質量分析計 (MS) は化合物の同定手段として一般に用いられ有機小分子だけでなく、現在ではMS-MS解析や高分解能分析によりオミクス研究の分野においても多用されています。イメージングMSは質量分析法と顕微鏡が合わさった手法で、植物や動物組織を切り取り、その組織に直接MSのレーザーを当てることにより、その部位に含まれる化合物を検出する方法です。
手法と原理
具体的には、まず組織の極薄の切片を切り出し、スライドガラス上に貼り付けた後に、マトリックスと呼ばれるイオン化剤を塗布し 、フリーズドライし、サンプルを調整します。次に、サンプルをMSに導入後、一定の区切られた領域ごとにレーザー光を当て、その領域のMSスペクトルを得ることを繰り返すことで切片全体のMS情報を得ます。最後に、それらのMS情報を分子イオンピークごとに解析することにより、ターゲットとする化合物の分布が得られます。
歴史
イメージングMSは、2001年にStoeckliによって作成した脳の切片をMSスキャンすることにより、脳の部位によって異なるタンパク質が局在していることを確認したことに始まります[1]。この手法はそれまで蛍光タンパクや組織染色、小分子蛍光プローブなどの手法に頼ってきたイメージングの新たな手法として脚光を浴び話題となりました。
このように、イメージングMSは 、タンパク質やペプチド、二次代謝産物の組織分布をMSによって検出することができるので急速に発展しています。現在では、イメージングMSは定量性には少々欠けるものの、パルスレーザーは10-20 µm間隔で行えるため、細胞一個ごとにMSを測定できる程度まで精度が向上しています。
イメージング MSの利点と今後[1]
もともと、MS解析は試料中の分子の構造情報が得られる一方で、試料中の分子の位置情報が失われるという欠点を持っていました。一方で、蛍光プローブや蛍光タンパク標識などによる顕微鏡観察は細胞が生きた状態でターゲット分子が局在する組織の観察が可能ですが、標的とするタンパク質や小分子が分かっている分子に観察対象が限定されるという欠点がありました。イメージング MSでは、MSのスキャンにより従来の分子の構造情報に加え、試料中の分子の位置情報の解析が可能になったことから、顕微鏡によるイメージングと相補的な解析手法と言えます。
イメージングMSではパルスの照射間隔が小さくなればなるほど、切片のスキャンにかかる時間とデータ量は増大します。時には1測定に、10時間以上、データ量にして1Gを超えます。また、化合物によって印加電圧やマトリックスの選択が異なるため調整が必要で、簡単にラボで導入できるわけではないようですが、化合物の組織分布を知りたい方、ぜひ試してみてください。
参考文献
- M. Stoeckli, P. Chaurand, D. E. Hallahan, R. M. Caprioli, Nat. Med., 2001, 7, 493-496. doi:10.1038/86573
- T. Hayasaka, Yakugaku Zasshi 2016, 136, 163-170.
関連書籍
[amazonjs asin=”4431094245″ locale=”JP” title=”Imaging mass spectrometry―protocols for mass micros”]関連リンク
- MS imaging 顕微鏡:島津製作所