[スポンサーリンク]

chemglossary

抗体触媒 / Catalytic Antibody

[スポンサーリンク]

触媒はそれ自身変化しないが、化学反応の仲立ちとなって、反応速度を速めたり遅らせたりする物質である。とくに生物の免疫機構によって生成される抗体が触媒として働くとき、それを抗体触媒(Catalytic Antibody)と呼称する[1]。現在ではAbzymeと呼ばれることもある。

歴史

1948年Linus Paulingは、 自らの「鍵と鍵穴」理論、すなわち「酵素は触媒する反応の遷移状態アナログに相補的な分子である」という仮説[2]を提示した。

これに沿う形で1969年Wjlliam P. Jenckshは、「反応の遷移状態アナ ログをハプテンと して得 られた抗体の結合部位は、酵素と同様に反応を加速する」とい う理論を提唱した[3]。しかし、モノクローナル抗体製造技術の未成熟さなどを背景に、この考え方は長らく進歩を見せなかった。

1986年にPeter SchultzRichard Lernerのグループにより、抗体が化学反応を触媒できることが世界で初めて示された[4]。

この報告を契機に、抗体触媒は幅広い分野の科学者の注目を集めた。

原理

上述の通り抗体触媒は、酵素と同様、反応遷移状態を安定化させる(反応の活性化エネルギーを下げる)ということが駆動原理となっている。

すなわち化学反応の遷移状態模倣分子をデザインし、それをハプテンとした抗原をマウスへ投与、モノクローナル抗体を免疫応答によってつくりだす。こうして得られた抗体が触媒として機能する。このハプテンとしては例えば、エステル加水分解反応に対してはリン酸などが汎用されている。

画像はこちらより引用

画像はこちらより引用

反応ごとに適切なハプテンをデザインできれば、原理的にはどのような化学反応でも対応する抗体触媒が製造可能なはずであるため、オーダーメイド人工触媒を生み出す一般手法になると当時は考えられた。

有機合成への利用

Barbas、Lernerらは、1995年にアルドール反応を触媒する抗体触媒を作製した[5]。代表的な抗体触媒38C2、33F12の結果を以下に示す。抗体とβジケトンから形成されるエナミンを遷移状態模倣として捉えている。

余談であるが、ここから得られた発想が、後のプロリン有機触媒という世界的ブレイクスルーに結びついている。

画像はこちらより引用

画像はこちらより引用

38C2が触媒するアルドール反応(画像はこちらより引用)

38C2が触媒するアルドール反応とその応用(画像はこちらより引用)

問題点

コンセプトは優れているが現実的に数多くの問題があるため、物質製造目的にはこれまでほとんど実用されていない。

  • 抗体は免疫応答を利用して製造されるため、スクリーニング・最適化に多くの時間がかかる
  • 大量の抗体を得ることが困難である
  • 抗体の分子量が大きいため、反応を行う際には基質に比して大量用いなければならない
  • 抗体が変性しない条件(通常は生理的条件)を越境した条件を使うことができない
  • 特定の反応を除き、触媒活性がさほど高くない

医薬応用を見据えた取り組み

近年の抗体医薬台頭の潮流を受け、抗体触媒概念は再注目を集める可能性がある。以下はコカインを加水分解して無毒化する抗体触媒のデザインである[6]。

catalytic_antibody_2

 

 (※以前より公開されていた記事を加筆修正し、ブログに移行したものです)

