特定の分子性プローブを用い、生物学的過程を分子または細胞レベルで可視化する分子イメージングは、疾病の早期発見/早期検出、評価、疾病のリアルタイムモニタリング、薬効研究にとって強力なツールとなる。
現在最も高感度とされるイメージング法の一つに、陽電子放射断層撮影法 (positron emission tomography, PET)がある。これは陽電子放出核種でラベル化された分子を用い、この対消滅で放出されるγ線を検出することで、分子の3次元局在を見積もる手法である。
PETは臨床診断研究や基礎研究、ラットや霊長類を用いた前臨床試験に使われてきた。近年は、個別化医療を最終目的とした研究に用いられている。
原理
陽電子は核から放出されると、周辺の物質/細胞組織内を浮遊して、電子と対消滅する。対消滅では511 keVのエネルギーを持つ、2つのγ線が同時に正反対の方向に放出される。これをサンプル周囲に並べておいた検出器で検出する(図1)。2つの検出器が同時にガンマ線を検出した場合、対消滅はその2点を結ぶ線上で起こったことになる。これら情報蓄積から、放射線の分布を時間の関数として得ることでイメージングする。PETでは絶対単位(Bq/mL)で観測結果が得られるのも利点の一つである。
ちなみにこの陽電子浮遊距離をpositron rangeとよび、放射性核種によって異なる(図2)。これが短いほど陽電子がプローブ近傍に留まることとなり、結果としてPETの分解能は向上する。
PETに使用される放射性核種
PETでは、C, N, Oなど生体分子の主成分である原子を放射性核種として用いることができる(図3)。このため、ラベル化の有無で物理学的・生物学的性質に差が無い分子プローブの創製が可能となる。
PETで使用される核種の中では18Fが最も優れた物理学的性質を有している。陽電子エネルギーが最も小さく分解能が高いこと、半減期が110分と長いため、製造・運搬しやすいという利点がある。
18Fの分子導入の際には、オリジナル分子のHやOHをFで置き換えることが多い。原子半径がHと似ているために分子サイズの点ではほぼ同様だが、電子求引性に起因して性質が異なることがほとんどである。このようなプローブの代表例としては、[18F]6-Fluoro-L-DOPA、[18F]フルオロデオキシグルコースなどがある。
11Cは半減期が20.3 minなので、体内半減期が短い化合物のラベリングに適しており、短い間隔をあけながら連続して調査する目的に使用できる。欠点はサイクロトロンのある施設でしか使用できないことである。
分子プローブの合成戦略
PETプローブは、人体用・動物用、共に高い放射化学的純度(通常>95%)が求められ、HPLCによる生成を経て使用される。
陽電子放出核種には半減期が存在するため、高速に終了する化学反応を用い、かつ分子合成の終盤で導入を行う必要がある。理想的には、半減期の2〜3倍以内の時間で合成が完結することが望ましい。近年ではマイクロリアクターを用いることで反応速度の向上と、試薬/溶媒の減量が試みられている。
11Cラベル化では、11CH3Iを製造し、メチル化、または11C-Cカップリングを経てプローブに導入される。
18Fラベル化では、18F2に由来する18F-求電子的フッ素化が用いられる。F2は反応性が高すぎるため、求電子試薬に誘導化して用いることが多い。また、 18Fアニオンの生成を利用した求核的フッ素化も用いられる。18Fアニオンの水中での求核性は低く、求核置換反応に適さないため、アルカリ金属クリプタンド塩、または4級アンモニウム塩に変換して用いられる。
近年では陽電子を放出しない19Fを一旦ホウ素置換し、その後18Fに置き換えるという経路を実現する新しい方法論も開発されている(図4)。
関連書籍
[amazonjs asin=”0387403590″ locale=”JP” title=”PET: Molecular Imaging and Its Biological Applications”][amazonjs asin=”4320057937″ locale=”JP” title=”脳のイメージング (ブレインサイエンス・レクチャー)”]関連文献
- “Molecular Imaging with PET” Ametamey, S. M.; Honer, M.; Schubiger, P. A. Chem. Rev. 2008, 108, 1501. DOI: 10.1021/cr0782426