二光子吸収とは二個の光子を同時に吸収する励起過程である。その遷移レートは励起光強度の二乗に比例するため、集光レーザービームを用いる事により、μmレベルで空間選択的に分子を励起することが可能である。また、遷移エネルギーの半分のエネルギーの光子を用いるため、近赤外光で励起することが可能である。生体組織透過性の高い長波長の光を用いる事が出来るため、バイオ分野での研究にも用いられている。
歴史
1930年代にMaria Goppert-Mayer により理論的に提唱されたが、当時は存在し得ない現象であるとされていた。実験的に初めて観測されたのは1961年である。レーザーの進歩とともに二光子吸収の研究は盛んになっていき、1990年代には、二光子吸収蛍光顕微鏡が開発されるなど、現在では応用研究も盛んである。
Maria Goppert-Mayerの名にちなんで、二光子吸収の強度を表す単位としてGMが用いられている。
一光子吸収と二光子吸収の違い
二光子吸収では、二つの光子が同時に相互作用する事になるので、レーザー強度の2乗に比例する。一方、一光子吸収は、レーザー強度とは直線的な比例関係にある。
分子の一光子吸収の強さはモル吸光係数に比例するが、二光子吸収の場合には二光子吸収断面積が用いられる。つまり、分子サイズが同じである場合二光子吸収断面積が大きい方が有利である。
中心対称性分子については、一光子吸収と二光子吸収では異なったパリティを持つ励起状態への遷移になる。異なった遷移状態なので一光子吸収のピーク波長を2倍にしても必ずしも二光子吸収のピーク波長と一致しない。対称性分子では、強い二光子吸収ピークは一光子吸収ピークの2倍よりも短波長側に観測される。
(図は論文1より抜粋)
分子設計指針
二光子吸収が実験的に初めて観測されたのは、1963年のことだが、その構造活性相関が明らかにされたのは、それから何年も後であった。理論的な計算および実験事実より、以下のような条件を満たす分子が2光子吸収を起こしやすいとされる。
- 長いπ共役系を有する分子(π電子の数が多い分子)
- π共役系の末端にドナー、アクセプターを有する分子
実験事実より、A-π-D-π-Aよりも、中心に電子不足な構造を有するD-π-A-π-Dの方が良いとされている(A:accepter、D:donor)。中心に電子豊富な構造を有するA-π-D-π-Aは、その不安定性のため、あまり研究が進んでいない。
- 中心対称な分子
- 一光子吸収帯と二光子吸収帯の近い分子
- 中心のコア部分のコンフォメーションが固定されていた方が良い
二光子吸収は、分子中心部分のπ bridgeのコンフォメーションにも非常に影響を受ける。一般には、コンフォメーションが固定されている方が良いとされている。
- Vinylene (sp2) リンカーとEthynylene (sp)リンカーの比較
ethynyleneリンカーはvinyleneリンカーに比較して、共役が弱い。それは、C(sp1)とC(sp2) の結合において、π–πとπ*–π* エネルギーに差があるためである。しかし、二光子吸収の場合ではこの寄与は小さい。
また、ポルフィリンをリンカーで架橋する場合では、むしろethynyleneリンカーの方が優れている。それは、ethynyleneリンカーの方がフレキシビリティーが低く、ねじれて共役が切れてしまうことが無いからである。
応用
二光子励起顕微鏡
(図は論文1より抜粋、一部筆者改変)
二光子励起顕微鏡では、生体透過性の良い長波長のレーザーを用いるため、通常の顕微鏡では観測できない、生体深部の組織の観測が可能である。一光子励起では、レーザーの強度に応じて、多くの空間で蛍光が励起されるのに対し、二光子励起では、光子密度の極めて高い焦点面のみを励起する事が出来る。