid Res., 1966, 7, 717-732.
- G. Dobson, W. W. Christrie, B. N-.Damyanova, J. Chromatogr. B, 1995, 671, 197-222.
- C. M. Williams, L. N. Mander, Tetrahedron, 2001, 57, 425-447.
- W. Featherstone, A. J. S. Sorrie, J. Chem. Soc, 1964, no vol, 5235-5242.
- 新しい銀イオンクロマトグラフィー用HPLCカラム”Silver column KANTO”の開発(1)
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