医薬分子において生物学的に同じ役割を果たす他の部分構造を生物学的等価体(bioisostere)と呼ぶ[1, 2]。薬物の主要生物活性に影響を与えることなく、医薬に含まれる官能基を他のもので置換えることで、医薬特性を改善させる目的に有効となる考え方。
歴史的経緯
等価性(isosterism)という用語自体は1919年に物理学者のIrving Langmuirによって導入された。主に物理化学的観点からの関連性に主眼を置いた概念であった。
1932年にErlenmeyerらが報告した一連の詳細な研究から、分子の最外殻電子配置が同じであるものを等価体としてみなすことで、生物学上の問題に対して適用可能であることが示された。
1951にはHarris Friedmanが、物理化学的類似性によらず化合物に共通の生物学的性質があることを指す用語として”bioisostere”を導入した。
創薬化学の分野では、1979年にThornberが提唱したより幅広い定義、すなわち以下のものが一般的に受け入れられている。
「広く同様な生物的効果を示し、化学的及び物理的な類似性を有する官能基や分子」
具体例
立体的あるいは電子的性質が類似している官能基同士に生物活性類似性が認められる場合が多い。
たとえば医薬分子中のカルボキシル基はスルホンアミド、リン酸エステル、テトラゾールなどで置換えることができる。
元素単位で言えば、水素と立体的に類似しているが代謝抵抗性を持つ重水素、電気的性質を逆転させうるフッ素置換も生物学的等価体の例として捉えることができる。ケイ素原子も炭素の生物学的等価体として扱える[3]。
ペプチド結合は体内に存在するプロテアーゼなどで分解されやすいため、置換アルケンやヒドロキシエチルアミン構造などに置き換えることで、薬物動態に改善をもたらすことができる。この場合はとくにペプチドミメティクスと呼称される[4]。
最近ではオキセタン骨格がカルボニル基[5]、ビシクロ[1.1.1]ペンタン骨格がベンゼン環と置換可能(冒頭図)[6]であることなども示されつつある。
関連文献
- “Synopsis of Some Recent Tactical Application of Bioisosteres in Drug Design” Meanwell, N. A. J. Med. Chem. 2011, 54, 2529. DOI: 10.1021/jm1013693
- “Bioisosterism: A Rational Approach in Drug Design” Patani, G. A.; LaVoie, E. J. Chem. Rev. 1996, 96, 3147. DOI: 10.1021/cr950066q
- “Organosilicon Molecules with Medicinal Applications” Franz, A. K.; Wilson, S. O. J. Med. Chem. 2013, 56, 388. DOI: 10.1021/jm3010114
- “ペプチドミメティックによる創薬研究” 鳴海哲夫,玉村啓和, 生化学 2010, 82, 515. [PDF]
- “Oxetanes as Versatile Elements in Drug Discovery and Synthesis” Burkhard, J. A.; Wuitschik, G.; Rogers-Evans, M.; Muller, K.; Carreira, E. M. Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 9052. DOI: 10.1002/anie.200907155
- “Application of the Bicyclo[1.1.1]pentane Motif as a Nonclassical Phenyl Ring Bioisostere in the Design of a Potent and Orally Active γ-Secretase Inhibitor” Stepan, A. F. et al. J. Med. Chem. 2012, 55, 3414. DOI: 10.1021/jm300094u
関連書籍
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- Bioisostere – Wikipedia
- 最近の生物学的等価体まとめ(気ままに創薬化学)
- Application of Bioisosteres in Drug Design (PDF, Kanai’s group)
- Isosteres in Medicinal Chemistry (PDF, Baran’s Group)
- Bioisostere Replacement