関連文献

  1. Review: (a) Shokat, K. M.; Shultz, P. G. Ann. Rev. Immunol. 1990, 8, 335. DOI: 10.1146/annurev.iy.08.040190.002003 (b) 池田昇司, Kim D. Janda, 有機合成化学協会誌, 1993, 51, 284. doi:10.5059/yukigoseikyokaishi.51.284 (c) Schultz, P. G.; Lerner, E. A. Science 1995, 269, 1835. DOI: 10.1126/science.7569920 (d)藤井 郁雄, 円谷 健, 化学と生物 1998, 36, 778. doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.36.778
  2. Pauling, L. Am. Sci. 194836, 51.
  3. Jencks, W. Catalysis in Chemistry andEnzymology, McGraw-Hill, New York , 1969, p.288
  4. (a) Pollack, S. J.; Jacobs, J. W.; Schultz, P. G. Science 19862341570–1573. DOI: 10.1126/science.3787262 (b) Tramontano, A.; Janda, K. D.; Lerner, R. A.  Science 19862341566–1570. DOI:10.1126/science.3787262
  5. (a) Wagner, J.; Lerner, R.; Barbas, C., III, Science 1995, 270, 1797. DOI: 10.1126/science.270.5243.1797 (b) Barbas,C., III,; Heine, A.; Zhong, G.; Hoffmann, T.; Gramatikova, S.; Bjornestedt, R.; List, B.; Anderson, J.; Stura, E.; Wilson, I.; Lerner, R. Science 1997, 278, 2085. DOI: 10.1126/science.278.5346.2085 (c) Hoffmann, T.; Z hong, G.; List, B.; Shabat, D.; Anderson, J.; Gramatikova, S.; Lerner, R.; Barbas, C., III,  J. Am. Chem. Soc. 1998, 120, 2768. DOI: 10.1021/ja973676b
  6. Deng, S. X.; de Prada, P.; Landry, D. W. J. Immunol. Methods, 2002269, 299. doi:10.1016/S0022-1759(02)00237-5

関連書籍

[amazonjs asin=”3527306889″ locale=”JP” title=”Catalytic Antibodies”]

関連リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 分子の点群を帰属する
  2. GRE Chemistry
  3. 熱分析 Thermal analysis
  4. 高速液体クロマトグラフィ / high performance …
  5. 有機触媒 / Organocatalyst
  6. mRNAワクチン(メッセンジャーRNAワクチン)
  7. ノーベル化学賞 Nobel Prize in Chemistry…
  8. 徹底比較 特許と論文の違い ~その他編~

注目情報

ピックアップ記事

  1. 鉄系超伝導体の臨界温度が4倍に上昇
  2. 水の電気分解に適した高効率な貴金属フリーの電極が開発される:太陽光のエネルギーで水素を発生させる方法
  3. アルキン来ぬと目にはさやかに見えねども
  4. 人工タンパク質ナノブロックにより自己組織化ナノ構造を創る
  5. 電気ウナギに学ぶ:柔らかい電池の開発
  6. 「一置換カルベン種の単離」—カリフォルニア大学サンディエゴ校・Guy Bertrand研より
  7. 高硬度なのに高速に生分解する超分子バイオプラスチックのはなし
  8. ケムステSlack、開設一周年!
  9. 第62回「分子設計ペプチドで生命機能を制御する!!」―松浦和則 教授
  10. 2019年ノーベル化学賞は「リチウムイオン電池」に!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2016年2月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
29  

注目情報

最新記事

ジアリールエテン縮環二量体の二閉環体の合成に成功

第 654回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院松田研究室の 佐竹 来実さ…

【産総研・触媒化学研究部門】新卒・既卒採用情報

触媒部門では、「個の力」でもある触媒化学を基盤としつつも、異分野に積極的に関わる…

触媒化学を基盤に展開される広範な研究

前回の記事でご紹介したとおり、触媒化学研究部門(触媒部門)では、触媒化学を基盤に…

「産総研・触媒化学研究部門」ってどんな研究所?

触媒化学融合研究センターの後継として、2025年に産総研内に設立された触媒化学研究部門は、「触媒化学…

Cell Press “Chem” 編集者 × 研究者トークセッション ~日本発のハイクオリティな化学研究を世界に~

ケムステでも以前取り上げた、Cell PressのChem。今回はChemの編集…

光励起で芳香族性を獲得する分子の構造ダイナミクスを解明!

第 654 回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所 協奏分子システム研究セ…

藤多哲朗 Tetsuro Fujita

藤多 哲朗(ふじた てつろう、1931年1月4日 - 2017年1月1日)は日本の薬学者・天然物化学…

MI conference 2025開催のお知らせ

開催概要昨年エントリー1,400名超!MIに特化したカンファレンスを今年も開催近年、研究開発…

【ユシロ】新卒採用情報(2026卒)

ユシロは、創業以来80年間、“油”で「ものづくり」と「人々の暮らし」を支え続けている化学メーカーです…

Host-Guest相互作用を利用した世界初の自己修復材料”WIZARDシリーズ”

昨今、脱炭素社会への実現に向け、石油原料を主に使用している樹脂に対し、メンテナンス性の軽減や材料の長…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー